ビオンディが神奈川県立音楽堂で再びヴィヴァルディのオペラを上演
「木のホール」として親しまれている神奈川県立音楽堂が、来春、開館60周年を記念して、ヴィヴァルディのオペラ『メッセニアの神託』を上演する。演奏はファビオ・ビオンディとエウローパ・ガランテ。ビオンディらのヴィヴァルディのオペラと聞いて、2006年に同音楽堂で上演された『バヤゼット』を思い出される方もおられるだろう。欧州の一流の歌手が数々のアリアを熱唱してバロック・オペラの醍醐味を教えてくれたが、今回の『メッセニアの神託』は演出付きの舞台上演というから、なおのこと期待が高まる。
ビオンディとエウローパ・ガランテは1990年代初めの《四季》ディスクで一躍、音楽ファンの知られるところとなったが、バロックの宗教的声楽曲やオペラにも積極的に取り組み、しばしばヴェネツィアのフェニーチェ劇場でカヴァッリやヴィヴァルディのオペラを上演し、CDの録音もある。パルマを拠点に活動し、現在では19世紀のベルカント・オペラにレパートリーを拡大。ベッリーニの『ノルマ』のDVD[TDK]が発売されている。ヴィヴァルディのオペラの方も継続していて、2012年に『メッセニアの神託』[Virgin、輸入盤]を録音。それとほぼ同じキャストを引き連れての来日公演となる。
パスティッチョ・オペラって何?
ヴィヴァルディは1713年の第1作『館のオットーネ』から、およそ45曲(50曲とも。改作やパスティッチョを含む)のオペラを作曲している。それらは基本的に、シンフォニア(序曲)、レチタティーヴォによる対話や独白、主要な登場人物によるアリアや重唱からなり、アリアはA-B-A'のダ・カーポ・アリア。A'では歌手たちが、ふんだんに即興的な装飾音を付けて歌う。歌詞は比喩的だが、感情表現はシンプルで力強く、劇の進行から離れて直接聴衆に向かって語りかけるようなところがある。当時はカストラート歌手の全盛期でもあり、極論を言えば、ドラマのあらすじに沿って次々と歌われるアリアや重唱を楽しむところに面白さがある。そのため、アリアはヴァラエティに富み、話すようなアリア・パルランテや興奮したアリア・アジタータ、華麗な装飾音に満ちたアリア・ディ・ブラブーラ、滑らかな美しい旋律を聴かせるアリア・カンタービレなど様々なタイプがあった。
また、18世紀にはオペラに限らず、既存の作品の素材を使って作曲することが一般的に行なわれていたが、このような手法で作られた音楽劇をパスティッチョ(「寄せ集め」「パイ」などの意味)という。それは、あるオペラが再演される際に、別の作曲家が自身の曲を採り入れたり、歌手の要望で作品と関係のない人気アリアを歌ったことから始まったとされる。ヴィヴァルディは生涯の最後の10年に、こうしたパスティッチョや以前の作品の再編曲を数多く手掛けている。《バヤゼット》と《メッセニアの神託》も同様だ。
《メッセニアの神託》とビオンディのディスク(ヴァージン・クラシックス)
『メッセニアの神託』の台本は、18世紀のイタリア・オペラの重要な台本作家アポストロ・ゼノの『メローペ』。例によって話が入り組んでいるので、ごく簡単に言うと、メッセニア王国を舞台にした王家の乗っ取りと仇討と愛と再生の物語となろうか。
ゼノの台本がオペラ化されたのは、1711年にピエタの合唱長でもあったガスパリーニの『メローペ』が最初だが、ビオンディのCDの解説を執筆しているドゥラメアによれば、ヴィヴァルディもそれを見た可能性があり、その頃からこの台本に関心を持っていたという。その後、何人もの作曲家によって作曲された。ヴィヴァルディと直接関係があるのは、ジェミニアーノ・ジャコメッリの『メローペ』。1734年の謝肉祭にヴェネツィアのサン・ジョヴァンニ・グリソストモ劇場で上演された折には、2大カストラート歌手ファリネッリとカッファレッリが共演したという。当時ヴィヴァルディはサンタンジェロ劇場で『オリンピアーデ』の上演に携わっていたが、これに感銘を受け、これをもとにしたパスティッチョを作曲。『メッセニアの神託』と改題して1737年から翌年にかけてのシーズンにサンタンジェロ劇場で上演。大成功を収めた。
