(左から)加藤登紀子、江﨑文武

加藤登紀子から2枚組のニューアルバム『for peace』が届けられた。戦後80年、昭和100年、そして加藤がデビューから60年を迎える2025年、様々なタイミングが重なった年に平和への思いを届ける大作だ。激動の世界情勢、悲しみに満ちた現代社会において、壁を作るのでなくそれを越える橋を架けたい――そんな願いが込められ、新曲や“百万本のバラ”“愛の讃歌”“難破船”“時には昔の話を”といった代表曲の新録が収められている。

慈愛に満ちた『for peace』のリリースを祝って、Mikikiでは加藤と江﨑文武の対談をお届けしよう。今回、加藤がセルフカバーした“きみはもうひとりじゃない”(2022年)は元々Hana Hopeへの提供曲で、江﨑が作曲、加藤が作詞した作品だった。その縁に導かれた江﨑は、本作において“80億の祈り”の編曲や“時には昔の話を”の演奏などで携わっている。2人の話題は映画「紅の豚」のことから音楽家の役割まで多岐にわたった。

加藤登紀子 『for peace』 ユニバーサル(2025)

 

日本人独特の会話を意識した歌詞

――本日はよろしくお願いいたします。

加藤登紀子「(インタビューの質問表を見て)これ、面白いと思いました」

――加藤さんの歌い方や歌詞は日本語の言葉の意味がストレートに伝わってきますが、ヒップホップを経た現代のシンガーは意味より響きや韻を重視している、という話題ですね。

加藤「最近は意味を伝えるより、言葉の面白さを綴っている詞が多いですよね。思いをはっきり伝えないこと、意味がわかりやすすぎることに対して気を遣っていると思います。メッセージは何か、自分が言おうとしていることは何かがバレないよう、はぐらかしながら詞を作っている感じで、隙間から逃げて、はっきり伝わらないようにすることで何かを届けるというか。意味がはっきりしていることに対する否定感や懸念があるのでしょう。

それは私もわかるし、別に嫌ではありません。言いたいことが何なのかわからなかったり、何かを言ってしまうと違う気がしたり、そういう迷いがある。それは、そういう時代なんだと思うんです。

今回、私は私なりに『for peace』というアルバムを作りましたが、ただ平和を叫べばいいかというとそうではない。どうやって伝えるか、何によって気持ちを届けるかは、詞を作る時に考えています」

江﨑文武「僕と同世代やさらに若いシンガーは短いフレーズの中に多くの情報を詰め込もうとするから、言葉の重さはあまりないですね。畳みかけるように〈次のフレーズ、次のフレーズ〉と展開していくので、間の取り方は以前と違うものになってきています」

加藤「私は日本語というか、日本人独特の日常会話を意識しています。日本語の会話って、大事なことから入らないじゃない? さりげなく〈だからさ〉と言ったりしてから本題に入るんですよね。なので〈でもね〉とか〈だから〉とか、そういう言葉に感情を入れて歌うんです。“時には昔の話を”も〈そうだね〉の部分に感情が出ますね。“難破船”も〈たかが〉という一言が強くて、そこからあとのストーリーよりも感情が入っているんです。

それに会話って、難しいことを言わないじゃないですか? 聞いてわかる言葉で話さないと相手に伝わらないから、会話の延長の感覚で詞を作っているんですね。だけど現代の詞は、目で文字を見るような作り方をしている。字幕が出て見た時に〈お~!〉と驚くようなものが多いですね」

江﨑「確かに! 歌詞がテキストで読めることが当たり前になっているから、ヒップホップの詞も書かれたものがラップされ、それを反芻している感じがありますね」

加藤「私はコンサートで言葉を隅々までわかってほしいので、歌詞を間違えると大変(笑)。一生懸命作ったのに! 悔しい!って思っちゃう。一言違うだけで意味がまったく異なるものになっちゃうので。

“きみはもうひとりじゃない”はすでにコンサートで歌っていますが、すごくほっとするいい歌ですね。人がふうっと入ってきてくれるというか、溶け合う感じの曲です。今回のアルバムは私なりにメッセージ性が強いアルバムなので、その中で透明な優しい空気に触れられるいい曲だと思います」

――おっしゃる通り、この『for peace』というアルバムは加藤さんのメッセージが非常に色濃く反映されていて、その重みを受け止めて聴きました。一方、加藤さんの優しさも同時に宿っていて、両側面があるアルバムだと思ったんです。

