現代のギターキッズや吹奏楽部に受け継がれる文化
――シティポップにしても、DJやクラブカルチャーが先行する点はリバイバルにおいて重要ですよね。
柴崎「そう。日本ではフュージョンというとプレイヤーのテクニックとかそれらを競うコンテストとか、そういった実演文化と結びついている印象で、逆に言えば、ある時期までDJ的関心からすり抜けがちだったんですが、そういう日本の状況から遠く離れたUKではクラブやレコード文化と結びついていた。もちろん実演文化としてブリットファンクシーンがあったことも大きかったはずでしょうけど、それもクラブの文化圏と切り離せないものだった。当時の日本のディスコでは基本的に洋楽オンリーの選曲だったのも、自国のフュージョンとディスコ・クラブ文化が融合しづらかった要因じゃないかなと。
プレイヤー文化としてのフュージョンの継承というのは意外なほど根強くて、それこそ自分より下の世代でも岡田拓郎さんやパソコン音楽クラブの⻄⼭真登さんのように、一見フュージョンとは遠いところにいると感じるミュージシャンですら実はフュージョンを通っている例もあるんですよね」
栗本「彼らはどうやってフュージョンにたどり着くんでしょう?」
柴崎「あくまで僕の視点で推察すると、おそらく彼らが若い頃からギターを熱心に弾いていたこと、つまりギターキッズ的マインドと関係していると思いますね。自分も10代からギターを弾いているので鮮明に記憶しているんですが、テクニックを追求しようとすると、とりあえずハードロックやフュージョンが課題として出てくる。
岡田さんは高中正義の“BLUE LAGOON”を聴いてギターを弾きはじめたというし、西山さんは、本人的にあまり誇れる過去だと思っていないようですが、実はめちゃくちゃフュージョン的なギターが達者。そういう楽器文化的なルートは根強く存在しているんじゃないかなと」
――吹奏楽部やジャズ研究会のようなサークル、あるいはエレクトーン演奏出身のミュージシャンは多いですが、そういった技巧が重要な場ではフュージョンの影響が大きいですね。
栗本「楽器を極めつつポップな音楽をやろうとすると、フュージョンに行き着くのでしょうね。ブラスバンドのレパートリーにT-SQUAREの曲が多数選ばれていることが以前から不思議でした」
柴崎「部活や音楽教育の現場で脈々と継承されているんですよね。例えば、吹奏楽部でトランペットを吹いていた人で数原晋さんやエリック・ミヤシロさんの名前を知らない人はほぼいないはず。サックス奏者にとってのMALTAさんもそう。吹奏楽文化外の認知度との違いを考えると、やはり独特の受容の仕方があったんだろうなと思います」
栗本「僕は大学で軽音楽部に入ったのですが、ビッグバンドジャズをやる人もいて、上手い人たちはフュージョンをやっていましたね。自分はベースを弾いていたのですが、チョッパー〈スラップ〉が上手くできないコンプレックスもあって、〈俺はあいつらとは違う〉とか言っていましたよ。またフォークソング同行会というサークルもあり、そちらはさらにフュージョン好きな人が多い印象があったので、自分とは真逆だと感じていました。そんな僕が、まさかフュージョンのコンピを作ることになるとは(笑)」
柴崎「僕も大学時代はロック・パンク系のサークルにいて、粗雑で不健康なほどエラいという価値観だったので(笑)、フュージョンのサークルは遠い世界でしたね。勝手なイメージですけど、スポーツ感覚が強くて、(弾くのが)速い、(音が)高い、フレーズに濁りがない、という価値観が大事にされていた印象です」
栗本「T-SQUAREに『S・P・O・R・T・S』というアルバムもありますね。
そういうところが突出していたので、良質で気持ちいいグルーヴは見過ごされてきた面があった。そこに光を当てたのが今回のコンピです」
柴崎「リスナー視点からフュージョンを再文脈化した、と」