
一人のシンガーとして活躍する一方、プロデューサー/ソングライターとして規格外の成功を収めてきたベイビーフェイス。裏方としての手腕を発揮した新作『Girls Night Out』を機に、その初期の名仕事を改めて振り返ろう!
ベイビーフェイスが新作『Girls Night Out』を発表した。〈女子会〉を謳ったアルバムは本人名義の作品でありながら、フェイスがプレゼンター的な立場で現行の女性R&Bシンガー/ラッパーをお披露目するショウケース的な内容。R&B界の重鎮らしく若手の紹介役に回ったフェイスだが、かつて映画「ため息つかせて」(95年)のサントラでフェイスの曲を女性アーティストばかりが歌った時点で、彼はR&B界のトップを走るスーパー・プロデューサー/ソングライターであった。

甘くテンダーな普遍性
何しろキャリア45年超。自身が属したバンドやソロでの作品に加え、他者に提供した楽曲も膨大で、ホイットニー・ヒューストン、マドンナ、マライア・キャリーなどもフェイス作の曲を歌ってヒットを飛ばした。『Girls Night Out』にてエラ・メイとの曲で換骨奪胎したテヴィン・キャンベル“Can We Talk”(93年)もフェイス作のクラシックだ。96年にワイノナ・ジャッドのカントリー・ソング“Change The World”をエリック・クラプトンが歌ってヒットしたのも、フェイスの類稀なプロデュース・センスあってのことだろう。この10年近くの間にも、ビヨンセ、アリアナ・グランデ、ブルーノ・マーズ、トリー・ケリー、ラッキー・デイなどの楽曲に関与。R&Bに軸足を置きながらポップ・フィールドにも食い込んで万人の心を掴む普遍性はマイケル・ボルトン“Why Me”(97年)でペンを交えたラモント・ドジャー、美しいメロディーやロマンティックな歌詞でリスナーを魅了する術はセリーヌ・ディオンによるアトランタ五輪の公式テーマ曲“The Power Of The Dream”(96年)を共同で制作したデヴィッド・フォスターにも通じている。ジャンルレスでタイムレス。後に楽曲提供をするマイケル・ジャクソンとは、同じ58年にインディアナ州で生まれ、兄弟たちと音楽活動を始めたという共通点もあるフェイス。まさにマイケルの背中を追いかけて成功を掴んだのが彼だった。
シルク・ソニックのアルバムでもペンと声を交えたフェイスだが、彼らのメンターであるブーツィー・コリンズに「お前、童顔だな」と言われ、ソロ活動を始める際にベイビーフェイスと名乗ったというエピソードはファンの間ではよく知られている。そして、童顔だけでなく、彼が作るメロディーやヴォーカルも甘くテンダーで少年っぽさを残す。
フェイスが本格的にプロ活動を始めたのは、後に楽曲制作の右腕となるダリル・シモンズも在籍したマンチャイルドという地元のバンドだ。彼らは70年代後半に2枚のアルバムを出すが、フェイスが歌うスロウ・バラード“One Tender Moment”(78年)を聴くとセンチメンタルなメロディーの片鱗が見てとれる。続いてファンク・バンドのレッド・ホットに関与し、その直後にフェイスがペンを交えたミッドナイト・スターの“Slow Jam”(83年)では、あのロマンシーな作風がほぼ完成していた。その後、音楽/ビジネス・パートナーとなるアントニオ“LA”リードらと活動したディールが、“Sweet November”(85年)に代表されるバラードを主力としていったのも、フェイスの加入と彼のペンの力によるところが大きい。
男心を代弁し、女心を汲み取る
プロデューサー/ソングライターとしてのブレイクが訪れたのは、ディールと同じソーラーから86年に『Lovers』でソロ・デビューした直後。LAリードと共作/プロデュースしたウィスパーズ“Rock Steady”やペブルス“Girlfriend”といったソリッドなダンス・ナンバーが87年に大ヒットしたこともあってLA&フェイス組へのオファーが急増し、以降もキャリン・ホワイトの“Superwoman”(88年)やフェイスの兄たちが組んだアフター7“Ready Or Not”などが彼らの制作によってヒットする。ボビー・ブラウンの『Don’t Be Cruel』(88年)やジョニー・ギルのセルフ・タイトル作(90年)でそれぞれ制作を分け合ったテディ・ライリー、ジャム&ルイスとは、ニュー・ジャック・スウィング期におけるR&Bプロデューサー御三家として時代の寵児となった。
