
〈大人のジャズ〉は多くのファンに届き、子供たちも育てる
藤井「ここで、ちょっと気分転換にレコードを聴きましょうか」
平野「アレ? TBMはほとんど知っているはずだけど、これは見たことないなあ。なんですか?」
藤井「今お話しした森剣治のソロです(森剣治&市川秀男トリオ『ソロ&トリオ』、1974年)」
平野「初めて見ました。レコード屋でも見たことないです」
藤井「復刻もCD化もされてなかったからね」
平野「めちゃくちゃ良いですね」
藤井「このときに録音しておいたから、51年後の今、〈こういうことをやっていた奴がいたんだ〉とわかる。残しておかなきゃ、その場で空に消えていっちゃうわけだから。盤として残しておくことの意味だよね」
平野「それにしてもすごいなコレ。A面全部がアルト1本のインプロです。売るのはしんどかったでしょう?」
藤井「でも、こういうものこそ残さないとね。まあもっとも、この手のとんがった作品ばかり作っていたら、商売は3年と続かないだろうということくらいはわかっていました(笑)。だから、アルバムを10枚作るうちの7枚は〈大人のジャズ〉をやって、3枚は一歩でも半歩でも先のジャズを探求しているミュージシャンを起用しよう、と決めたんです」
平野「〈大人のジャズ〉というのは、多くのジャズファンに受け入れられる〈楽しいジャズ〉みたいなことですよね?」
藤井「そう。TBMでいえば、代表的なのは山本剛やボーカルものです。スウィングする楽しい時間を提供してくれるからじっくり聴いても価値があるし、酒のつまみに流しても邪魔にならない。
そんな7枚がそれなりに売れてくれれば、経営上助かるだけでなく、それを聴いていたお父さん・お母さんの息子や娘が自然とジャズを耳にするようになる。結果、小さい頃からジャズを聴いて育った子たちが、どんどんジャズの世界に来てくれる」
平野「ああ、なるほど。たしかにそうですね。でも、ぼくにはまだ難しい。TBMの作品は繰り返し再版され、大ベストセラーを生み、何世代にもわたって聴き継がれています。それがブランドの価値と意義を証明している。
藤井さんの言う〈大人のジャズ〉は、乱暴に言い換えれば〈売れるジャズ〉ですよね。それを原資に実験や冒険を前に進める。じつに戦略的・実効的な運営思想です。でも、ぼくはまだ、そこまで俯瞰的に見ることができなくて、全部を同じテーブルの上で見ている。大ヒット作を生み出した経験もないし、そんな力もありません」
藤井「いやいや、そんなことはないよ。例えば(平倉)初音ちゃんの『Moon and Venus』は〈大人のジャズ〉です。タイトル曲も良いけど、“Days of Delight”って最後の曲なんか、長年ジャズを聴いてきた人ならニヤッとする瞬間がたくさんあって楽しいし、特に最後のテーマの前の短いカデンツァではおいしいことだけをやっていて、〈ああ、わかってるな、この子は〉って嬉しくなる」

〈結果的に〉ヒットしたTBMの名盤の数々
平野「TBMで一番売れたのは、山本剛『ミスティ』(1974年)と鈴木勲『ブローアップ』(1973年)だと聞いていますが、最初から売れると思っていました?」
藤井「いや、同じ山本剛の『ミッドナイト・シュガー』(1974年)が売れたので、〈そんなに評判が良いなら〉と続けて作ったのが『ミスティ』です。今度はオリジナルのブルースを10何分も延々とやるんじゃなくて、みんなが知っているスタンダードを細かく刻んで入れよう。その方が一般には聴きやすいし、ラジオでオンエアもされやすいだろう、みたいなことを考えて、6~7分以内の曲で作ってみたってだけで」
平野「ということは、『ミスティ』にしても他のタイトルにしても、売れたのは〈結果的に〉ということですか?」
藤井「そうですよ。『ミスティ』を出した年に一回は追加プレスしているから5,000枚ぐらいは出荷していると思うけど、それ以上じゃありません。翌年に録音賞をとったりして(1974年度スイングジャーナル ジャズ・ディスク大賞の優秀録音賞を受賞)、追加プレス、また追加プレスと重ねて、30数年かかって15万枚の大台を超えたんです。いまはもう20万枚を超えてると思うけどね。年に数千枚ずつコンスタントに積み上げた結果です」
平野「そうか。多くのジャズファンに聴いてもらえるように、とは考えたけど、どうすれば売れるかわかっていたわけではないと。つまりは〈自分が良いと思う作品を出すだけ〉という基本部分は同じなんですね」
藤井「もちろん。『ブローアップ』だってそうですよ。賞を取るまでは(1973年度スイングジャーナル ジャズ・ディスク大賞 日本ジャズ賞を受賞)、他の新譜と同じぐらいしか出荷されなかった。でも賞を取って、牧(芳雄)先生の評がものすごくインパクトがあったから、みんな〈聴いてみたい〉と思って売れたんですよね」
平野「でも、やっぱりすごいなあ。今のアメリカの新譜のように、売れる要素を組み合わせるマーケティング製法とは違って、自分が好きなものを作っていたら売れちゃったってことですからね」
藤井「レコード業界の現状を見れば、ユニバーサル、ソニー、ワーナーの三大メーカー以外は生き残るのは難しいし、配信やサブスクで安価に音楽を楽しむ層に向いている音楽じゃないことは確かです。
まあでも、難しく考えることはないよ。考えてもしょうがないしね。シンプルな話で、平野さんの心に響いて、〈コレをやりたい! やるべきだ!〉と思ったものだけをやっていればいいんですよ」
平野「ぼくだって〈売れなくていい〉と考えているわけではないんです。そもそも多くの人に聴いてもらいたくて作品を作っているわけですからね。とはいえ〈売れるから作ろう〉〈売れるものを作ろう〉という考えはありません。ぼくが聴きたいもの、良いと思うもの、プレイヤーがやりたいこと、それを拠り所に作品を作っているだけで……」
藤井「それでいいんですよ。だってそれ以外にやりようがないでしょ? 〈こうしたら売れるかも〉なんて考えるのは、その時点で〈シャリコマ〉なんだから。それをやったら、どんどんジャズから離れていくわけだからね」