江﨑「優しさと重みや伝えたいメッセージが同居した作品って、なかなか出会えませんよね。アルバムを通して聴かせていただいた時、ひさしぶりに言葉が一つ一つ刺さってきて、聴き終えたあとは一本の映画を見終えたようで、色々なことを感じる作品でした。それはやはり、言葉がしっかり入ってくるからだと思います」

 

ありがとう ごめんなさい 言えないきみが好きさ

――“きみはもうひとりじゃない”の制作経緯を改めてお伺いさせてください。顔合わせをした際、加藤さんはすでに歌詞を書き上げられていたそうですね。

加藤「江﨑さんのことはテレビで拝見していたので、オファーを頂いた時はすごく嬉くて。Hana Hopeさんとも繋がりもあったので、みなさんと打ち合わせをする前はドキドキするくらい楽しみでした(笑)。

江﨑さんから曲が届いて、それを聴きながら新聞を開いたら〈ありがとう、ごめんなさいが言える子どもに育てたい〉というメッセージが載った広告が目に入ったんですね。それが決定的で、私はカチンときて〈嫌だな〉と思ったんです。なので、その文言をひっくり返してみたらメロディの冒頭にぴったりハマり、歌詞を書きはじめたら打ち合わせの時までに出来上がっちゃった(笑)。メロディを聴けば、作曲家がどんな曲にしたいかは大体わかりますから。

いま起こっている戦争に心を揺さぶられている人に対する言葉が最後に欲しいです、というのは江﨑さんとの打ち合わせで聞いたリクエストでした」

――江﨑さんは加藤さんの音楽とどのように出会ったのでしょうか?

江﨑「それこそ、自分にとって一番の入り口は『紅の豚』でした。あの映画を見て以来、加藤さんの曲は聴かせていただいており、デビューから60年のカタログの積み重ねがすごいなと思っていましたね。

Hanaさん側から作曲を依頼された時、長く愛される曲を作りたいと思ったんです。当時、童謡や唱歌に興味があったので、長い時間をかけて噛み砕きたいと思える曲を作りたくて。例えば10数年後に振り返った時、合唱コンクールで歌っていた曲はいい歌詞だったなって、いま強く思います。

そういう質量がある作品を作りたいと思った時、真っ先に思い浮かんだのが“時には昔の話を”で、それは子どもの頃に耳にした加藤さんの歌詞を噛みしめる瞬間が多かったからですね。なので、ぜひご一緒したいなと思ったのがきっかけでした」

――顔合わせの時点ですでに書き上がっていた歌詞を渡された時、どう感じましたか?

江﨑「びっくりして、仕事術を学びましたね(笑)。自分で書いたメロディなので、頂いた歌詞を読んでいると頭の中でメロディが流れるのですが、あまりにもハマりがよく、こんなにフィットする歌詞が最初から書けるなんて、と驚きました。不思議な引力がありますよね」

加藤「それこそ、しゃべっている感じなんですよね。元々、メロディが会話のような流れでした」

江﨑「ありがとうございます。戦争については、当時ちょうど世界情勢が不安定になっている背景があって。この時代に作る音楽なので、そのことは含めたかったんです」

加藤「ここまで戦争が長く続くとは思わなかったよね。時代が変わっても遠いところに思いを馳せることは大事だと思います。当時は特にコロナ禍だったので、一人ぼっちで途方に暮れ、しょうがなく空を見ていることが多くて。それと、その後に(高橋)幸宏さんと(坂本)龍一さんが亡くなったり、いろんなことが重なったので強烈な思い出がありますね」

――お2人が亡くなったのは2023年の1月と3月でしたね。

 

100年前、「紅の豚」の時代に思いを馳せて

加藤「それと、『紅の豚』の舞台が約100年前なんです。第一次世界大戦が終わり、二度と戦争をしたくないという空気があり、大国に小国が支配されるのはまっぴらだということで帝政ロシアも潰れ、アドリア海の周りのあちこちで小さな国がたくさん独立した賑やかな時代なのね。宮崎(駿)さんは、そういう国々がそのまま自由でいて戦争をしなかったら面白かったはずだ、と思ってあの映画を作ったと思います。

