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代表的グループが登場、全盛期を迎えた1950年代

1930~1940年代に活躍したジャズやゴスペルの要素が強いミルス・ブラザーズやインク・スポッツなどのボーカルグループがその源流にありますが、彼らの影響を受けつつもよりモダンなコーラスによって1950年代初頭にチャートを賑わせたレイヴンスやオリオールズらがドゥーワップの第1世代でしょう。なぜか鳥の名前を冠したグループが多かったので〈バードグループ〉とも呼ばれていました。ちなみにレイヴン=カラス、オリオール=コウライウグイスです。

その頃はまだブルージーなジャンプナンバーやムーディーなバラードが主体でしたが、1950年代半ば辺りからロックンロールと呼応するようなビート感溢れるダンスチューンやメロウなラブソングなど、より若者向けの音楽性を有するグループが続々とデビューしてきたことで、ドゥーワップは全盛期を迎えます。この時期の代表的なグループをざっと挙げてみましょう。

ニューヨークでは“Life Is But A Dream”などロマンティックなバラードで魅了したハープトーンズや、“Speedoo”をはじめ軽快なアップナンバーを得意としたキャディラックス。

オールディーズスタンダードともいうべき名曲“In The Still Of The Night”(1992年にはボーイズIIメンがカバーして全米3位を記録)で知られるニューへヴン(コネチカット州)のファイブ・サテンズ。

シカゴでは“Sincerely”ほか多数のヒットを持ち、一時期マーヴィン・ゲイも在籍していたムーングロウズや、“I Only Have Eyes For You”などでスウィートソウルの原型ともいえる蠱惑的なコーラスを披露したフラミンゴス。

名ソングライターコンビ=リーバー&ストーラー作のコミカルなノベルティソングで一世を風靡したロサンゼルスのコースターズなど、パッと思いつくだけでも枚挙にいとまがありません。

 

音楽シーンの変化と季節の終焉

また、より万人受けするソフィスティケートされたスタイルで世界的な人気を博したプラターズや、ブリルビル系の優れた職人作家たちの提供曲を歌ってヒットを連発したドリフターズなど、ドゥーワップから出発しつつもポップボーカルに寄って大きな商業的成功を手にしたグループも現れました。

1950年代後半になると黒人グループへの憧憬を露わにした白人ティーンたちによるホワイトドゥーワップも数多く台頭してきます。とはいえ当時はまだ黒人と同じくマイノリティでもあった、ブロンクスやブルックリンのイタリア系アメリカ人がその中核を担っていたことは留意しておきたいところ。ここでは代表的な曲としてディオン&ザ・ベルモンツの“I Wonder Why”を挙げておきましょう。

1960年代前半にはビートルズやボブ・ディランの登場も相まってポップスシーンが大きく様変わりしていくわけですが、黒人音楽もまたその主流が次第にソウルへと移り変わっていきます。ミラクルズやデルズなど時流に合わせてソウルへと進化していったグループもいたものの、タイムスの“So Much In Love”がヒットした1963年頃を境にドゥーワップの季節は終焉を迎えるのでした。