
新春から、花束のような歌の波動に包まれて
良質なフランスの映画音楽を連想させるOvertureを数秒聴いただけで、ホール環境の豊かさ(残響時間2.1秒:満席時)が伝わり、大きな期待感が拡がった。そして八神純子が何故、自らのオーケストラ共演10周年を記念する3公演に〈彼ら〉との共演を切望し、成就させたかの理由も、序曲の時点で納得できた。継ぎ目なく“ポーラ・スター”のイントロに移り、大きな拍手を浴びてヒロインが登場し、歌い出す。総勢18名のストリングス(Naoya Iwaki Pops Orchestra)の音色に包まれ、いっそう輝きを増した名曲の新春最新バージョンが鼓膜を心地良くふるわせる。詞の深みも増幅され、更新された気がしてくる。バースデー当日に地元・愛知での周年公演を開催するというトリプルな祝祭日、その最初のMCで「実は47年前の今日、私はデビューしたんです!」と明かした八神。「なので現在(も)47歳です」と大いに会場を沸かせ、NIPOと共演する歓びも今回で5回目を数え、〈芽吹き〉に始まり〈青葉〉、そして〈常緑〉へ進化している、と公演タイトルの由来を語った。その何よりの証とばかりに“思い出は美しすぎて”“白い花束”“さくら証書”と続けて披露された3曲の名演ぶりが、コラボの成果を具に物語る。
東京音大在学中に玉置浩二オーケストラ公演の編曲を任されて以降、一青窈からロバート・グラスパーまで幅広く携わり、最近はNHK「うたコン」の番組指揮者としても実力&存在が知られてきた岩城直也。1部の締めでは八神:岩城の音楽的ルーツがそれぞれ明かされ、因んだ珠玉のメドレーをお披露目。八神は憧れの存在であるバーブラ・ストライサンド主演の映画「追憶」が大好きで、「恋人と冬の海辺を歩く、あのシーンが私の書くラブソングの原風景」的な秘話も公開。「従妹とザ・ピーナッツの耳コピしてハモったのが原点」という彼女と、「ディズニーの映画音楽が大好き」な音大生の、世代を超えた共通項が「ミシェル・ルグランの『ロシュフォールの恋人』だった」という出逢いの偶然(必然?)も面白く、厳選メドレーでは八神&岩城版“スーパースター”や“夏の日の恋”、最後は“コパカバーナ”まで聴けたのも、この日の(ファン垂涎の)サプライズな贈り物だったと言えるだろう。

「皆さんに弦楽器の、この一つ一つの暖かさや愛が届いていますか?」と、何度か会場に問いかけていた八神純子。昨秋の取材でも「16歳の時、世界歌謡祭で初めてオーケストラと共演して歌う経験を味わって以来、その感動が未だに薄れていない。それを体験したくてチリやブルガリアの音楽祭にも行ったし、職業は歌手になると決めた」と語っていた。ところがいざデビューしたら、「オケとの共演機会なんてほぼ、ない。気づいたらバンドを宛てがわれ、やがてシンセになって……」と当日も苦笑の足跡を語り、ゆえに「3年前のNIPOとの初共演がとてもとても感動的で……その生の感動を皆さんにもお伝えしたくて5回目となる今日まで大切に大切に育ててきた」と〈常緑への道程〉を熱弁していた。
温暖化や絶えぬ紛争への危機感から、新鋭作詞家・KAZUKIと書き下ろした11分強の組曲“TERRA〜here we will stay”の弦楽共演版は、まさに圧巻の仕上がり。さらに「贅沢させてもらっていいですか?」とストリングスのド真ん中へ踏み入り、文字通り「弦楽に包まれて」、調べのスコールを全身で浴びながら歌った“みずいろの雨”は、感動の滴りが(その粒立ちが)場内を満たした。3月の兵庫公演、八神曰く「岩城くんの憧れの人」である塩谷哲を特別ゲストピアノに迎えての東京公演(5月)では、どんな音色の芽吹きが視られるのか。「生涯現役歌手でいたい」八神の波動は一向に高さを失わず、聴衆の鼓膜を揺らしつづける。
岩城直也さんの別次元の編曲、しなやかに、かつ力強くしなるNIPOの演奏は、新曲だけでなく、長年歌い続けてきた「みずいろの雨」や「パープルタウン」でさえも新たな歓びとともに私を歌わせてしまう。そんなステージはきっとあなたを魅了するでしょう。(八神純子)
LIVE INFORMATION
八神純子オーケストラコンサート「Season of Songs and Strings〜常緑」
2025年1月5日(日)愛知県芸術劇場コンサートホール(八神純子バースデー記念公演) ※終了
開場/開演:15:00/16:00
2025年3月15日(土)兵庫県立芸術センターKOBELCO 大ホール
開場/開演:15:15/16:00
2025年5月3日(土)東京文化会館 大ホール
開場/開演:15:00/16:00
2025年5月東京公演は、新たな選曲をもとに構成した新しいオーケストラ公演として開催します。
https://classics-festival.com/rc/performance/junko-yagami-2025/