もちろんその後、第二次大戦が起こったことを思うと谷間の時代なんだけど、私が歌ってきた“さくらんぼの実る頃”や“百万本のバラ”はそういった100年ほどの歴史をバックグラウンドに含んだ歌たちです。なので“きみはもうひとりじゃない”の詞を書いたのは、人類はこんなに頑張っていいこともいっぱいしてきたのに、また躓いちゃったのね、と時間や歴史の幅を感じる時期でした。

詞を作りながら、若い人たちは出会うことにすぐ答えを出さなきゃいけないサイズ感で生きちゃっているから、わからなさを抱えて途方に暮れながら空を見ることも大事にしてほしいな、とも思っていました。耳を澄ますと空の上から声が聞こえてこない?と伝えたかったんです。いま言った100年の内、私は81年も生きていますもんね(笑)。色々なことの始まりと終わりを見てきました」

 

消費される商品としての音楽と、歌い継がれる歌

――なるほど。

加藤「いま曲を作るって基本的に商品を作ることなんだけど、“さくらんぼの実る頃”などが生まれた遠い時代、音楽が商品ではなかった頃もありました。ある人がその時その時を生き延びるため声を上げ、それを誰かが受け取って歌い継いできた、そういう曲が多いんですね。もちろん“百万本のバラ”のようにヒットソングになったものもありますが、ただの商品じゃなく言い知れぬ思いやメッセージが込められている曲もあります。音楽の中には、消費されるだけでは終わらない不思議な生き方をする歌もあるんです。一方で上手に作られ、消費される音楽ももちろん必要ですよ」

――そうですね。流行歌といいますか。

加藤「龍一さんと初めて対談した時、〈もし地球が破滅するとして、人類として残したい音楽をタイムカプセルに入れて宇宙に飛ばすなら、どんな音楽を入れたいですか?〉と話したことがありました。YMOの解散前でしたが、龍一さんは〈YMOは入れない〉と言ったんです(笑)。つまり、YMOの音楽はそういうものじゃない、人類のために作ったわけではなく、新しく音楽を作れるツールや玩具が出てきたから夢中になって作ったものだと。その時は瞬間的に思いついたのでしょうね、〈入れるなら“アリラン”とかかな?〉と言っていました」

――興味深いエピソードですね。

加藤「龍一さんと私は2枚アルバムを作ったんですけど(1982年作『愛はすべてを赦す』と1983年作『夢の人魚』)、1枚はドイツやポーランドの1920~1930年代の曲、もう1枚は日本の歌謡曲を取り上げたものですね。日本の音楽について私は徹底的に調べたのですが、美味しいものは大正時代から始まって昭和10年頃でぷっつりなくなるのね。龍一さんは〈“カチューシャの歌”がいい、シングルにしようよ〉と言っていました。“アリラン”の話もそうですが、時代や人々を繋いできた歌の命についての会話ができてよかったですね。

なので、コンテンポラリーな音楽の中には2つの目的があるのかもね。スタンダードとして残って、いつか人を支えていくものと、ある時代を象徴することに意味がある歌。だけど私は、音楽を消費されるものとして作ることに対する抵抗感が未だにあるんですね」

江﨑「それは僕もありますね」

加藤「そうですよね。なので、レコード会社の人に〈登紀子さん、コンサートの最後にとどめを刺すような曲ばかり作らないでよ〉とよく言われました(笑)。そうじゃなく、店先にぶら下がって目立つ売れるものを作ってくださいって。コンサートに行って、じっくり聴いて初めてわかるようなものはダメだって。

それで今回、ディスク2に散々そう言われた曲を入れたんです(笑)。私のコンサートで重要な切り札になってきた歌は、決してヒット曲ではない。その理由はわかりませんが」

――江﨑さんはいかがですか? 流行歌として消費される商品と、聴き継がれ歌い継がれていくものという音楽の2つの在り方について。

江﨑「僕は致命的なほど前者に関心がないんですよ」

――(笑)。でも、多くのヒット曲に携わってらっしゃいますよね。

江﨑「それは、そういうことに向き合って音楽を作っている人たちに対して、自分は何ができるかをちょっと引きで考え、どう支えるかを楽しみながらやっているんです」

加藤「YMOもそうですが、時代の空気を変えるヒット曲の役割は大きいのよね」

江﨑「そうですよね」

加藤「先頭を切って時代を動かす歌には、そういう役割があるんです。なかにし礼さんも〈自分が作った歌で世の中がガラガラと音を立てて回っていくことは、たまらなく楽しかった〉と言っていました。龍一さんもヒット曲を出しながら、一方で音楽が大好きすぎて、亡くなるまで作りつづけていましたよね。

