〈ガールズバンド〉という呼称を過去のものにしたチャットモンチー
1998年にMISIAが“つつみ込むように…”、宇多田ヒカルが“Automatic”を発表して、ヒップホップの盛り上がりとも並行しながら女性ボーカリストによるR&Bのブームが起こった一方、2001年にはJUDY AND MARYが解散と、当時女性によるロックの盛り上がりはやや落ち着いていた時期だった。
そんな流れを変えたのが2003年に結成され、2004年に“群青日和”を発表した椎名林檎率いる東京事変や、インディーズのシーンとも強い接点を持ち、2005年に會田茂一プロデュースの“リルラ リルハ”をヒットさせた木村カエラのような存在だ。また、バンドという意味ではやはりチャットモンチーの登場が非常に大きかったと言えるだろう。
チャットモンチーは、元スーパーカーのいしわたり淳治のプロデュースで2005年にメジャーデビューをすると、2006年発表の“シャングリラ”が大ヒット。2011年にドラムスの高橋久美子が脱退して以降は、Hi-STANDARDの恒岡章がサポートドラマーを務めた時期もあった。彼女たちの影響は今なお大きく、〈ガールズバンド〉という呼称が過去のものになっていったのは、チャットモンチーが起点だったと言えるかもしれない。
なお、女性ボーカルのバンドという意味では、2000年に発表した“こいのうた”がスマッシュヒットを記録し、解散後もボーカルのユウがチリヌルヲワカとして活動を続けているGO!GO!7188も今に至る源流として触れておきたい。また、2008年にアルバム『シフォン主義』を全国流通させた相対性理論は、ナンセンスな歌詞とウィスパーボイスの組み合わせ、イラストを用いた匿名的な活動形態がエポックメイキングであり、特にネット世代にとってその影響力は大きく、2000年代の終盤を代表するアイコニックな存在となった。
