今の夢は、リキッド(液体)のような音楽のマジックが世界に広がっていくこと
ジョヴァンニ・ソッリマは世界最高クラスのチェロ奏者であり、時代様式に柔軟に対応するばかりか民俗音楽やロックも演奏、かつ即興も自在にこなす。一方作曲家としてチェロ曲のみならずオペラも映画音楽も書く。また国境も世代も超え100人以上のチェリストと共演する「100チェロ」のプロデューサー、指揮者、教育者であり、「氷のチェロ」など驚愕の発想の「楽器製作者」でもある。現代のルネサンス的イタリア人、全方位的音楽家だ。
そのソッリマの、2年ぶりの日本ツアーの内容は多岐にわたる。3/20、22、23の3日間、鈴木優人指揮読売日本交響楽団と自作“多様なる大地”“チェロよ、歌え!”を共演。3/21にはトークイヴェントと公開ワークショップ。3/24には自身のドキュメンタリー映画『氷のチェロの物語』上映会でトークとミニライヴ。そして3/25、26にはバッハ“無伴奏チェロ組曲”を核としたリサイタル。3/30には「100チェロ・コンサート」…。
3月22日、読響演奏会終了後のソッリマに話を聞いた。この日は前述の通り自身の2曲が演奏され(“チェロよ、歌え!”では遠藤真理が共演)、アンコールはチェロ二重奏で彼の編曲による坂本龍一“ラストエンペラー”。
ソッリマが専ら語ったのは日本初演の“多様なる大地”だ。この曲はTema con Variationi(テーマと変奏)のTemaをTerra(大地)に置換した曲名さながらに、様々な土地を旅するがごとく変容する。後半ではオーケストラと共に歌い、聴衆にも参加を要請。最後、突如舞台裏に引いたと思うと、複数の部品が接合された小さなチェロらしきものを抱え再登場。それを一瞬弾いて終わる。
彼の話は当方の質問範囲を軽く超え、エネルギッシュに拡がる。以下はそのごく一部だ。
「2014年にミラノで行われた環境万博用に書いたジングルを主題に、チェロと管弦楽の変奏曲を作曲した。曲はオーストラリア、地中海、バルカンと様々な地域を旅してゆく。今回はもちろんモダン楽器演奏だが、いずれバロック・チェロで録音したいと思っているんだ。最後の部分だが、演奏の度に毎回変える。飼い犬の吠え声を入れたり、自転車を漕いで自家発電でライトをつけたり(笑)。今回は日本に来てからつくった楽器だ。楽器を自作するのは、チェロを戦火で壊されたアフガニスタンの知人が、『自分でチェロをつくって弾いているので今は幸せだ』と言ったことがヒントになっている。その場にあるものでつくる、生き延びるとはそういうこと。私は干し草や鉄でチェロをつくったし、舟でもつくった。聴衆の参加については、ここ3~4年そういう曲を書いている。シャイな人も乗りの良い人もいるが、参加により生まれるマジックを大切にしてゆきたいね」
参加、そう、その2日前に約50人のチェロ奏者を対象に行われたワークショップでも、参加者は「学習」以上のコミットを求められた。何しろ「即興演奏」がテーマなのだ。しかも技術の伝授ではなく、自由に表現する手掛かりを探すことに主眼が置かれていた。
「即興とは、自分の魂をいかに発見するか、なんだ。それには数分かかることも、数時間、数日かかることもある。アイディアとスペース(空間)、アーキテクチュア(建築学)が大切だ。音楽と建築学、たとえばルネサンス期の黄金比などは音楽と密接な関係にある」
ソッリマは合奏をグルーピングし、各音を彼自身の歩幅で示し弾かせることから始め、最終的にはシンプルなフレーズを基にした4楽章の交響曲を全員で「作曲」してしまった。第4楽章では偶然会場で鳴ったアラーム音を瞬時に取り入れた。
「即興ではその場で起こるすべてを捉えたい。ミラノでは通りかかった救急車のサイレンを取り入れたよ(笑)。即興は作曲する前のいわばスペースで、良い訓練になる。何も隠せない。クラシック音楽は楽譜通り弾くのが大事で、私の音楽学校時代には即興は禁じられていた。だがルネサンスやバロック期、19世紀までは即興があった。ヴィヴァルディもバッハも、ベートーヴェンもショパンも、皆インプロヴァイザーだ。そしてもちろん、ロックや民俗音楽にも即興がある。この10年ほど、古楽やジャズの音楽家が即興の重要性を強調し、人々の目を開いてきた」