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ゼロからの全米挑戦

 90年代を迎える頃に久保田のブレーンとなったのが、バック・バンドにいた鍵盤奏者の柿崎洋一郎だ。以降も制作パートナーとして関係が続いていく柿崎とは、まず『BONGA WANGA』(90年)を録音。東京とNYを跨いで作られた同アルバムは、ジョージ・クリントンやブーツィー・コリンズをはじめ錚々たる海外アーティストの参加も話題になったが、この頃には久保田の中で全米デビューへの思いも募っていた。その後、ナイジェリアでのチャリティー・イヴェント出演やキャロン・ウィーラーとのコラボなどを経て、93年に活動拠点をNYに移転。そして95年、英語詞によるアルバム『Sunshine, Moonlight』で念願の全米デビューを果たす。NYを拠点にしながら日本向けの作品もリリースし、しばらくは〈久保田利伸〉と〈TOSHI KUBOTA〉両名義での活動が続いていく。

 そうしたなかで誕生したのが、スーパーモデルのナオミ・キャンベルをフィーチャーした96年の“LA・LA・LA LOVE SONG”だった。〈月9ドラマ〉の主題歌としても評判を呼んだこれは、今回のベスト盤で〈Timeless Hits〉の冒頭に置かれたほどの代名詞的な一曲。が、これもNY在住がもたらした産物で、当時同じマンションに住んでいたナオミがクインシー・ジョーンズ『Q’s Jook Joint』(95年)の“Heaven’s Girl”に参加していたことに着想を得たコラボだった。とはいえ極めて歌謡性の高いJ-Popで、R&Bのフィーリングを滲ませながら誰もが口ずさめる曲に仕上げた久保田の比類なきポップセンスが光りまくっている。

 一方で、R&Bをやるなら米国の音楽コミュニティーに飛び込んで現地のミュージシャンやプロデューサーと徹底的にやろうと挑んだのが、『Sunshine, Moonlight』をはじめとする全編英語詞によるUS市場向けのアルバムだ。NYやフィラデルフィアを中心とするネオ・ソウルのムーヴメントに接近した2000年の『Nothing But Your Love』、後にコラボもするミュージック・ソウルチャイルド的な方向性を目指した2004年の『Time To Share』と続いた3枚のUS録音アルバムは、本国のR&Bアーティストたちにも引けを取らない快作だった。とはいえ、日本で大スターの久保田もアメリカでは無名に等しい存在。セールス的には満足のいく結果が得られなかった。が、『Time To Share』のリリース時には人気TV音楽番組〈SOUL TRAIN〉に出演。NY在住時にはクール&ザ・ギャングのリード・シンガーに誘われた(が断った)という驚きのエピソードもあり、本国のブラック・コミュニティーで一定の支持を得た。日本での人気がそのまま海外の評価に結び付くわけではない米国の音楽界で厳しい現実を叩きつけられながらもゼロから這い上がっていく久保田は最高に泥臭くてファンキーだった。それは40年のキャリアの中で渋く輝く勲章だろう。

 さらにUS録音作でのヒップホップ〜ネオ・ソウル勢とのコラボでは、新たな唱法も体得。アリ・シャヒード・ムハンマドなどが作る酩酊感のあるビートの上に言葉を積んでいくような歌い方だ。久保田はそれを国内作でも実践。『United Flow』(2002年)や『FOR REAL?』(2006年)あたりにそれは顕著となる。とはいえ、〈ファンキー〉を体現するような芯のある伸びやかでクリアなヴォーカルは変わらない。レゲエにアプローチした『PARALLEL WORLD I “KUBOJAH”』(91年)やボサノヴァに挑んだ『PARALLEL WORLD II “KUBOSSA”』(2013年)でも久保田節は不変だったように、どんな曲を歌っても軸にあるのは久保田の歌であり、それが彼を唯一無二の存在にしているのだ。