tvk(テレビ神奈川)で放映中の「SPEED MUSIC ソクドノオンガク」。H ZETTRIOが日本の名曲をスピード感溢れる独創的なアレンジでカバーする、人気音楽番組だ。そこで反響を呼んだ楽曲を収録したカバーアルバムの、シリーズ第8弾のリリースが決定。今回は、以前MikikiでH ZETTRIOにインタビューを行ったライターの原田和典に新作をレビューしてもらった。 *Mikiki編集部
〈日本のスタンダード〉を咀嚼する一級の演奏
大好きなプロジェクトの最新アルバムが届く。〈人生の楽しみはそこらじゅうに転がっている〉と思って毎日を過ごしている自分にとっても、やはりこれは格別の喜びだ。
H ZETTRIOが、日本の名曲の数々をスピード感あふれる独創的なアレンジで演奏する『SPEED MUSIC ソクドノオンガク vol. 8』が、2024年5月22日(水)に発売される。毎度〈そそる〉ラインナップで楽しませてくれるシリーズだが、今回も実に面白い。もともと同名テレビ番組で紹介されてきたパフォーマンスであり、リアルタイム放映を見逃してもYouTubeで後追いできはするものの、音だけで接するのはまた別種の体験だ。〈ここにこんな響きを入れていたのか〉などの発見も多々あって、耳の力を鍛えられているような気分にもなる。
すごくありがたいタイミングだと思い、なぜ自分が「SPEED MUSIC ソクドノオンガク」に惹かれるのか、つらつら考えてみた。その主な理由として、もともと〈ウタモノ〉が好きだからという事実に行き当たった。〈ウタモノ〉――アメリカのジャズでいえば、いわゆる〈スタンダードナンバー〉と呼ばれるカテゴリーと言っていい。映画やミュージカルの中で歌手や役者が歌ったり、歌手のシングル盤ヒットを目的としてつくられた、いわば洋モノ版の歌謡曲だ。それを器楽奏者がアドリブを交えて演奏するという、半ば伝統のようなものが、かつてのジャズには強くあった。たとえば“虹の彼方に”は、歌手・役者のジュディ・ガーランドが映画「オズの魔法使」の中で歌って広まったバラードだが、その後、アート・テイタム、バド・パウエル、モダン・ジャズ・カルテット、スタン・ゲッツなど数限りないミュージシャンが演奏することで〈ジャズの定番〉化した。それに対して、日本はどうだろう? いい曲、いっぱいあるのに。
そんな私のモヤモヤした気持ちを吹き飛ばしにかかったのが、「SPEED MUSIC ソクドノオンガク」だ。アレンジも選曲も予想がつかず、だが、演奏は第一級。原曲の香りはしっかり残しつつも、そこにしめっぽく寄り添おうとしてはいない。あくまでもH ZETTRIOが、100パーセント煮て焼いて揚げて咀嚼した古典的ジャパニーズソングだ。そこが気分を高ぶらせる。
YouTubeチャンネルをご覧いただければわかる通り、〈日本の曲〉であれば、童謡、民謡、音頭、演歌、歌謡曲、和製ロック、シティポップ、アイドルポップ、アニソン、なんでも自分たちの世界に取り込んでしまうのが「SPEED MUSIC ソクドノオンガク」におけるH ZETTRIOである。どの解釈が心に染みたかは、各リスナーの人生経験に左右されることだろうが、『vol. 1』の“ギザギザハートの子守唄”や“天体観測”、『vol. 3』の“東京音頭”、『vol. 7』の“気分上々↑↑”、アルバム未収録ではあるものの“とんちんかんちん一休さん”あたりは、いつも聴けるよう、手の届くところに置いておきたいものだと個人的には感じている。