私も60年間、音楽の両面を見ながら、最新の歌を受け止める部分と、次の世代に残していくメッセンジャー的な役割の両方をやってきました。長く歌ってきたからわかってきたこともあるし、それこそが長く歌ってこられた理由の一つかもしれない」

江﨑「僕も両面を見てきましたが、ソロ作品に関しては自分の中で聖域のように思っているんです。語り継がれる、長く呼吸ができる音楽をひたすらに溜めていきたい、ただその思いだけで作っています。でもそれ以外の作品は、瞬間最大風速を求めていますね」

加藤「仕掛けていく音楽もなくっちゃね」

江﨑「そうですね。ただ、必ずしも音楽だけで瞬間最大風速を出さなくていいとも思えてきました。映画や舞台の音楽を作ったり、他の業種や表現ジャンルと手を組んだりすることで世の中に伝わるエネルギーを持てる、ホームランを打てることがあるので、いまの関心はそこにありますね」

 

歌は命と同じ

――それこそ「紅の豚」を彩った加藤さんの歌や、坂本さんが作りつづけていた映画音楽がそうですよね。

加藤「“時には昔の話を”は映画公開の5年前に曲が出来ていて、『MY STORY 時には昔の話を』(1987年)というアルバムに入っていたんですね。宮崎さんがアルバムを聴いて声をかけくださったんですけど、そこに“陽ざしの中で”という曲も収録していて、ジーナの〈(ポルコは)日差しの中へはちっとも出てこない〉というセリフはあの曲にかかっているのかなと思います。

宮崎さんは〈“時には昔の話を”は、僕は歌詞がすごく大事だと思う〉と言うので、〈でもアレンジがひどかったでしょ?〉と私が言ったら、〈そうですよね! あのアレンジがね~!〉とおっしゃるんですよ。あの時ほど嬉しそうな宮崎さんの顔は見たことなくて、それで意気投合しちゃった(笑)」

江﨑「ははは! 面白いエピソードですね(笑)」

加藤「実は事情があって、制作終盤の土壇場に作った曲だったんです。それで付け焼刃的にアレンジを発注して滑り込みセーフ、というレコーディングだったので不本意だったんですね。それで映画のためにアレンジを新しくし、あたかも新曲であるがごとくレコーディングさせていただいて。

映画の中身を踏まえて作った歌ではなかったので、それを意識してか、宮崎さんがわざわざエンディングに絵を描き下ろしてくださいました。サン=テグジュペリの『夜間飛行』に影響を受けた郵便飛行士たちの絵を」

――その“時には昔の話を”を今回、ディスク2で再録なさっています。江﨑さんがピアノ、常田俊太郎さんがバイオリン、村岡苑子さんがチェロというメンバーですが、江﨑さんがアレンジや人選を担当されたのでしょうか?

江﨑「いえ、この曲に関しては菅野よう子さんの編曲があって、それを僕のピアノトリオでやった形でした。僕のトリオでご一緒させていただくきっかけになったのは、去年12月のソロコンサート※へ加藤さんに来ていただいたことです」

※2024年12月15日に東京・恵比寿ザ・ガーデンホールで開催された〈月冴ゆる〉。上述のピアノトリオと、ゲストとして長塚健斗(WONK)、jo0ji、Hana Hopeが出演した

加藤「クリスマスコンサートでしたね。素晴らしかったです」

江﨑「ありがとうございます。それで終演後、〈トリオで一緒にやりましょう〉と言ってくださって」

加藤「オリジナルは33年前のレコーディングですが、あの素晴らしいオリジナルに勝るものを作るのは大変なんです。ただ、この歌をずっと歌ってきた私の気持ちとしては、ちょっと甘い、スウィートな感じがするんですね。キーも変えているので、現状ステージで聴いていただいている今の私の“時には”をレコーディングしておきたかったので江﨑さんたちにお願いしました。アレンジは同じですが、だいぶ違うものになったと思います」

――江﨑さんは“時には昔の話を”を録音されていかがでしたか?

