笑って踊れるピアノトリオが2022年2枚目のオリジナル・アルバムを早くもリリース! 3年ぶりのツアーを控えて記録破りのキャリアを更新する3人の真骨頂を堪能しよう!

 ピアノやキーボードをマリオネット人形を操るかのように弾きこなす達人、そして八面六臂のメロディーメイカーであるH ZETT M(青鼻)。形が大きく弦も太いウッドベースを駆使して、ここまでやってしまうのか的な限界知らずのプレイを行なうH ZETT NIRE(赤鼻)。椅子いらずのグルーヴメイカーで、立ったまま踊るように独自のドラム・セットを叩き、ファンの心を躍らせるH ZETT KOU(銀鼻)――2013年のアルバム・デビュー以来、ハイペースなリリースを続けてきたH ZETTRIOだが、2022年のスピード感はさらに猛烈だ。年頭にオリジナル・アルバム『トリオピック ~激闘の記録~』を出し、4月には日本の歌謡曲を小気味良く再解釈したコンセプト・アルバム『SPEED MUSIC ソクド ノ オンガク Vol.6』を発表(“男はつらいよ”のアレンジは、まるで渥美清とバスター・キートンが出会ったかのよう)、そしてこの5月には最新オリジナル・アルバム『Kazemachizuki』が登場した。加えて声優ユニットであるサンドリオンの『märch』、香取慎吾の『東京SNG』といったJ-Pop系の話題作にも参加しているのだから、文字通りの破格と言いたい。

H ZETTRIO 『Kazemachizuki[EXCITING FLIGHT盤]』 apart. RECORDS(2022)

H ZETTRIO 『Kazemachizuki[DYNAMIC FLIGHT盤]』 anaked. RECORDS(2022)

 2019年から配信シングルを毎月リリースしている彼らは、いま現在〈48か月連続配信〉に向かって突進している。今回の『Kazemachizuki』は2021年の配信曲を主体に構成された一枚。色とりどりのシングル楽曲がひとつのフィジカル・アルバムにまとめられた際の満腹感にはこたえられないものがあり、月刊誌の連載を単行本でまとめて読むときに通じるスムースさも覚える。とはいえ、楽曲は発表順に並んでいるわけではなく、例えば11曲目に12月配信の“Make Some Noise!”、12曲目に2月配信の“ALL FOR ONE”とメロディアスかつ勢い溢れるナンバーが続く。また、10月配信のスロウ・テンポ“Magic Hour”(5曲目に収録)でリリシズムの湖にいざなわれた後に登場する楽曲は、5月配信の“タイガーインド”。思わず吹き出さずにいられないほど仕掛けたっぷりの音展開のまま約二百秒を駆け抜ける。冒頭数秒は『トリオピック ~激闘の記録~』に入っていた名曲“祭りじゃ”を思わせる音頭調、そこから〈タイガーインド〉と呟く謎めいたヴォイスが入り、やがてブラジルのバイアォンやジャマイカのスカを思わせるリズム・パターンも飛び出す一大祝祭空間。H ZETTRIOの描く世界にボーダーがないとはわかっていても、それでも〈なんなんだ、前曲との激しすぎるギャップは〉〈これが同じバンドの演奏?〉とクレジットを二度見してしまうこと請け合いだ。タイトルからは想像できないほどチルな空気を放ち、なおかつネオ・ソウルのダシが沁みた“Ninja City”から、マイケル・ジャクソンへのオマージュをこめた“今夜はトリオ・イット!”への流れも、アフリカン・アメリカン由来のポップスを近年→80年代へ遡ってH ZETTRIOなりに解釈した成果の配列のようにも感じられてくる。

 アルバム(盤)としての起伏を鑑み、徹底的に構成を考えたところ、こうした曲順に至った――とは個人的な想像だが、当然ながら単曲を順繰りに聴くのとは異なる見え方、感じ方を『Kazemachizuki』は提供する。勇ましいジャケット(彼らのアルバムのジャケにイラストが使用されたのは初めてとのこと)も含めて、“KARATE FUNK”の掛け合い部分で特に顕著な地を這うがごときウッド・ベースの低音、“Blueberry Jam”のビートに効果的に盛り込まれる〈金物〉のカンカンした響き、“MOCHI”でのピアノとベースがぴったり重なりつつメロディーを奏でるパート(その間のベースラインはH ZETT Mが左手で担当)、“Spacewalk”のピアノにふんわりかかるエフェクトなどを、行き届いた再生ツールで味わったとき、H ZETTRIOの音世界はさらなる中毒性をもって聴き手をとりこにすることだろう。

 そんな3人は、この7月から3年ぶりの全国ツアーに臨む。コロナ禍のなかでいち早く配信ライヴに積極的に取り組み、可能な限りの有観客イベントを行ってきた3人が、ついに〈音の出前〉に動き出すのだ。『Kazemachizuki』の楽曲がいかに実演で冴えわたるか、ツアーの成果はどう次作に反映されていくのか。音楽シーンを回遊するH ZETTRIOへの視線は熱気を増すばかりだ。

左から、H ZETT Mの2021年作『記憶の至福の中に漂う音楽』、H ZETTRIOの2022年作『トリオピック ~激闘の記録~』(共にapart.RECORDS)、『SPEED MUSIC ソクド ノ オンガク Vol. 6』(World apart/FABTONE)

 

H ZETTRIOが参加した近作を一部紹介。
左から、サンドリオンの2022年作『märch』(スターダスト)、香取慎吾の2022年作『東京SNG』(ワーナー)