LAの名匠マスタードが中心的に制作したビート
そんなビーフの決定打、ダメ押しになったと言える曲が“Not Like Us”だ。Spotifyで1日に1,280万回も再生されるなど様々な記録を打ち立て、当然のようにBillboard Hot 100で初登場1位を獲得した。第67回グラミー賞では最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞ほか5部門にノミネートされており、ピッチフォークやビルボードなど多数の音楽誌が今年のベストソングに選んだ。各誌の評価を集計する〈Album Of The Year〉の2024年の曲でも1位に君臨している曲である。
発表されたのは、両者の間でディストラックが数時間単位で飛び交っていた最中の5月4日。ジャケットはGoogleマップのスクリーンショットと思しき俯瞰写真で、トロントにあるドレイクの邸宅、通称〈Embassy(大使館)〉である。加えて、建物には性犯罪者に登録された者を表す複数のマーカーが記されており、これは後述するリリックの内容に関係している。
まずプロダクションについて書くと、プロデューサーはケンドリックの右腕であるサウンウェイヴ、ジャック・ハーロウのヒット曲“Lovin On Me”を手がけたショーン・モンバーガー、そしてマスタードの3人がクレジットされている。後者2人とケンドリックは初顔合わせだ(厳密には、ケンドリックは2012年にジージー“R.I.P. (Remix)”においてマスタードのビートでラップしている)。中でも重要なのは、制作の中核を担ったマスタードの存在である。
マスタードはロサンゼルスの名プロデューサーで、2010年以降、YGやタイ・ダラー・サイン、タイガなどの曲を制作して名を上げてきた。ウェストコーストヒップホップの伝統を引き継ぎつつ2010年代の西海岸サウンドを確立させた立役者の一人だと言えるし、過去の仕事やソロアルバムの数々(今年リリースされた『Faith Of A Mustard Seed』も素晴らしい)、エラ・メイのヒット曲“Boo’d Up”などを聴けばわかる通り、非常に記名性の高い特徴的なビートを作る職人である。ケンドリックが西海岸性を改めて打ち出した“Not Like Us”(そしてそれに続く『GNX』)でマスタードと組んだ流れは、かなり象徴的だった。
マスタードは以前からケンドリックと仕事がしたかったそうで、3か月にわたってほぼ毎日5曲ぶんビートを送っていた、という強烈な逸話を明かしている。“Not Like Us”の原型になるビートを送ったのは4月初旬だったとのこと。ケンドリックがそのビートを気に入ってはいたものの、それが“Not Like Us”になるとは思っていなかったという。サンプリングやビートの制作もルーティン的におこなったもので、「めちゃくちゃシンプル。工場みたいなものだよ」と語る。また「ドクター・ドレーがリル・ジョンとコラボしたら?」という発想で、わずか30分ほどで作ったという事実は驚きだ。