江﨑「〈本物だ〉と思いました(笑)。加藤さんに引っ張っていただきましたね。〈せーの〉で一発録りしたんですよ」

加藤「すごく楽しかったです」

江﨑「メンバーもそれぞれ思い入れが深い曲でもあったので、レコーディングは音楽が一気に形になる時の奇跡を感じられた瞬間でした。

いまはクリックを聴きながら録音したり、あらかじめビートが組んであったりすることが多いので、呼吸を共有するレコーディングが減ってきていますが、それで抜け落ちてしまうものって間違いなくあるなと。あたたかさや音楽が呼吸している感じ、命みたいなものですね。当たり前ですが、今回のレコーディングでそれをもう一度思い出せました」

加藤「“80億の祈り”のアレンジも素晴らしかったですね。あのイントロがすっごく好き。日本の風土感というか、何とも言えない立ちのぼる空気や質感、こちらを包んでくれる湿度があるんですよね。江﨑さんのトリオでいつか歌ってみたいです」

江﨑「ぜひ僕のコンサートに歌いに来てください」

加藤「江﨑さんってちょっと不思議な人で、姿や話し方はすごく優しい感じだけど、そういうふりをしてる面もありますよね(笑)。優しさと相克するもの、激しさや何かに抵抗してぶち壊そうとする面も持っているんじゃないかと想像しています」

江﨑「あはは。あるかもしれませんね(笑)。僕は反抗もせず、まっすぐ育ってきたと思われがちですが、そんなことはなかったので。常に何かに抗がっていると思います」

加藤「“80億”は、曲の作り方も整理がついていない混乱状態で投げ出されている感じなんです。私はそれをできるだけシンプルな言葉にして、踏み石ぐらいにはしておきたいと思いました。でも結局、それは踏み石でしかなくて、そこにステップしてジャンプしてくれればいい。向こう岸へ行くにはよすがになるフックが必要で、音楽や言葉はそういう踏み石になるんじゃないかって思うんだけどね」

――先ほどの話に戻りますが、音楽や歌には一過性的に消費される面でなく、作品として残っていくからこそ発揮する力がありますよね。

加藤「ただ、私も作って放り出しちゃったものはたくさんあるので悩ましいですよ。泣きたくなっちゃう。残らなかったとしても、それはその歌の運命なんですね。歌というのは命と同じで、何らかの運命の中で生きつづけるんです」

――「歌は命と同じ」というのは、加藤さんがおっしゃると重みがありますね。

加藤「歌が生まれても、生まれた命がどうなっていくかはわからない。一生懸命育てる命もあるし、自分で勝手に育っていく命もあるし、一緒に生きてくれる命もある。ちょっと迷惑だなっていう命もあるんです(笑)」

 

歌は声。息ができる限り歌えるはず

――本日はありがとうございました。個人的な感想として、『for peace』を拝聴して日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞したことを思い出したんです。

加藤「それはね、このアルバムを作るフックにすごくなりました。それこそ約100年前のヨーロッパでは不戦条約が締結されましたが、日本の憲法9条は不戦条約の思想を元にしていますよね。でも結局、世界中が不戦条約の思想を潰してきちゃったわけです。その意味で、日本が被爆の経験を世界共通のテーマにしていこうとしたことはとても重要で、日本が不戦条約の哲学をバトンとして受け取った国だということは改めて意識していいと思います。国として先頭を切ってほしいですね。

それに今回、“広島愛の川”で言ったように、日本が戦争を早く終わらせていれば世界は変わっていたかもしれない。日本は、日本人は、すごく大きな責任を負っていると思います」

江﨑「そうですね。この加藤さんの事務所には『はだしのゲン』が置いてありますが、以前、学校の図書室から撤去されるというまずいニュースも見聞きしました」

加藤「いまはまた戻しているそうですね。私もあの時は、その話を聞いてびっくりしました」

江﨑「日本の僕らが伝えていかなきゃいけないことはたくさんあるし、原発事故という点では大変な思いをしたチェルノブイリの人たちと共有できるものがある。誰もが〈テクノロジーの発達が未来を明るくするんだ〉という方向を向いているからこそ、批判的に見なきゃいけないと思います。

音楽家から伝えられることは、いかに違う考えを持っている人たちとも手を繋ぐきっかけを生み出せるかどうか。それに尽きると思います」

加藤「音楽家として、やれることは何でもやったらいいですよね。龍一さんみたいに、できるだけエネルギーを使わずピアノ一本で音楽をやったり、雨ざらしのピアノや津波に遭ったピアノに宿る命は何?と問いかけたり。歌は声。だから、息ができる限りは歌えるはずです」

