ニューヨーク最良の至宝によるネイキッドな弾き語り作品
なんとネイキッドで赤裸々なアルバムだろう。「ニューヨーク・タイムズ」で〈NY最良の秘宝〉と称賛されたベッカ・スティーヴンスの新作『メイプル・トゥ・ペイパー』は、全編アコースティック・ギターの弾き語り。親密で生々しい空気が支配している。昨今、イーラン・メーラーとのデュオ、ザ・シークレット・トリオ、アタッカ・カルテットと、協働作が続いたが、ここにきてシンプルな境地に至った。
「アルバムに入っているのは、苦しみや哀しみが雪崩のように押し寄せてきた時に、それらを昇華するために書いていた個人的な曲ばかり。でも、それをマネージャーや夫に聴かせたら〈これ、アルバムになるんじゃない?〉と言われたの。自分には率直すぎるし無防備すぎるからどうかなと思っていたけど、彼ら/彼女らに背中を押されて発表することになったの」
感情をむき出しにした、エモーショナル極まりないヴォーカルももちろん素晴らしいのだが、力強く時に直情的ですらあるギターのストロークにも感興を覚えた。そのプレイには、カントリーやブルース、そしてアパラチアン・フォークからの影響が滲む。
「ギターの演奏で最初のインスピレーションとなったのは育った環境。父親がアパラチアン・フォークの音楽家で、アイリッシュ系のフォークも家で聴いていたし、彼からギターを習ったの。13歳の頃からロバート・ジョンソンをよく聴いていたから、その影響もあると思うわ」
レコーディングは自宅でヴォーカル用とギター用に1本ずつマイクを立てるという、シンプルでオーソドックスな方法で行われたという。朋友のデヴィッド・クロスビーや母親の死を経験し、二度の出産を経験した彼女が発表した本作には、希望と絶望、光と影が違和感なく同居しているように思う。こんなアルバム、そうそうあるものじゃない。較べるなら、ニック・ドレイクやジョニ・ミッチェルの初期作くらいではないか。
「ジョニは大好き。あと、今回のアルバムのギター・プレイはニックからの影響がすごく大きかった。彼の『ピンク・ムーン』は音が詰め込まれていないけれど、完成度が高くで広がりがある。理想のアルバムですね」
また弾き語りのアルバムを作ってほしい、と考えるのは筆者だけではあるまいが、ベッカは言う。
「次は弾き語りはないかな(笑)。いつも、自分に足りないものを作ろうと思っていて、それは今だったら声を重ねること。次作のヒントはそこにあると思います」