ジャネット・ジャクソンのジャパンツアーが名古屋、大阪、横浜の3都市にて開催された。スペシャルゲストとしてTLCを迎えた同ツアーのチケットは、全公演でソールドアウト。そんなプレミア化した来日ツアーより、Kアリーナ横浜公演のライブレポートが到着した。 *Mikiki編集部
全4幕でキャリア全体を総括するスタイリッシュなステージ
〈50 years of me(私の50年間)〉。暗転したKアリーナ横浜に吊るされた3つのプロジェクターに、この文字が浮かび上がった。続いて、ジャネット・ジャクソンの子ども時代からいままでの写真がコンマ1秒で映し出される。彼女の初舞台は兄ランディと7歳で踏んだ、ラスベガスのステージである。
2023年からスタートした〈Together Again Tour〉は、歌って踊ってさらに生き様とメッセージまでも伝える、女性エンターテイナーの道を全人類的に切り開いてきたジャネット・ジャクソンの半世紀をセレブレートするツアーなのだ。2024年3月に入りホノルルで3公演、フィリピンで一夜、日本では名古屋と大阪、それから横浜と回る、ジャネットの日本のファンへの思い入れが透ける日程が組まれた。
オープニング。パープルのフードのついたマントを着てひとり佇み、“Damita Jo”を歌い出す。本名のミドルネームを冠したこの曲は、20年前にリリースされた8作目のタイトルでもある。スーパーボウルのハーフタイムショーで起きた、衣装誤操作事件でひどいバッシングを受けたあとの復帰作だった。
2019年、〈State Of The World Tour〉の来日から5年。この間に本国アメリカの出来事で大きかったのは、ドキュメンタリー「ジャネット・ジャクソン 私の全て」の公開だろう。ファン以外の人々から受けていた誤解が解け、再評価ブームに拍車をかけたのだ。パンデミックを経た2024年に「また笑顔を返してくれるよね」と歌う代表曲をツアー名にしたのは、彼女のキャリア全体を総括する構成だから。
全体を4幕構成にし、5ピースの凄腕バンドとスクラッチをしっかり効かせるDJは、ステージ後方に配置。ライティングとプロジェクターによる映像を駆使し、ビジュアルアーツのようなスタイリッシュなコンサートに仕上げていた。プロジェクターには、彼女が愛する雨をはじめとする自然、歌詞や照明とリンクする抽象的な映像を映し出して美しかった。
〈アクトI〉は、オレンジとゴールドのボディスーツにパープルの大きなリボンをウエストに巻いたスタイルで、2008年『Discipline』から2曲、1993年のモンスターアルバム『Janet.』から“If”や、Qティップの声を挟んだ“Got ’Til It’s Gone”、“That’s The Way Love Goes”でセンシュアルな歌声を聴かせた。
〈アクトII〉ではきらめく黒いハットとモノトーンの衣装で登場。昔のミュージカル映画からインスピレーションを受けてきた彼女らしく、このセクションでは4人のダンサーとのやり取りや、たっぷりした黒いスカートをはぎ取りパンツ姿に変わるなど楽しい演出が挟まれた。シングルの“Nasty”や“Control”の合間に、映画のサントラに収録された“The Best Things In Life Are Free”といった隠れ人気曲を入れたのが今回のツアーの特徴だ。完璧主義者のジャネットは、歌詞の内容とサウンドをよくよく吟味し、よどみなく曲を切り替えながら自分の魅力を多面的に見せていく。
座りながらじっくり歌い上げた“Let’s Wait Awhile”が、前半のハイライト。続く“Again”では観客に歌唱を任せる演出も。けっして歌いやすくない曲であり、かつ非英語圏の国ながらコーラス部分はしっかり成立して、ジャネットが感激したように額を押さえる場面はすてきだった。日本のジャネットファンは、濃い。“Any Time, Any Place”では可憐なのにセクシーという彼女しか出せない歌声を聴かせ、ボーカリストとしての表現力も飛び抜けているのを思い出した。
社会問題の元凶に〈No〉を突き付ける
全身オレンジの衣装に着替えての〈アクトIII〉で、ペースを上げてダンスセクションに切り替わった。ジャネットのコンサートで毎回、楽しみなのが厳しいオーディションを勝ち抜いたダンサーたちとのコレオグラフィーだ。前回のツアーは人種や体型で多様性の大切さを表現していたが、今回、人種はさまざまながら体型が似ている、モデルのような4人がしっかり彼女をサポートしていた。これは、多様性をコンサートに持ち込むのがスタンダードになった現在、パイオニアのひとりである彼女はショー全体をストイックにまとめることを重視したのだろう。ジャネットは、いつだって時代の数歩先を進んでいるのだ。
ブラックストリートとの“Girlfriend/Boyfriend”も90年代のR&Bに浸かったファンには嬉しい選曲だった。首を傾けないまま左右に動かすダンスをオーディエンスに挑戦させたあと、「私がやるところ、観たい?」と言ってから“Do It 2 Me”で盛り上げたシーンも楽しかった。ショー全体の美しさと、気軽に楽しめる演出のバランスはさすが。
〈アクトIV〉は、89年にリリースされた『Rhythm Nation 1814』のセクションだ。〈Rhythm Nation〉と描かれた黒いTシャツとブラックジーンズ、流行に目配せをしたウエスタンベルトとカジュアルダウン。アイコンと呼ばれる地位にいながら、ガールズネクストドア(隣に住んでそうな女の子)の雰囲気をも失わないジャネットの魅力がよく出ていた衣装だ。同アルバムのタイトルを冠したワールドツアーは、インターネットが普及していなかった時代に東京ドームを7分間でソールドアウトにした記録をもつ。最後のアクトは、長年のファンにはとくに感慨深かったはず。
“The Knowledge”のブレイクダウン、「偏見にノー! 無知にノー! 片意地もノー! 無学にもノー!(Prejudice: No! Ignorance: No! Bigotry: No! Illiteracy: No!)」のくだりは、ダンサーと一緒に多くの社会問題の元凶に腕でバツを示しながら言い切った。何度見ても、何度聴いても鳥肌が立つ言葉だ。
続けてアップテンポのラブソング“Miss You Much”や“Love Will Never Do (Without You)”をパフォームし、会場を踊らせる。“Escapade”の次は、マイケル・ジャクソンとの“Scream”をロックアレンジで披露して圧巻。フューチャスティックなミュージックビデオに映る兄とのバーチャル共演だ。
“Rhythm Nation”でのダンスパフォーマンスの迫力は、ジャネット個人の歴史とともに、後輩たちへ与えてきた影響の大きさも感じさせて荘厳なほど。アンコールはツアータイトルの“Together Again”で、また愛くるしいジャネットに戻っていた。
半世紀もの間、世界中の音楽ファンを楽しませ、気持ちをまとめてきたジャネット・ジャクソン。スーパースターとしても、ひとりの人間としても前代未踏の域に入ったことを改めて感じ入った横浜公演だった。