江﨑「しかも歌は、人々の声がどんどん重なってやがて一つになったり、だんだん波及したりするじゃないですか。音楽が持ついちばん強いエネルギーって、色々な人たちの力が一つに集約されていくことにある気がするので、それこそが音楽家がやらなきゃいけないことだなと。対立を生むのではなく、どうやって手を繋ぐか。紡いでいく作業が音楽家の使命じゃないかなと思います」

加藤「今回、“生きとし生きるもの”で劇団ひまわりの子どもたちにコーラスをやってもらったんです。上手に訓練されたコーラスじゃないけど、彼らは個人の意思表示が強くて表現力があるんですね。

その録音の時、ブレヒトの『子どもの十字軍』というお芝居の話をしたんです。村が焼き払われ、守ってくれる人がいなくなった子どもたちが生き抜くため、旗を立てて歌いながら歩き出した、行進した、という物語ですね。親はみんな死に耐えて村も破壊され、だけど自分たちは生きてるぞって。そんな時、泣いてしまうかもしれないけど、それじゃ済まないでしょう? 厳しい、辛い、寂しいという感情を抑えるため、高らかに声を上げるでしょ?と、ひまわりの子たちに説明しました。楽しいから元気に歌うんじゃなく、このまま放っておいたら死んじゃうかもしれないぐらい大変で、だから歌うんだって。みんな一生懸命聞いてくれて、そういう空気が表れたコーラスになったと思います」

 


RELEASE INFORMATION

加藤登紀子 『for peace』 ユニバーサル(2025)

リリース日:2025年5月21日(水)
品番:UPCY-8047
価格:4,000円(税込)

TRACKLIST
Disc 1
1. 雨音
2. 運命の扉
3. 80億の祈り
4. 生きとし生きるもの
5. きみはもうひとりじゃない
6. サルダーナ
7. さ・か・さの学校
8. 風が吹いています
9. 死んだ男の残したものは
10. 広島愛の川 - 語りヴァージョン「はだしのゲン」より
11. 鳳仙花
12. 遠い祖国
13. 童神~天の子守唄~
14. 無垢の砂~「パリは燃えているか」によせて~
15. さくらんぼの実る頃
16. 愛の讃歌 
17. 百万本のバラ
18. 知床旅情

Disc 2
1. 難破船
2. 時には昔の話を
3. ひとり寝の子守唄
4. この世に生まれてきたら
5. いく時代かがありまして
6. あなたの行く朝
7. 時代おくれの酒場
8. 今あなたにうたいたい
9. LOVE LOVE LOVE
10. Revolution
11. 川は流れる
12. NEVER GIVE UP TOMORROW
13. 檸檬 Lemon
14. 君が生まれたあの日
15. この手に抱きしめたい
16. 俺たちは海を渡る
17. 帆を上げて

 

LIVE INFORMATION
加藤登紀子コンサート2025

2025年6月7日(土)鳥取・鳥取市民会館
2025年6月22日(日)東京・渋谷 NHKホール
2025年6月28日(土)兵庫・神戸国際会館 こくさいホール
2025年7月5日(土)大分・iichiko総合文化センター iichiko音の泉ホール
2025年7月6日(日)福岡・アクロス福岡 福岡シンフォニーホール
2025年7月13日(日)長野・長野芸術館メインホール
2025年7月20日(日)愛知・愛知芸術劇場コンサートホール
2025年8月9日(土)秋田・あきた芸術劇場ミルハス 大ホール
2025年8月15日(金)東京・渋谷 Bunkamuraオーチャードホール
2025年8月23日(土)中国・ハルビン音楽庁ホール
2025年8月31日(日)神奈川・小田原三の丸ホール 大ホール
2025年9月7日(日)新潟・りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
2025年9月13日(土)栃木・栃木県あしかがフラワーパークプラザ
2025年9月15日(祝・月)京都:レストラン・キエフ
2025年10月12日(日)香川・レグザムホール 小ホール
2025年10月18日(土)山梨・YCC県民文化ホール 小ホール
2025年10月25日(土)兵庫・赤穂市文化会館 赤穂化成ハーモニーホール
2025年11月1日(土)静岡・アクトシティ浜松 中ホール