そうした中で89年にLAリードとスタートさせたのがラフェイスである。TLC、アッシャー、アウトキャスト、ドネル・ジョーンズ、ピンクなどを送り出したアトランタ拠点のレーベルだ。特に同社発のサントラ『Boomerang』(92年)は、長らく関係が続くことになるトニ・ブラクストンをお披露目したうえ、ボーイズIIメン“End Of The Road”のロング・ヒットも生み、裏方としての初期フェイスのピークを示す作品となった。
シンガーとしてのブレイクスルーとなったソロ2作目『Tender Lover』(89年)が出たのもラフェイスの設立年だった。今回の『Girls Night Out』からもその断片が聴こえてくる“Whip Appeal”や“Soon As I Get Home”も同作に収録。2015年に発表した『Return Of The Tender Lover』が、そのセルフ・オマージュであったことは言うまでもない。こうしてキャリアを振り返ると、Aメロ/Bメロ/サビから大サビにまで展開するフェイスらしいドラマティックな曲のスタイルが完全に確立されたのは89年だったと言えるかもしれない。
ソロ・デビュー作でスタイリスティックスの“You Make Me Feel Brand New”をカヴァーしたフェイスは、原曲の作曲家であるトム・ベル、作詞家であるリンダ・クリード双方の甘美なセンスを備えていた。リリックにおいては、ナイーヴな男の気持ちを代弁しながら女性の気持ちを汲み取るのも実に巧い。「ため息つかせて」のサントラでメアリーJ・ブライジが歌った“Not Gon’ Cry”では、〈あなたのために年月を無駄にしたけど、私は泣かない。泣く価値すらない恋よ〉というフレーズが女性を中心に多くの人の共感を呼んだが、それもフェイスが書いたものだ。また、トニ・ブラクストンの“You’re Makin’ Me High”(96年)では女性の自慰にまで踏み込んでいる。
こうした女心の描写は、92年に夫人となったトレイシー・マクワーンとの結婚生活などからインスパイアされた部分もあるのだろう。ソロ3作目『For The Cool In You』(93年)がフォーキーで内省的な作品になったのも彼女の影響が大きいとされた。今回の新作『Girls Night Out』も、現在の公私にわたるパートナー、リカ・ティッシェンドルフ(ドイツ人モデル)がコンセプトを発案したもの。甘いマスクで女性を魅了しながら女性の掌で転がされてみることで創造意欲を喚起され、第一線を歩み続けてきたのがフェイスだったと言っていい。 *林 剛
ベイビーフェイスの参加作を一部紹介。
左から、ミッドナイト・スターの83年作『No Parking On The Dance Floor』(Solar)、マドンナの94年作『Bed Time Stories』(Sire)、エリック・クラプトンのベスト盤『Forever Man』(Reprise)、95年のサントラ『Waiting To Exhale』(Arista)
左から、シルク・ソニックの2021年作『An Evening With Silk Sonic』(Aftermath/Atlantic)、King & Princeの2021年作『Re:Sense』(Johnnys’ Universe)、アリアナ・グランデの2014年作『Yours Truly』(Republic)、ベイビーフェイスの2015年作『Return Of The Tender Lover』(Def Jam)
初期ベイビーフェイスの名ワークスを一部紹介!

