自分への影響源のモザイク

 フォークからダブステップまで。ロンドンのプロデューサー、ロス・トーンズの音楽性は端的にそう称される。たしかに、彼のスローイング・スノー名義での作品だけを取り出してみても、その射程がフォーク、アンビエントエレクトロニカからポスト・ロックフィールド・レコーディングドラムンベース、果てはダブステップにまで及んでいることが容易に確認できるだろう。有り体に言えば、同じアーティストの作品とは思えないほどの振り幅がそこにはある。この男にとって、明確なルーツと自覚しているような音楽はあるのだろうか。

 「本当にいろんな音楽にハマってきたんだ。なんにでも興味を持っていた時期があって、そのころはどんな音楽でも(それが良いものであれば)好きになった。だから、さまざまなスタイルの音楽を受け入れてきたということ以外に、誰かから絶対的な影響を受けたとは言えないかな。とはいえ、子供の頃にラジオでジョン・ピールを聞いたことが大きな衝撃ではあったよ」。

THROWING SNOW Mosaic Houndstooth/Pヴァイン(2014)

 こうした発言に違わず、彼にとって初めてのフル・アルバムとなった『Mosaic』は、例えばエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』、ポーティスヘッドの『Dummy』、ゴールディーの『Timeless』、ビョークの『Homogenic』、あるいはブリアルの『Burial』といった、〈歴史的傑作〉と気取った呼び方をするにはあまりに獰猛な作品群から遺伝子を組み込みつつ、それが小手先の引用で終わらないレヴェルで緻密に統合され、美しく昇華されたベース・ミュージックの新たな野心作となっている。容量的にはいつ過積載になってもおかしくないし、エントロピー的にはいつ空中分解しても不思議ではない、そんなギリギリのラインを綱渡りする緊張感がたまらない。

 「このアルバムをひとまとめに繋ぎ合わせた唯一のものは、これまで自分に影響を与えてきた、まるでモザイクのようなものたちだ。使っている素材はいままでの蓄積を再構築したものだけど、トラックに込めた感情はすべて同じだし、すべてプロデューサーとしての自分から出てきたものなので、うまくひとまとめになったと思う。音楽の趣向はとても主観的なものだから、他人を満足させるのは簡単なことではないと思うけど、リスナーにもそれを感じ取ってもらいたいと思っているよ」。

 さらに、このロス・トーンズという男にはレーベルの運営者というもうひとつの顔がある。ア・フューチャー・ウィザウトと、レフト・ブランクというレーベルがそれだ。どちらも最近はリリース数がそれほど多いわけではないが、次の発言を読んでもらえばわかるとおり、彼を動かすモチベーションは極めて自然で、自覚的なものだ。まさに『In Rainbows』以降、もしくはBandcamp以降の時流と呼ぶべきか、問題提起ばかりが先行しがちな昨今の業界情勢の渦中にあって、彼の場合は行動がそのまま批評となっている。

 「MySpaceが流行っていた頃に、自分でも音楽作品をリリースしはじめたんだ。ちょうど音楽業界が変わりはじめた時期で、やり方を変えるチャンスだと感じていた。アーティストにお金を稼いでほしかったし、クリエイティヴ面でも完全な自由を与えたかった。それに、デジタル技術の発達は素晴らしいと思いつつも、フィジカル面でのリリースはキープし続けたいと思っていたからね。レーベルは3人で運営していて、全員の意見が一致しないとリリースしない。量ではなくて質が問題なんだ」。

 

曲自体が自然に出来上がっていった

 この高い意識がアンダーグラウンドでの信頼を勝ち取るのだろうか、ア・フューチャー・ウィザウトからはカーンが、レフト・ブランクからはヴェッセルがEPをリリースするなど、ロス・トーンズはヤング・エコーリヴィティ・サウンドを筆頭とするブリストルの新たなシーンに深く関わっている人物とも言える。もちろん、それは『Mosaic』に通底する強烈なベース・サウンドにも繋がっているのだろう。

 「ア・フューチャー・ウィザウトからはゾーエル・キッドもリリースしているよ。ラッキーなことに、ヤング・エコーのメンバーの多くが初期の作品をここから出している。私はいつでもブリストルの音楽を愛しているし、新しいアーティストも例外ではないよ。いまはロンドンに住んでいるけど、私の一部はいまでも昔住んでいたウェアデールやブリストルにあるつもりでいる。ロンドンが音楽とカルチャーのメルティング・ポットだとすれば、ブリストルには自由があって、イギリスの他のどの場所とも違うことをしたいという強い願望があるんだ。ブリストルは常に前に進もうとしている」。

 さらに、『Mosaic』は多数の(主に女性の)ヴォーカリストをフィーチャーすることによって、昨今のインディーR&Bと呼ばれるシーンとも美しく共振する作品となっている。彼がフックアップしたヴォーカリストはまだまだ一般的には名の知られていない面々だが、キッドAとのインダストリアルな“Hypnotise”はビョークの新曲のようだし、過去にも共演歴のあるパイとのダブステップなR&Bとでも言うべき“As You Fall”は、FKAトゥイッグスへの対抗意識を臭わせる。また、NYでのRBMAレッドブル・ミュージック・アカデミー)で出会ったというAdda Kalehは2曲で参加、鮮烈な存在感を放っている(彼女はFIACに参加するような現代美術のアーティストでもある)。

 「いつでもヴォーカリストと仕事をしたいと思っているよ。人間的な要素や、私のものではない独立した物語を音楽に加えることができるからね。今回選んだヴォーカリストは高いクォリティーだと自信を持って思える人たちだけで、そもそも声が大好きな人たちばかりになった。たぶんこれが私のプロデュースのやり方なんだと思う。曲は、最終的にはどれもこういう形になるとは予期していないものになって、むしろ曲自体が自然に出来上がっていったと言うべきかな」。

 さあ、リスニング前の準備もそろそろ整ったようだ。他に必要なものがあるとすれば、それは想像力。膨大な画素数で入り込んだこの音響モザイクのなかへ、思い切って飛び込んでみよう。

 「このアルバムは、私が過去にリリースしてきた幅広いスタイルの音楽の集大成、いわばモザイクのようなものになっている。これをリリースすることで、私はさらに先へと進める、そう思っているよ」。