彼の最高傑作が本作なのかどうかは人によるとしても、このミネアポリスの奇才が時代にもっとも愛された瞬間の記録がここに刻まれていることに異論はないだろう。自身の主演映画のサントラも兼ねた世界的ヒット作であり、“When Doves Cry”と“Let’s Go Crazy”の2曲が全米No.1を記録。商業的には本作がピークだったものの、続けざまに同じことをやらなかったからこそ彼の存在感が永遠に特別なものになったのは言うまでもない。ザ・タイムやアポロニア6、シーラEといったファミリー作品も送り出した84年は間違いなくプリンスの年だった。
80年代前半を駆け抜けたジョージ・マイケル&アンドリュー・リッジリーの、短い活動期間における最上級のピーク。デビュー作『Fantastic』のバッド・ボーイ感を快活に拭い去って大成功を収めたこの2作目は、彼らのソウル趣味をより爽やかなフォルムで整え、“Wake Me Up Before You Go-Go”や日本でもCMソングで使われた“Freedom”、さらに“Everything She Wants”と、どこを切っても屈託のないキャッチーな果汁が瑞々しく溢れてくる。哀愁に満ちたジョージのソロ曲“Careless Whisper”もこの後のさらなる飛躍を予感させるものだった。
当時のアメリカのイケイケ感とその底辺で渦巻く怒りを綴りつつ、世界的な支持を集めたモンスター・ヒット作品。ベトナム帰還兵の苦悩を通じて祖国への愛憎を歌った表題曲は、テーマに反して歌詞が誤解され……というエピソードもセットになるほどの著名なスタジアム・ナンバーだ。ただ、アイコニックなジャケも含め、この時期の彼に誤解したくなるほどのヒロイックな勢いがあったのは確かだろう。シンセ・ポップの先行ヒット“Dancing In The Dark”や“Cover Me”など、ボブ・クリアマウンテンのミックスによる豪快な鳴りそのものが80年代サウンドだ。
ディスコ~クラブ志向のデビュー作から、センセーショナルな世界のマドンナをみずから創造したセカンド・アルバム。前年にデヴィッド・ボウイ『Let’s Dance』で当てたナイル・ロジャースをすぐ起用して越境型のポップ・スタイルへと移行し、トム・ケリー&ビリー・スタインバーグ作の刺激的な表題曲、モンローのイメージ借用も話題になったピーター・ブラウン作の“Material Girl”という連続ヒットを輩出、アルバムは本国だけで1000万枚超えのセールスを記録した。レディ・ガガを例に挙げるまでもなく、以降の女性ポップスター像の雛形がここにある。

タイトルがまさに。テクニカルな奏法で愛されたギター・ヒーローのエディ・ヴァン・ヘイレンと、野性味に溢れた魅力的なヴォーカリストのデヴィッド・リー・ロスを擁したUS西海岸ハード・ロックの雄。すでに別格のバンドだった彼らがより野心的に創作を進めた6枚目のアルバムで、『Thriller』時代の全米チャートでは2位に甘んじたものの、最終的に1000万枚以上のセールスを叩き出している。エディが本格的にシンセを導入した“Jump”が5週連続で全米1位をキープし、“Panama”や“I’ll Wait”も続いてクロスオーヴァーな成功を収めた。
アイルランドから世界的な成功を収め、独特のサウンドスケープと社会派としてのスタンスから現在のシーンにも絶大な影響力を誇るバンドの4枚目のアルバム。前作『War』(83年)の成功から先に進むべく以降も重要なブレーンとなるブライアン・イーノとダニエル・ラノワをプロデューサーに起用し、アンビエントなアプローチを取り込んで激変したアート・ロック的なサウンドの方向性は高い評価を獲得した。なかでもマーティン・ルーサー・キングに捧げた“Pride (In The Name Of Love)”はバンドの代表曲となっている。
MTVの普及もあって映画音楽の在り方も大きく変わったのがこの時代。前年の「フラッシュダンス」に続いたこのサントラは、多彩な旬の面々が歌唱することで、映画とポップソングが相乗効果で話題になっていく風潮を決定づけた。ケニー・ロギンスによる表題曲とデニース・ウィリアムスの“Let’s Hear It For The Boy”は全米1位に輝き、マイク・レノ&アン・ウィルソンのバラード“Almost Paradise”など映画を離れても著名な楽曲が目立つ。ボニー・タイラー“Holding Out For A Hero”は日本でラグビー曲の定番として独自進化を遂げていった。
リード・シンガーのシャーデー・アデュを中心に、独特のミステリアスな佇まいや包容力のある歌唱の魅力も相まって、登場からシーンにクールな衝撃を与えたシャーデー。このファースト・アルバムからジャズやソウル、ソフスティ・ポップなどの要素が豊かに混じり合う音世界を聴かせている。シングル・ヒットした代表曲“Smooth Operator”を筆頭にその世界観は唯一無二で、直球のフォロワーがいないのも頷けるところだ。全英2位/全米5位のヒットを記録し、グラミーでは最優秀新人賞まで受賞するに至った。最新リマスターでLPリイシューされたばかり。
MCのランとDMC、さらにDJのジャム・マスター・ジェイが集まって83年に結成されたラップ・グループの初作。リック・ルービンとの関連で語られがちだが、本作と次の『King Of Rock』は後見人のラッセル・シモンズがラリー・スミスと組んで制作されたもの。代表曲となる“It’s Like That”や“Sucker M.C.’s (Krush-Groove 1)”がこの時点でわかりやすさとストリート性の両立に成功しており、さらにラリーのディストーション・ギターを大胆にフィーチャーした“Rock Box”は、ヒップホップの分野におけるロック・サウンド導入の効果を示した。
日本のロック・シーンを形成するなかで重要な役割を果たした彼が、音楽的にも大きな転機とした傑作の誉れ高い4作目。そこまで3枚のアルバムで成功を収めつつあった時期に活動休止してNYへ渡り、〈訪問者〉として生活を送るなかでの刺激を反映したアルバムで、そこで触れたヒップホップを日本のアーティストではかなり早い段階で導入した一例となる。シュガーヒル的なノリを取り入れた“COMPLICATION SHAKEDOWN”もいいが、もともとの作法にもマッチしたポエトリー的な“NEW AGE”の昂揚感はいま聴いても実に新鮮だ。