LAリードらが結成し、フェイスが途中加入したバンドのアルバム全3枚セット。作を重ねるごとにフェイスの貢献度が増し、バンドの特性もファンクからクワイエット・ストームへと変化していった。最初期の名スロウ“Just My Luck”(83年)や初のリード歌唱を担った“Sweet November”(85年)、全米10位を記録した“Two Occasions”など、後の童顔マナーの源流がここにある。 *出嶌

ソーラー~エピック時代のアルバム4枚から選曲したベスト盤。初ヒット“I Love You Babe”(86年)から瑞々しい躍進期の“Whip Appeal”や“It’s No Crime”(89年)、フォーキーな新境地“When Can I See You”(93年)、MOR風味の“Every Time I Close My Eyes”(96年)に至るまで、いわゆるシンガー・ソングライター色を濃くしながら普遍性を紡いできた彼の本質が堪能できる。 *出嶌

ミッドナイト・スター“Slow Jam”の成功を受け、ソーラーの先輩たちに曲提供を始めたフェイス。この重鎮ヴォーカル・グループには“Some Kinda Lover”(84年)や名スロウ“In The Mood”(87年)などを書き、特に都会的なアップの“Rock Steady”(87年)はR&Bチャート首位に輝いた。なお、フェイスの美メロと相性の良かった彼らは後に童顔曲のカヴァー集を発表している。 *出嶌

70年代後半から活動していたノースキャロライナ出身の女性シンガーによる初ソロ・アルバム。当時のフェイスがディール及びソロとして在籍したソーラーでの裏方仕事で、グレッグ・ペリーと共作した“Computer Love”から黄金のメロディが飛び出す。LA&フェイスとして制作した“Fool In Love”や“Move A Little Closer”のスロウでは後のラフェイス作品に通じる音世界が広がる。 *林

童顔がソロ作で“This Is For The Lover In You”を取り上げたこともある、ソーラーを代表するトリオ。LAとフェイスらディール組が援護した『Circumstantial Evidence』(87年)は黄金期のメンバーが誰もいない不人気作だからか長らく未復刻……ってことで、収録曲のいくつかはこのベストで聴ける。プリンス風の表題曲やキャミオっぽい“Games”などはこの時期ならではのファンクだ。 *出嶌

89年にLAリードと結婚(後に離婚)し、TLCの世話人も務めた才女のデビュー作。ジャネット・ジャクソン『Control』に触発されたような打ち込み主体のR&B作品で、チャーリー・ウィルソンの手掛けた“Mercedes Boy”などもヒットしたが、ブレイクとなったのはLA&フェイスの作/プロデュースによる“Girlfriend”だ。ディール路線のデジタイズされたソリッドなファンクが当時の彼ららしい。 *林

ニュー・エディションから独立したやんちゃボーイのセカンドは、表題曲を含めて半数近くをLA&フェイスが手掛けた。プロデュースを分け合うテディ・ライリーのニュー・ジャック・スウィングにも感化された音作りで、“Every Little Step”はダンス・トラックの中でフェイスの滑らかなメロディが躍動する名曲だ。“Roni”や“Rock Wit’cha”もフェイスの美メロが際立つ青春R&Bの傑作。 *林

ジャム&ルイスが手掛けたジャネットに対するLA&フェイスからのアンサーとも言える一枚。全9曲中6曲が彼らの作/プロデュースで、冒頭の鮮烈なアップ“The Way You Love Me”に続いてR&Bチャート1位となった情熱的なバラード“Superwoman”は〈あなたの理想の女になれない〉という女心をフェイスが書いたことでも話題に。“Love Saw It”ではデュエット相手も務めた。 *林

マッキャンベル4兄弟を中心としたミシガン州出身のヴォーカル&インスト・グループによるデビュー作。前半3曲がLA&フェイスのプロデュースで、ディールの同僚ケイヨーもペンを交えた“Jealous”をはじめ、ミネアポリス・ファンク風の“Stuck”、開放的なミディアム・ファンク“Roses Are Red”と、弾むようなアップが飛び出す。ディールの作法をそっくり別のバンドで展開した印象を受ける。 *林

ジャネット・ジャクソンの振付師としても知られたダンサー兼シンガーのデビュー作。フェイスは、LAリードやダリル・シモンズと“Knocked Out”を共作し、LAとプロデュースを担当。ウィスパーズの“Rock Steady”を踏襲したソリッドなミディアム・アップで手クセ感も強いが、ヒット狙いが的中し、R&Bチャート8位を記録した。演奏やアレンジには作者の3人に加え、ケイヨーも参加。 *林

スコットランド出身のポップ・シンガーがニュー・ジャック時代の音に挑んだMCA移籍作。ジェリービーンやプリンス、アンジェラ・ウィンブッシュら豪華な制作陣が並ぶなか、LAとフェイスは10曲中5曲をプロデュース。この時代らしい鋭角的なアップが中心で、特に表題曲は全米2位の大ヒットを記録。モロに童顔節のスロウ“Follow My Rainbow”もすでに安定の筆捌きを見せる。 *出嶌

SOSバンドのリード・ヴォーカルを担当したソウルフルな女性が、86年の脱退後、試行錯誤の末に発表したソロ・デビュー作。冒頭の“Don’t Wear It Out”がフェイスとLAおよびペブルスとの共同制作で、SOSバンドの出世曲“Take Your Time(Do It Right)”をニュー・ジャック時代にアップデートしたような作りになっている。ダリル・シモンズとケイヨーもラフェイス一派として2曲を制作。 *林

