それにしても、フィリップ・グラスのサウンドトラックはどのくらい流通したのだろうか。わたしは、1985年、届いたばかりだよ、とレコード店でジャケットをみせてもらって、(きっと)複雑な表情を浮かべた(のだとおもう)。グラスが三島由紀夫? 映画の情報はまったくなかったから余計に。音楽はグラスとすぐわかる。ただ、その時点では、ほかのグラス作品、すなわちフィリップ・グラス・アンサンブルによる作品に較べると、めずらしいひびきがしていた。打楽器と弦楽器が使用されていたからだ。
グラスが(一般的なかたちでの)映画の音楽を手掛けたのはゴットフリート・レジオ「コヤニスカッティ」(1982)だったか。映像と音楽だけで、ひとのセリフや会話は一切ない。グラスが来日したときには、この音楽も演奏したように記憶する。それにくらべると、反復音型は多用されるが、もっとドラマに即したかたち。スネア・ドラムによる行進曲調のリズム、ティンパニのアクセント、グラス・アンサンブルを補強するような弦楽オーケストラのみならず、ところどころに効果音的な音響(小鳥や昆虫、カエルの鳴き声を模倣するような電子音)もはいってくる。グラスじしんがこうしたものまで手掛けたかどうかはわからないが、すくなくとも、それまでのグラスの作品が拡張されるように感じられた。グラスはその後、「クンドゥン」や「めぐりあう時間たち」など、多彩な映画に音楽を提供することになるが、この時点では、グラスの映画音楽、しかも三島由紀夫、この列島ではどうも公開はされないようだとのことから、一部、好奇心を刺激するものとなった。
今回の公演で会場にひびくのは、フィリップ・グラスの音楽。ここにはマイケル・リーズマンが編曲者名でクレジットされている。
映画「MISHIMA」のサウンドトラックも、オーケストラ指揮はリーズマン。この1943年生まれの作曲家にして指揮者、キーボード奏者は、1974年以来、グラスとともにしごとをしている。フィリップ・グラス・アンサンブルでも、グラスじしんはキーボードを担当、指揮はリーズマンにまかせている。アンサンブルとしてのサウンドを調整するにあたり、作曲者とはべつの視点(聴取点)が必要、との客観性が感じられなくもない。そうしたことをおもうと、もともとの映画の時点でも、すくなからずこの人の手がはいっているのではないか、と推測してしまったり。サウンドトラックにはクロノス・クァルテットが加わっているが、ここから弦楽四重奏曲第3番“ミシマ”へと独立した作品となり、2000年代になってからはリーズマンの編曲によるピアノ版も流通している。
さて、バレエ。こちらにはわからないことが多い。ただ、三島由紀夫とバレエといえば、モーリス・ベジャールが東京バレエ団のためにつくった「M」を想いだす。作家の姓の頭文字Mであるとともに、〈海(Mer)、変容(Métamorphose)、死(Mort)、神秘(Mystère)、神話(Mythologie)といった三島の人生の表象〉(東京バレエ団のサイトより引用)をかさねた1993年の作品だ。三島由紀夫の小説の断片的なイメージはこちらにも多数あらわれる。今回の舞台では横尾忠則の作品がバレエとともに、スクリーン上に投影されるそうだ。バレエは、〈上野水香がグラスを踊る!〉ほぼ20年ぶりに牧阿佐美バレヱ団の、青山季可、逸見智彦、京當侑一籠とともに、も注目すべき。
コンサートは、第1部がグラスのヴァイオリン協奏曲第2番“アメリカン・フォー・シーズンズ”。 第2部がピアノとオーケストラのための協奏曲“Mishima”。第1部の“ヴァイオリン協奏曲”、つい先日訃報の届いた演出家ロバート・ウィルソン――R.I.P...――との「浜辺のアインシュタイン」でもヴァイオリンは重要な位置にあることを想いおこせば、ヴァイオリン・ソロをとる川井郁子の存在は大きい。第2部“協奏曲「Mishima」”は、第1部と対照的にピアノがフロントにたつ。どのような編曲がなされているのか、ヴァイオリン/ピアノの対照もふくめ、気になるところ。
映画「MISHIMA」サウンドトラック盤ジャケットのインパクトは、いまだに、わたしから消えさってはいない。この舞台がどのようになるのか、いまの時代にふれるのも、おもしろいようでコワいような、ふしぎな期待でぞわぞわするのだったが。
三島由紀夫【1925-1970】(みしま・ゆきお)
1925年、東京生まれ。1946年、川端康成の推薦で「人間」に「煙草」を発表し、文壇に登場。1947年、東京大学法学部を卒業後、大蔵省に勤務。翌年退職し、本格的に作家活動に入る。1949年、初の書下ろし長編「仮面の告白」を刊行し、作家としての地位を確立。主な著書に、1954年の「潮騒」(新潮社文学賞)、1956年の「金閣寺」(読売文学賞)、1965年の「佐渡侯爵夫人」(芸術祭賞)などがある。1965年にはノーベル文学賞候補に。「豊饒の海」四部作を完成させたあと、1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決。享年45。
寄稿者プロフィール
小沼純一(こぬま・じゅんいち)
早稲田大学文学学術院教授。音楽文化論、音楽・文芸批評。今はこの酷暑をやりすごすことだけです……ふぅ……
LIVE INFORMATION
RENAISSANCE CLASSICS 三島由紀夫生誕100周年記念
フィリップ・グラス『MISHIMA』オーケストラとバレエの饗宴
2025年11月14日(金)東京オペラシティコンサートホール
開場/開演:18:00/19:00
■演奏曲
フィリップ・グラス:ヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカン・フォー・シーズンズ」/ピアノとオーケストラのための協奏曲「Mishima」
■舞台美術
横尾忠則
※横尾先生による三島由紀夫テーマ作品(3~4点)を「MISHIMA」上演中に舞台美術(舞台上スクリーンに投影)として使用。
■指揮
栁澤寿男(京都フィル・ミュージックパートナー)
■管弦楽
京都フィルハーモニー室内合奏団特別交響楽団
■監修
三谷恭三(牧阿佐美バレヱ団芸術監督)
■振付
堀内充
■出演
川井郁子(ヴァイオリン)/滑川真希(ピアノ)/上野水香(東京バレエ団ゲストプリンシパル)/青山季可(牧阿佐美バレヱ団プリンシパル)/逸見智彦・京當侑一籠(牧阿佐美バレヱ団プリンシパルキャラクターアーティスト)
※オーケストラ共演による新作バレエを上演