Photo by Netti Habel

10年かけた初のソロ・アルバムで示した、先駆者の新境地

 90年代の洋楽好きならば知らぬものはいない、トリップ・ホップの代表的グループ、ポーティスヘッドのシンガー、ベス・ギボンズ初のソロ・アルバムがついにリリースされた。最近の彼女は、昨年のケンドリック・ラマーの楽曲“Mother I Sober”への参加や、ポーランドの現代音楽の作曲家グレツキの交響曲第3番“悲歌のシンフォニー”の、鳥肌が立つような、魂を震わせるような強烈な歌唱で、未だアイコンとして健在であることを示してはいた。それでも、あくまで声の使い手としての参加だった。トータルのアーティストとしての彼女は、あまりにも90年代と寝てしまった印象は拭えず、それはおそらく本人にとって呪いでさえあっただろう。

BETH GIBBONS 『Lives Outgrown』 Domino/BEAT(2024)

 しかし、10年以上の歳月をかけて作られたという今作『Lives Outgrown』――訳すならば、「大人になりすぎた人間の生活」だろうか――は、風通しの良いクリエイティヴィティに溢れている。最新の流行スタイルにフォーカスしたわけではない。その年齢になれば誰しも体験するだろう、親しい家族や友人との別れや、残された人生への不安など、50代の現在の彼女の置かれたパーソナルな境遇を隠すことなく歌っている。しかし、それが彼女の幽霊的な美意識を持った歌唱スタイルとの相性が良いことにまず驚かされる。サウンド面では、今までの彼女に欠かせなかったブレイク・ビーツを捨て去り、あるいは流行りのビートもそこにはない。しかし、ドラムを中心に全体の音色は新鮮で、驚きさえ与えてくれる。これはTalk Talkのドラマー、リー・ハリスがベスの創作意欲を高め、音色選びから共同作業を行なったという。軋んだパーカッションや、フォーク的な感触を強く感じさせるハンマーダルシマー、そこに加わる子供の合唱、あるいは子供の声のフィールドレコーディングなども、不思議な華を添える。ブラー、デペッシュ・モード、アークティック・モンキーズのプロデューサー、ジェームス・フォードの手腕が光る。またストリングスには、ケート・ブッシュの甥、レイヴン・ブッシュがヴァイオリンで参加しているのも面白い。

 しかし、ここ最近のメジャーなポップ・カルチャーの中で、内面から湧き起こる幽霊的な哀愁美、というものがこれほどまでにフィーチャーされたことがあっただろうか。英国音楽シーンの厚みある人選の中で、プライベートな表現に腰を据えながら、未踏の地に到達した。そう誰しもが感じるのではないだろうか。