ニュー・エディション加入後にギルが放ったソロ作でジャム&ルイスと制作を分け合ったフェイス。LAリード以外にダリル・シモンズやケイヨー、ペブルスも交えてプロデュースを行い、ニュー・ジャック路線の“Fairweather Friend”では流れるようなメロディーでフェイス印を刻んでいる。当初ウィスパーズが歌う予定だったバラード“My My My”はギルとフェイス双方の代表曲となった。 *林

アリスタのディーヴァがこの3作目の主要プロデューサーに抜擢したのがLA&フェイスだった。彼らは4曲を手掛け、なかでも力強いミディアム・アップのタイトル曲は、より濃厚なR&B路線を望むホイットニー側の期待に応えた快作に。カヴァーとなる“My Name Is Not Susan”もラフェイス色満開のニュー・ジャック調だ。フェイスらしい普遍性を持ったバラード“Miracle”も登場する。 *林

ジャクソンズ仕事で縁のできた大物をラフェイスに招き入れての総合プロデュース作。主役の実弟マイケルへの対抗心が裏目に出て低評価に甘んじた問題作ながら、シングルの“I Dream, I Dream”や翌年ボビー・ブラウンに提供される“Humpin’ Around”の原型のような“A Lovers Holiday”などダンサブルなアプローチの佳曲が揃う。童顔節のスロウ“True Lovers”もいい感じ。 *出嶌

ペブルスが発掘し、ダラス・オースティンが後見したラフェイス看板アクトの初作。若々しさで押す曲が多いなか、メロウなアフタヌーン感漂うLA × フェイス製の“Baby-Baby-Baby”がR&Bチャート首位を獲得した。ダラスの先鋭的な仕事で評価を高めたトリオながら、以降もフェイスは“Diggin’ On You”や“Dear Lie”など彼女たちの人間味を引き出すような名曲を提供していく。 *出嶌

サントラ『Boomerang』で披露され、近年ラッキー・デイとフェイスの共演曲で引用された“Love Shoulda Brought You Home”を含むトニの初ソロ作。メインの制作はフェイスとLA、ダリル・シモンズで、ハネたビートのミディアム・アップ“Another Sad Love Song”やバラード“Breathe Again”など、アニタ・ベイカーにも通じるトニのムーディーな歌声をラフェイス的な作法で引き出している。 *林

USだけで1200万枚のセールスを上げた90年代のポップ・シーンを代表する作品のひとつ。その原動力となった“I’ll Make Love To You”はフェイスが“End Of The Road”の成功モデルを踏襲した普遍的なバラードで、14週連続で全米No.1を獲得。童顔仕事ではオーガニックな新味の“Water Runs Dry”も全米2位を記録し、フェイスのヒットメイカーとしての地位を磐石のものにした。 *出嶌
秋風吹かむをりぞリイシューせんとする

まずベイビーフェイスとはソーラー仲間でもあった元シャラマー、ハワード・ヒューイットのエレクトラでのアルバム4枚をセットにした『I’m For Real: The Elektra Recordings(1986-1992)』(SoulMusic)をご紹介です。リオン・シルヴァーズとの再会も確認できる3作目『Howard Hewett』(90年)とプリンスも関与した4作目『Allegiance』(92年)は初リイシューとなり、いまこそスタイリッシュに響く都会的なサウンドが楽しめます。

STARPOINT 『Object Of My Desire: The Elektra Recordings (1983-1990)』 SoulMusic(2022)
続いてもエレクトラ時代の全アルバムをまとめたブツで、メリーランドが生んだファンク・バンド、スターポイントの6枚組『Object Of My Desire: The Elektra Recordings (1983-1990)』(SoulMusic)を大推薦。ポスト・ディスコ期のエレクトロニックなヒット作はもちろん、バーナード・エドワーズ制作の88年作『Hot To The Touch』、テディ・ライリーを起用した90年のニュー・ジャック・スウィング名盤『Have You Got What It Takes』の2作は待望の初リイシュー。いずれもボートラ入りなのがありがたいです。

そして、デトロイトの重鎮ウェンデル・ハリソンが後見したウイリアム・オデル・ヒューズの超レアな81年作『Cruisin’』(Wenha/Pヴァイン)が初の復刻。70s的なメロウ・ソウルからブギー、シンセ・ファンクまで時代の転換期ならではの味わいが堪能できます。 *出嶌孝次