しかしその頃からヴェネツィアにおけるヴィヴァルディの人気は急速に落ちていく。何とか再起を図るべく、歌手のアンナ・ジローとともに旅立った先がウィーン。以前から繋がりのあった皇帝を頼って出かけたらしい。目論みは『メッセニアの神託』の上演だったが、不運にもカール6世が崩御。知人の貴族を頼るも冷遇され、結局、7月28日に貧困のうちに同地で客死してしまう。しかし、それからおよそ半年後の1742年の謝肉祭に、ウィーンのケルントナートーア劇場で上演されるのである。
ヴィヴァルディの最後のオペラは1739年の『フェラスペ』だが、最後まで手を入れていたのが、この『メッセニア』であり、その意味でヴィヴァルディの《白鳥の歌》とも言えるのだ。しかしながら、このオペラはヴィヴァルディの多くの作品同様、楽譜が失われている。そこでビオンディは、ウィーン上演版の台本をもとに再構成を試みた。そして2012年1月にウィーンのコンチェルトハウスで上演。その様子が前述のディスクに収録されたというわけだ。
ビオンディによる再構成とCDに聴く『メッセニアの神託』
ディスクの解説に楽曲の原曲が記載されている。シンフォニアはヴィヴァルディの『グリゼルダ』からのもの。レチタティーヴォはジャコメッリの『メローペ』の転用。アリアや重唱などのナンバーの原曲の内訳は、ジャコメッリが23曲、ヴィヴァルディが10曲、ハッセ1、ブロスキ2である。ビオンディらの演奏は冒頭のシンフォニアからノリがいい。ボディのあるサウンドや躍動感に満ちたリズムや力強い音楽の推進力がすばらしい。魅力的なアリアや重唱が次から次へと出てくる。
たとえば2幕の《私は船のよう》はファリネッリの兄ブロスキのアリアで、映画『カストラート』でも歌われる(映画のサントラの一曲目だ。[AUDIVIS TRAVELLING])。3幕の《私はさげすまれた花嫁》はもともとジャコメッリの 『メローペ』の曲だが、『バヤゼット』にも使われている。歌手たちも皆、実力者揃い。ダ・カーポ・アリアのA'ではいずれも霊感に満ちたパッセージを披露している。特に注目は《私は船のよう》でメッサ・ディ・ヴォーチェやコロラトゥーラなど見事な歌唱を聴かせているメゾのヴィヴィカ・ジュノー。ビオンディのお気に入りの一人で、『バヤゼット』の前回の日本公演にも出演しているし、ヴィヴァルディのアリア集のディスク[Virgin]もある。
日本初演および、世界初の舞台上演への期待
来春の音楽堂での公演では、メローペがキーランド、エルミーラがマリーナ・デ・リソに代わる他は、CDと同じキャストが予定されている。しかも、前述のように世界初の舞台上演である。演出は彌勒忠史。自らカウンターテナー歌手でバロック・オペラに造詣が深く、これまでモンテヴェルディなどのオペラで洋の東西や時間を超えた驚きの舞台を創造し、観る者を啓発し続けてきた。先日、彌勒氏に伺ったところ、こんなふうに語ってくれた。
「当時のヴェネツィア・オペラは、インドのボリウッド映画に似た総合的なエンターテインメント。感動あり、笑いあり、お色気あり、涙ありといろいろな要素があって、一つの作品を構成しています。それがヴェネツィア・オペラの魂。当時のお客さんのように愉しんでいただきたい」
どんな舞台になるのかとても楽しみだ。
LIVE INFORMATION
ヴィヴァルディ:オペラ『メッセニアの神託』全3幕
(日本初演 字幕付き原語上演)
2015年2/28(土)・3/1(日)14:00開場 15:00開演
*両日とも14:15~ビオンディによるプレトークを予定
音楽監督・ヴァイオリン:ファビオ・ビオンディ
演出:彌勒忠史
出演:マグヌス・スタヴラン(T)マリアンヌ・キーランド、ヴィヴィカ・ジュノー、マリーナ・デ・リソ、ユリア・レージネヴァ、フランツィスカ・ゴッドヴァルト(MS)クサヴィエール・サバタ(C-T)
演奏:エウローパ・ガランテ
会場:神奈川県立音楽堂