流星の歌声が、円やかな弦の音色と響き合う。

 自身初のフルオーケストラ公演(2015年5月)から早10年。来年1月の誕生日に愛知、3月は兵庫、5月には10年前の初演先(東京文化会館大ホール)で周年記念コンサートを開く八神純子に話を訊いた。取材前日、ノーベル文学賞作家、ハン・ガンの作品『すべての、白いものたちの』を偶々開いたら、一行目にこうあった。〈白いものについて書こうと決めた。春。〉、反射的に八神の初期ヒット曲の「色」の数々が思い浮かんだ。“みずいろの雨”“パープルタウン”(作詞:三浦徳子)、そして“Mr.ブルー”(山川啓介)……。「お二人とも亡くなられましたが、意外にも色のお話はありませんでした。なぜ、みずいろなのか? 今の私が三浦徳子さんと3時間話す機会が持てたら、必ず入ってくる質問かと思いますが」。彼女の推理はこうだ。「下積みの音楽生活も一切なく、生まれて初めてのコンサートが、なんとデビューした後で、当時の私自身が何色にも染まっていなかった。先程の文章にも繋がりますが、(曲先の発注に)私の事を白いキャンバスに見立てて、御自分の好きな色をつけてみようと思われたのではないでしょうか」。色は変われど軸はぶれぬ人。

 一時は休止するも「9.11で閉まったドアが、3.11で開いた」と急遽帰国して、以後の日々を「第二の音楽人生」と自身は表す。その果敢な姿勢と多彩な音楽性が「幅広いジャンル、スケールを感じさせる作品、ファイヤーボールのような情熱のステージ」と的確に評価され、米国の音楽団体から女性ソングライター殿堂賞(Women Songwriters Hall of Fame)が贈られたのが一昨年。3歳で鍵盤を操り、16歳で自作を書き下ろし、高校生でチリ音楽祭6位入賞という異色の経歴は、再評価が著しいCITY POPの枠内にも収まり切れぬ稀なスケール感を育んだ。「私の目指す方向を距離感で示せば〈かなり遠い所〉であったり、本当に大きな空間であるとか。そういう制限のないものが私の作曲であり、私の声の中にも見い出してもらえたらという気持ちが当時からあったと想います」。八神作品の真髄が解せる。

岩城直也
塩谷哲

 今秋、地球の未来へ願いを込めた『TERRA~here we will stay Premium』を発表し、70分超の同名大作アルバムもリリースした常時進化系の本格シンガーである八神。注目の10周年記念公演は日米で活躍中の岩城直也(ピアノ/指揮/編曲)が率いるNIPO(Naoya Iwaki Pops Orchestra)との共演で行なわれる。「ウィズ・ストリングスで歌う歓びは16歳で経験して以来、その感動が未だに薄れていない。岩城直也さんは、杏里や小林武史さんや玉置浩二さんも参加した某フェスの打ち上げで無茶苦茶難しいアル・ジャロウ版の“スペイン”をピアノで大変巧く弾いているのを聴いて。この人、凄いな、と思ったのが最初。ずっと忘れられない存在でしたが、彼が日本を出てNYへ行ってしまって……」。が、帰国した当人から突然、ヒズ・オーケストラ結成の報告を受け、「公演のゲストで歌ってくれませんか?」「喜んで!」のやりとりが交わされた。「その時も舞台に立つ私にしか聴くことが出来ない弦の素晴らしさ、弦に囲まれて歌うことの心地よさや感動が蘇って。これを続けないテはないな、と。ただ、あの本当の円やかさ、弦が鳴る丸い音というのはマイクを通すと平べったく、木の音がメタルの音になってしまう。今回は私の聴いている弦の音を何とか、お客様にも共に愉しんでもらいたいと思い、楽器に直接マイクをつけない音づくりにしてもらいました」。5月の最終公演には「岩城さんの憧れの存在である塩谷哲さんが特別出演してくださるので、二人の共演もお愉しみに!」とは、八神自身が推す見所だ。「ふつうのオーケストラコンサートに来ると思ったら全然違う、そう思ってほしいんですね。後ろで演奏している人たちの表情が豊か! 笑顔で演奏していると思えば、ある個所では涙して、その曲を私と一緒に感じつつ演奏してくれるという、そんなNIPOとの公演なので是非いらしてください!」。祝祭の響きに浸ろう。

 


LIVE INFORMATION
八神純子オーケストラコンサート「Season of Songs and Strings〜常緑」

2025年1月5日(日)愛知県芸術劇場コンサートホール ※八神純子バースデー記念公演
開場/開演:15:00/16:00

2025年3月15日(土)兵庫県立芸術センターKOBELCO大ホール
開場/開演:15:15/16:00

2025年5月3日(土)東京文化会館大ホール
開場/開演:15:00/16:00

出演:八神純子
特別ゲストピアノ:塩谷哲(東京)
ピアノ・指揮・編曲:岩城直也
演奏:Naoya Iwaki Pops Orchestra

公演サイト:https://classics-festival.com/rc/performance/junko-yagami-2025/