©THE PRINCE ESTATE | Photo by JEFF KATZ.

[不定期連載]プリンスの19XX年
LOVE 4EVER AND IT LIVES IN...

サイケデリック時代の名盤が40周年を迎えましたので今回も一筆書きの特別編!

 〈僕がこれまでやってきたことのなかでいちばんスマートだったのは、『Purple Rain』を完成した直後に『Around The World In A Day』をレコーディングしたことだね〉――プリンスがそう語ったのは、85年9月のRolling Stone誌において。これがスターならではの不遜なハッタリや後付けの自画自賛でなかったことは単純に時系列という事実が教えてくれる。何もかもがうまく行きすぎていた84年、5月の先行シングル“When Doves Cry”が初めて全米No. 1を記録したかと思えば、同曲を収めた6月末リリースのアルバム『Purple Rain』は8月に全米No. 1を獲得し、その場所は翌年明けまで24週連続で彼の定位置となった。それと前後する7月にはシングル“Let’s Go Crazy”が全米1位に輝き、同月末に公開された初主演映画「パープル・レイン」も興行収入1位を記録。アルバムとシングル、映画が同時に全米1位に輝くという偉業は、エルヴィス・プレスリー、ビートルズに続く3例目だったらしい。人気爆発を受けて11月からスタートした全米ツアー〈Purple Rain Tour〉も翌年4月まで170万人以上を動員する大成功に終わった。が、『Around The World In A Day』に取りかかった時点でのプリンスは、多少の成功を見込みこそすれ、ここまでの社会現象化に対する確信は持てていなかったはずだ。なぜなら、彼がアルバムの指針となる“Around The World In A Day”に出会ったのは、まだアルバム『Purple Rain』が世に出る前の出来事だったからである。

 

サイケやエキゾを前景化したパノラマ

PRINCE & THE REVOLUTION 『Around The World In A Day(Deluxe Edition)』 Paisley Park/Warner Bros./NPG/Rhino/ワーナー(2025)

 このたびデラックス・エディションが登場する『Around The World In A Day』は、85年4月22日にリリースされた、プリンスにとって7枚目、プリンス&ザ・レヴォリューション名義では2枚目のアルバム。サイケデリックなアートワークからもわかるように、ここでプリンスはミネアポリス独自のシンセ・ファンクやニューウェイヴ的なビート・ロック(や露悪的な性描写)から離れ、代わりに往年のサイケデリアを連想させる実験的でカラフルな音楽性に挑んでみせたのだった。

 シンボリックにジャケを紫色で染めた『1999』(82年)から『Purple Rain』への進化や成長は後から見ても明快に感じられる一方、そこから本作への跳躍がとんでもなく思えただろうことは、当時を体験していない身にも想像はできる。実際に当時の作品評では〈ビートルズの模倣〉などと腐されたようだが、この変革の影響源として考えられるのは60年代のサイケやフォーク・ロックなどを復古するムーヴメント〈ペイズリー・アンダーグラウンド〉へのシンパシーであり、レヴォリューションの構成員であるリサ・コールマン(キーボード)とウェンディ・メルヴォワン(ギター)、そしてその兄弟たちからの刺激だったと思われる。

 彼女たちの父親であるゲイリー・コールマンとマイク・メルヴォワンは60年代から活躍する大物ミュージシャンで、いずれもレッキング・クルーやクインシー・ジョーンズのバンドなどで活躍してきた人。その子女たちも西海岸で早くから音楽活動を始めており、彼らの知識やセンスは、田舎から出てきた我流の天才にはさぞや眩しく映ったのではないか。……というのは勝手な想像だが、プリンスがリサの弟デヴィッドに誕生日のお祝いとしてスタジオを自由に使える権利を与えたことが、プリンス自身に転機をもたらした。デヴィッドがそこでウェンディの兄ジョナサンとデモを制作したのが、『Purple Rain』が出る直前の84年6月初頭。それに感銘を受けたプリンスが詞やアレンジに手を加えてレコーディングに臨み、それが表題曲の“Around The World In A Day”になったのだ。

 同曲ではマルチ演奏家のデヴィッドがダルブッカやウード、チェロ、フィンガーシンバルを操り、その不思議な異国情緒がプリンス流儀のシンセやドラムマシーンの音色と融合して、翳りのある旋律や幻惑的なハーモニー、一日で世界一周というスピリチュアルな詞も相まって独特な一曲になっている。このように、プリンスがソウル〜ファンクの要素より自分なりのサイケ感やエキゾ感を前景化して独自のパノラマを作り上げたのがこのアルバム『Around The World In A Day』だと言えそうだ。