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進化した歌唱表現の瑞々しさ

 そもそも8歳で曲を書きはじめた彼女は、内向的な性格ゆえに人との対話が苦手で、思っていることを書き綴っていたのが曲作りのきっかけだ。他人に見せたり聴かせるためではなく、あくまでも自分のために曲を作っていた。独り言を呟くような作風は、2023年作のデビュー・アルバム『Good Riddance』に特徴的で〈ベッドルーム・ポップの新星〉と呼ばれていた。しかし、テイラーのツアーを経験した後に制作された『The Secret Of Us』では大きく変化。素朴で辿々しかった歌は艶やかさを増し、躍動感が加わった。と同時に、楽器や音色を詰め込みすぎず、隙間を活かしたスペース感のあるサウンドが、彼女の歌の瑞々しさを、より際立たせている。リード・シングルに“Risk”と題されたナンバーが選ばれたのが何よりも象徴的だ。ホールジーを彷彿とさせる畳み掛けるようなメロディーに乗せて、〈私はリスクを恐れない〉と意を決して歌われる。募る思いが言葉とメロディーを味方に付けて、生命を得たかのように飛び跳ねる。グレイシーの楽曲には破局や傷心をテーマにしたものが多いが、相手を一方的に責めるのではなく、常に自身の非を省みながら、ユラユラと揺れ動いている。あえて結論を出さず、あれこれ思いを巡らせながら頭の中で考察。そんな様子が描かれている。

 ジョニ・ミッチェルから多大な影響を受け、腕にはジョニの名曲“River”にインスパイアされたタトゥーを入れているグレイシー。現在はNY住まいだが、生まれ育ったのはLAのパシフィック・パリセイズ。父親が「スター・ウォーズ」シリーズなどで知られるJJ・エイブラムス監督というのは、いまさら不要かも知れないが、育った環境からの影響も大きいのではないかと思う。今年1月末のLAの山火事で、自身が生まれ育った地域は、ほぼ焼け野原となってしまったそうだ。その救援支援コンサート〈FireAid〉で彼女は“I Love You, I’m Sorry”を披露。〈大好きでごめんなさい〉という歌詞も相反する揺れ動く心情を表しており、いかにも彼女らしいという気がする。

 アルバムの成功やワールド・ツアー、噂の恋人ポール・メスカルとのロマンスなどを経て、今後アーティストとしてどのように成就するのか。現時点の彼女を今回来日公演で体験できるファンは本当にラッキー。まだまだこれから驚くべき成長と変貌が待ち受けているに違いない。

4月11日にリリースされるボン・イヴェールのニュー・アルバム『SABLE, fABLE』(Jagjaguwar)