2003年9月、ボサノバの神様ジョアン・ジルベルトがおこなった初来日公演。ジョアン自身も大満足したという奇跡的なライブは、アルバム『ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー』に記録されている。そんな本作のアナログレコードが待望の再プレス、2025年9月24日(水)にタワーレコード限定で販売される(タワーレコード渋谷店では9月17日(水)から先行販売)。今回はリリースに向け、ジョアンの来日公演を目撃した曽我部恵一に特別寄稿してもらった。 *Mikiki編集部

JOÃO GILBERTO 『ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー』 ユニバーサル(2025)

 

曽我部恵一

情事のあとに来るもの

初めて手に入れたジョアン・ジルベルトのレコードは『Getz/Gilberto』(1964年)で、高校生の時だった。“イパネマの娘”は耳にしていた。ボサノバってやつをもっと聴いてみたい、と思ったのかどうかは忘れたが、ぼくはそのLPを買った。

1曲目に“イパネマの娘”が入っていた。それは強力な磁場を持った音楽で、それまで自分のうちに意識することのなかった感覚が激しく刺激された。この作用がボサノバの効能だと知ったが、だとしたら穏やかで静かな風情でずいぶん強引な音楽だとも思った。

しかしこのときは、ジョアンの歌より、アストラッドのネオアコっぽいボーカルや、スタン・ゲッツの重いのか軽いのかよく分からないようなサックスの方に魅力を感じた。でもこれってジャズだよな、とも思ったし、結局ロックに激しく揺さぶられる日々の中でそのレコードのことは忘れてしまった。

 

時間が経った夏の日、ぼくの家に居候していたシンガーソングライターの関美彦さんが「誕生日おめでとう」と言ってぼくにジョアン・ジルベルトの『En México』(1970年)というCDをくれた。20代の終わり頃のことだ。彼は低迷期のジョアンがメキシコで過ごしていたことをぼくに教えてくれた。ぼくは“イパネマの娘”の人もいろいろと大変な時期があったんだな、と思った。

ひとりの部屋でCDをかけてみると、その音楽は甘美で穏やかなのだけれど、看過できないところがあって、何回か聴くうちにそれは強い倦怠感から来るものなのだとわかった。嫌な疲労感ではなく、あくまでも甘い倦怠感。身に覚えがあるようで、ないようなものだった。

 

30代の真ん中くらいのある夜、ジョアンのコンサートに行った。ある女性が誘ってくれたのだ。会場にはジョアンの登場を待つ静かな熱気が充満していて、ぼくもその中にいた。

そのうちさりげなくジョアンが出てきて、熱烈な拍手の中で演奏が始まった。

『Getz/Gilberto』や『En México』で聴いた声だ。目を閉じて耳を傾けていると、自然と眠りの中に入って行きそうになる。

その夜その歌はぼくのいくつかの欲望を無効にするようだった。まどろみの中にあって、やさしい諦念が体を支配していく。

ロック音楽は本能に対する忠実なサウンドトラックとして機能する。ロックを聴いているあいだは、まだその人の心はいきり立っているんじゃないだろうか。でも、それが萎えてしまった時にはロックは厳しい。コラ、しっかりせんかい!とケツを叩かれるかもしれない。そう言われてももう無理っすよ〜、、とぼくは子どものように半ベソをかく。そんなとき、ジョアン・ジルベルトの歌はやさしい。

それが人生だよ、と目を伏せたまま微笑んでいる。またはそこからがきみの人生かもしれないよ、とも。

ほら、思い出してごらん、きみが、輝く太陽の下にあり、じゅうぶんに若く、艶やかだった日のことを。

遠い陽光に照らされて、ぼくはモルヒネを打たれたように惚けたまま、白目を剥いてゆるやかに踊った。

 


RELEASE INFORMATION

JOÃO GILBERTO 『ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー ユニバーサル(2025)

■国内盤2LP<初回プレス完全限定盤>
リリース日:2025年9月24日(水)
品番:UCJJ-9019
価格:6,050円(税込)

TRACKLIST
DISC 1
A面
1. アコンテッシ・キ・エウ・ソウ・バイアーノ/Acontece Que Eu Sou Baiano
2. 瞑想/Meditacao
3. ドラリッシ/Doralice
4. コルコヴァード/Corcovado

B面
1. まなざし/Este Seu Olhar
2. イスト・アキ・オ・キ・エー?/Isto Aqui O Que É?
3. ウェイヴ/Wave
4. マダムとの喧嘩はなんのため?/Pra Que Discutir Com Madame?

DISC 2
A面
1. リジア/Ligia
2. ロウコ/Louco
3. 紙風船/Bolinha De Papel

B面
1. ホーザ・モレーナ/Rosa Morena
2. アデウス・アメリカ/Adeus América
3. プレコンセイト/Preconceito
4. 十字架のもとで/Aos Pes Da Cruz

■フィーチャーページ
https://tower.jp/article/feature_item/2025/07/23/0102

■商品ページ
https://tower.jp/item/4957166