2015年、フライング・ロータス主催のレーベル=ブレインフィーダーからリリースされた、ある作品が音楽シーンを席巻した。カマシ・ワシントンの実質的なデビュー作である『The Epic』だ。3枚組、約3時間に及ぶマッシヴな同作は、ジャズのコミュニティーを越えて多くの音楽ファンの心を掴んだ。

そんなカマシ・ワシントンが、2017年の『Harmony Of Difference』(EPだがアルバム・サイズ)からXXやFKA・ツイッグスらが所属するイギリスのレーベル、ヤング・タークスに驚きの移籍。この度、2枚組アルバム『Heaven And Earth』をリリースする。

またも長大な作品となった本作をめぐって、「あなたの聴き方を変えるジャズ史」などの著書で知られる評論家・村井康司と、先ごろ刊行された「Jazz The New Chapter」シリーズ第5弾でもカマシへインタビューを行った柳樂光隆による対談を実施。音楽家カマシと新作『Heaven And Earth』について、じっくりと語ってもらった。

KAMASI WASHINGTON Heaven And Earth Young Turks/BEAT(2018)

 

昭和のジャズ・ミュージシャンとはまったく違う

村井康司「『Heaven』と『Earth』のそれぞれ1曲目の“Fists Of Fury”と“The Space Travelers Lullaby”を最初に聴いたんです。“Fists Of Fury”を聴いて、〈おお! 『ドラゴン怒りの鉄拳』!!〉って思って(笑)。その後、フル・アルバムを2時間半聴いていると、次々といろいろなタイプの音楽が出てきて、バラエティーがすごく豊かだと思いました。

テーマ的にはトータル・アルバムなんですけど、『The Epic』よりもポピュラリティーがある部分と、すっごく〈ジャズ〉の部分がありますね」

柳樂光隆「そう言われてみると、カマシはミックステープ世代のミュージシャンなのかもしれないですね。例えば、カマシを表現するときによく使われる70年代のスピリチュアル・ジャズって呼ばれるような作品だと、だいたい似たような曲がズラッと並ぶはずなので」

『Heaven And Earth』収録曲“Street Fighter Mas”

村井「そうなんだよね。本人も〈俺はこういうスタイルですっていう特定のものはない〉と言っていますし。サックスの演奏も曲によっていろいろなことをやっていますよね。でも統一感を感じるところは、いまの音楽だなと思います」

柳樂「そうですね。ここ数年、セイント・ヴィンセント(2017年作『Masseduction』)やイベイー(2017年作『Ash』)、『Everything Is Recorded By Richard Russell』(2018年)、ジョン・レジェンド(2016年作『Darkness And Light』)とか、たくさん客演をしているんですけど、どれもスタイルがバラバラで、聴いてもカマシかどうかわからないくらいなんです。

だから、いわゆる〈コルトレーン・スタイル〉ではまったくない。自分の曲では自分の色を出すけど、スタジオ・ミュージシャンとしてのマイケル・ブレッカーみたいなところがあるんです」

エヴリシング・イズ・レコーデッドの2018年作『Everything Is Recorded By Richard Russell』収録曲“She Said”。カマシ・ワシントンが客演

村井「今回、いーぐるの後藤雅洋さんがライナーをお書きになったんですけど、〈ある部分においてはコルトレーンの『A Love Supreme(至上の愛)』(65年)を超えたって書いちゃった〉と言っていました(笑)」

柳樂「ははは! すげーなー、あのおっさん(笑)」

村井「僕は〈いやいや、比較するタイプの音楽じゃないですから〉って返したんだけど(笑)。ジョン・コルトレーンって真面目でさ、〈真理を探究しよう〉という感じで、普通の人はそこまで到達しないじゃないですか。それをやっちゃうところがすごいんだけど。カマシはそういう感じではないですよね。

今回の『Heaven』と『Earth』についても、すごく哲学的なことをおっしゃっていて、おもしろいんですけど、宗教的な信念のため、真理に到達するために音楽をやっているというわけでは全然ないような気がします」

ジョン・コルトレーンの2018年作『Both Directions At Once: The Lost Album』収録曲“Untitled Original 11383”

柳樂「インタビューでも宗教の話題は微妙にかわされるんです。それに、〈ブラック〉ということもあまり言わない。クリスチャン・スコット(・アトゥンデ・アジュアー)もそうで、彼は見るからにアフロ・アメリカンなんですけど、アイデンティティーとしては〈ブラック・ネイティヴ・アメリカン〉で、どちらかといえば〈ネイティヴ・アメリカン〉に寄っている。だから、人種の話をするときに〈ブラック〉という言葉は絶対に使わない。もっと広い、〈人種差別〉っていう言葉を使うんです。

カマシにもわりとそういうところがあって、人種や宗教については〈LAには黒人も白人もアジア人もアルメニア人もいるんだ〉ということを丁寧に話すタイプなんです。そういうところは音楽にも出ている感じがします。〈特定の人種=ブラックネス〉には寄らないという」

村井「『Harmony Of Difference』(2017年)についても〈異なるものが共存する良さを祝福したい〉と、誰も文句が言えないようなことを言っていますよね(笑)。たぶん本気でそう思っているんでしょう。そういう意味では、すごく公平な感じです」

2017年作『Harmony Of Difference』収録曲“Truth”

柳樂「インタビューでも、〈音楽が俺に何を求めているのか〉〈曲がここで何を言いたいのかを考えるようにしている〉と真面目なことを言うんですよね」

村井「そうそう。〈音楽に貢献しなきゃいけない〉とかね」

柳樂「だから、とりあえずレコーディングに行って、毎回同じことをして帰る、昭和のジャズ・ミュージシャンとはまったく違うんです(笑)。見た目やファッションや曲名に騙されるけど、実にイマっぽい、真面目で器用でリベラルな音楽家ですね」