激動の日々を振り返って自身の内面を深く掘り下げた〈地獄からの娘〉のニュー・アルバム! 世界的なブレイクの渦中で成長を重ねてきた率直な歌世界が表現する現在地とは?
落ち着いて取り組んだ新作
グレイシー・エイブラムスが3枚目のアルバムを完成。前作『The Secret Of Us』から約2年ぶりにニュー・アルバム『Daughter From Hell』をリリースした。この2年の間にはアルバムからのリード・シングル“Close To You”や、続くシングル“I Love You, I’m Sorry”(全米19位/全英4位)、“That’s So True”(全米6位/全英1位)など次々とヒットを放ち、グラミーでは〈最優秀新人〉部門にノミネートされた2024年に続き、2025年にもテイラー・スウィフトとのコラボ曲“Us”が〈最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス〉部門にノミネート。さらには大々的な世界ツアー〈The Secret Of Us Tour〉を開催して昨年4月に初来日公演を行ったのも記憶に新しいところだ。
またセレーナ・ゴメス&ベニー・ブランコ夫妻(当時はまだ婚約中)との3者共演ナンバー“Call Me When You Break Up”への参加や、ジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)、アーロン・デスナーと共に銃暴力の撲滅を掲げる活動への支援チャリティ・シングル“Sold Out”を発表したり、マムフォード&サンズの最新作『Prizefighter』からのシングル“Badlands”にフィーチャーされるなど実に多種多様。華やかな大舞台から、ささやかな小作品まで、さまざまなベクトルで多角的な活動を繰り広げてきた。加えて、私生活面ではアイルランド人俳優のポール・メスカルとの熱愛ぶりがメディアを賑わせることもしばしば。常にスポットライトを浴びてきた印象だ。
そんな上昇気流に乗った激動の2年間を経て、当然ながら大きな変化や成長を果たした結果がこの『Daughter From Hell』である。ツアー中に曲を書きながら制作していた前2作とは異なり、今回はじっくりと腰を落ち着けて曲作りやレコーディングに取り組めたのだという。
アルバムのほぼ全曲を彼女と共作し、プロデュースにあたっているのは、過去2作と同じくアーロン・デスナー。ザ・ナショナルのギタリストでありマルチ・インストゥルメンタリストである彼が、彼女の右腕として大きな役割を担っている。本作に関するインタヴューなどでも同席して2人で応じていたりするなど、彼女から多大な信頼を得ているのは明白だ。
音楽的な成長
アーロンといえば、シャロン・ヴァン・エッテンからノア・カーン、ガール・イン・レッド、マムフォード&サンズやエド・シーランまでを手掛け、なかでももっともよく知られているのがテイラー・スウィフトのアメリカーナ/フォーク寄り作品『Forklore』や『Evermore』での大きな貢献だろう。グレイシー作品に関しても、以前からアコースティック楽器を軸にフォーク・ポップな音作りをしてきたが、本作においては弦楽器を中心にしたオーケストラ演奏、フィドルやペダルスティールなどのルーツ系楽器を用いるなど、より野心的かつ拡張的な音楽志向を窺わせる。グレイシーが本作でもっとも重視したのが、単なる数字的な成功ではなく、音楽的な成長だったからという気がする。その顕著な一例が、今年5月に公表されたアルバムからのリード・シングル“Hit The Wall”ではないかと思う。
「“Hit The Wall”をファースト・シングルにしたのは、アルバム中で比較的ポップな曲だからではなく、このアルバムを作っていた時の私の状態を投影していると感じたから」と彼女は明かす。ヒット狙いのポップソングではなく、本作『Daughter From Hell』の幕開けに相応しい楽曲であり、アルバムの指針となる方向性を決定した曲だったという。そこで歌われているのは、精神的な限界に追い込まれても、前進するためには、問題から逃げずに真正面から向き合い、壁を打破することの重要性。自身の人間関係やメンタル面での苦悩を歌うことで乗り越える、という彼女自身のプロセスであり、突破口であったという。自身の日常体験を歌うスタイルは、以前から彼女の得意とするところだが、本作では自身の深層心理にいっそう踏み込んだと言えるだろうか。
それに続くセカンド・シングル“Look At My Life”では、文字通り自身のこれまでの人生を振り返り、いま一度精査する。シンガーとして大成功を収めた激動の数年を経て、いったん立ち止まり、自身の体験や恋愛などを振り返り、いまどう感じるのかを考察。まるで自身の日記帳を読み返しているかのような楽曲が本作には多く並んでいる。
地獄からの娘
しかも恋愛や友情に留まらない。なかでももっとも印象的かつ、ある意味で衝撃なのが、アルバムのタイトルでもある“Daughter From Hell”という曲だ。直訳すれば〈地獄からの娘〉なのだが、意訳するなら〈やっかいな娘〉だったり〈手こずらせる最悪の娘〉といったニュアンスだろうか。清楚で礼儀正しい現在の彼女からは想像もつかないのだが、内気で人付き合いが苦手だったため、成長過程では親を相当困らせたのだとか。ここで歌われている〈あなた〉とは母のこと。反抗期や引きこもり、心を閉ざしていた時期があったリスナーにとっては、特に共感できる曲ではないだろうか。
アルバムにはアーロンをはじめ、マーカス・マムフォード(マムフォード&サンズ)、ジャスティン・ヴァーノン、ダン・二グロ、オードリー・ホバートらさまざまなミュージシャンが協力しているが、嬉しいサプライズでもあったのが、恋人のポール・メスカルの共作者としての参加だろう。あえて隠さず、自身の現在地をしっかりと音楽に投影しようとする姿勢が潔くもあり、何とも頼もしい。
筆者は昨年4月の来日時に彼女とインタビューを行っているのだが、その時はとにかく弾丸トーク炸裂で、いかにもZ世代という印象だった。が同時に、頭脳明晰で、人あたりがよくて、謙虚という言葉がこれほどピッタリ似合う人もいない、と感心させられたのを覚えている。現在26歳のグレイシー。以前に発表した曲の中には、自分の思いをズケズケとぶつけるあまり、相手を傷つけたかもしれないと後悔している曲もあるのだとか。本作では誰も傷つかないよう、特に気を付けたそうだ。より寛大な心を持てる人になりたいとも語っている。そういった自身の変化や成長も本作からは窺えるに違いない。あえて〈地獄からの娘〉と呼ぶ彼女。ミュージシャンとしての成長のみならず、人間的な成長も見えてくるはずだ。
関連盤を紹介。
左から、グレイシー・エイブラムスの2023年作『Good Riddance』、2024年作『The Secret Of Us』、グレイシーが参加したセレーナ・ゴメス&ベニ・ブランコの2025年作『I Said I Love You First』(すべてInterscope)、マムフォード&サンズの2026年作『Prizefighter』(Gentlemen Of The Road/Island)、ナショナルの2024年のライヴ盤『Rome』(4AD)、ボン・イヴェールの編集盤『Volumes One: Selections From Music Concerts 2019-2023 Bon Iver 6 Piece Band』(Jagjaguwar)、ダン・ニグロが手掛けたオリヴィア・ロドリゴの2026年作『you seem pretty sad for a girl so in love』(Geffen)、オードリー・ホバートの2025年作『Who’s The Clown?』(RCA)、ベイルートの2025年作『A Study Of Losses』(Pompeii)
