(左から)江﨑文武、MELRAW

ジョン・コルトレーンによる壮大な組曲にして、ジャズ史に刻まれる金字塔『A Love Supreme』(65年)。〈至上の愛〉の邦題でも親しまれているこの名作は、ライブではたった2回しか演奏されなかったと言われていた。そんな『A Love Supreme』の〈3回目〉のライブ録音(65年10月2日)が、奇跡的にリリースされた。『Both Directions At Once: The Lost Album』(2018年)『Blue World』(2019年)と、近年アーカイブの発掘が盛んに行われているコルトレーンの録音だが、そのなかでもこれはおそろしく貴重な記録だろう。

また、現在は、コルトレーンの40年間の生涯とその音楽を伝えるドキュメンタリー映画「ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン」が、全国で公開中だ。貴重な写真や映像、著名人たちのインタビューを散りばめ、日本との浅からぬ関わりも描いた同作は、コルトレーン入門にも彼の足取りを改めて振り返るのにも最適な一本だ。

映画の公開とライブ盤『A Love Supreme: Live In Seattle(至上の愛~ライヴ・イン・シアトル)』のリリースを記念して、江﨑文武とMELRAWこと安藤康平に、コルトレーンについて訊いた。WONKやmillennium paradeなどで活躍する、現代の日本のシーンを代表する2人のミュージシャンが、WONKのライブ直後、多忙なスケジュールの合間を縫ってアツく語ってくれた。

JOHN COLTRANE 『A Love Supreme: Live In Seattle(至上の愛~ライヴ・イン・シアトル)』 Impulse!/ユニバーサル(2021)

 

江﨑文武とMELRAW、それぞれのコルトレーンとの出会い

――ジョン・コルトレーンを初めて聴いたのは、どの作品でしたか?

江﨑文武「最初に聴いたのは『Blue Train』(1958年)で、“Moment’s Notice”のようにキャッチーでかっこいい曲も収録されているものの、どこかに影を感じるなと思っていました。あまり日の当たるところで聴く気分にはなれないというか(笑)。反対に、(チャーリー・)パーカーのプレイはすごく陽気だなって思うんです」

1958年作『Blue Train』収録曲“Moment’s Notice”

MELRAW「コルトレーンって、マイルス(・デイヴィス)と並んで〈ブルー〉が似合う人だよね」

江﨑「そうですね。ブルーを通り越して、ブラックに近い藍色とかのイメージです。

『A Love Supreme』については思い出があるんですよ。大学生の頃、早稲田のハイソ(早稲田大学ハイソサエティ・オーケストラ)が『A Love Supreme』組曲をビッグバンドアレンジで演奏していたんです。僕は隣の部室で練習していたので、それが聴こえてきていて、すごくかっこいいなあと思っていました。当時のハイソには中山拓海や勝矢匠、壺阪健登くんなどがいたんですよね」

早稲田大学ハイソサエティ・オーケストラの『A Love Supreme』のパフォーマンス動画

――MELRAWさんのコルトレーンとの出会いは?

MELRAW「実は、おもしろい話があって。うちの親父って、ジャズがめちゃくちゃ嫌いなんですよ」

――えっ、そうなんですか(笑)!?

MELRAW「そう(笑)。俺は中学生の頃にジャズを演奏しはじめたんですけど、勉強しようと思って、安いコンピを買って家で聴いていたんです。そうしたら、親父がわざわざ俺の部屋に来て、〈気持ち悪っ!〉って言って俺に嫌がらせをするんですよ(笑)。それくらいジャズ嫌いな親父がいた実家なんだけど、なぜか『My Favorite Things』(61年)のCDだけが置いてあったんです。ジャズは唯一、それだけ。

61年作『My Favorite Things』収録曲“My Favorite Things”

でも、コルトレーンのプレイって、色気がなくてかなり無骨じゃないですか。だから、ジャズを聴きはじめた自分にとっては難しく感じました」

――特に後期は、癖がすごくありますよね。

MELRAW「ビブラートをかけないで、〈ポペ〜!〉って吹きますからね。自分の楽器がアルト(サックス)だったこともあって、当時はそんなに聴いていなくて。

でも、ジャズを学んでいくなかで、(ケニー・)ギャレットから(マイケル・)ブレッカーまで、たくさんのプレイヤーがコルトレーンの影響下、彼の系譜にあることを知ったんです。コルトレーンにはパーカーの次のイノベーターにしてオリジネーターというイメージがあって、コンテンポラリーなミュージシャンたちにも彼の血は絶対に流れている。だから、知らず知らずのうちに、自分もその影響下にバチバチにいるなって感じます」

江﨑「さっき演奏した(WONKの)“If”でも、安藤さんが呪術的で民族的なフレーズを吹いていて、コルトレーン・サウンドを感じました。

WONKの2020年作『EYES』収録曲“If”

勝手なイメージですが、僕は、コルトレーンには〈黒魔術的〉という印象がありますね。『A Love Supreme』の2曲目の“Resolution”がめちゃくちゃ好きなんですけど、あの曲はろうそくを灯した暗い部屋で聴きたくなるし、アルバムを聴き終わったあとには何かに憑依されたような感覚をおぼえる。そういう〈気〉を放っている人だと思います」

65年作『A Love Supreme』収録曲“A Love Supreme, Part. II - Resolution”

――『A Love Supreme』や後期のライブ盤は、聴いていると渦に飲み込まれていくような感覚になりますよね。

江﨑「まさに。コルトレーンは、ひとつのパッセージを執拗に繰り返しますし」