
日本盤シングルで改めて辿る、〈ロックンロールの未来〉が歩んできた道のり
ロックンロールの未来
ビリー・ジョエル、チープ・トリック、アース・ウィンド&ファイア、シンディ・ローパーらが名を連ねてきたソニー発の人気シリーズ『Japanese Singles Collection -Greatest Hits-』に、現代アメリカを代表するもっとも偉大なアーティストの一人、ブルース・スプリングスティーンのベスト盤が加わった。アメリカン・ロックの正道を歩み、〈ボス〉と慕われ多くの人々を勇気づけてきたブルースは、かねてよりベスト盤の多発を避けてきた。それゆえ本作は、まさに世界に誇るべき特別な企画である。

本作は、75年から99年にかけて日本盤シングルA面としてリリースされてきたブルース楽曲を一同に集めたもので、各アルバムからのシングル・カット曲をはじめ、プロモ・オンリーのシングルやサントラ用の楽曲など、そのすべてが最新リマスタリングを施され、2枚の高品質Blu-spec CD2に収められている。付属のブックレットにはそれらシングルのオリジナル・アートワークがプリントされ、歌詞・対訳・解説も完備。さらには、彼がこれまで発表したすべてのミュージック・ビデオを収めた2枚のDVDが付属するという充実ぶりだ。
Disc-1の幕開けは、ブルースのサード・アルバムにして出世作である『Born To Run』(75年)からの表題曲。ここで改めて気付かされるのが、それ以前に本国でリリースされていた“Blinded By The Light”および“Spirit In The Night”(共に73年の『Greetings from Asbury Park, N.J.』収録)の2枚のシングルが、ここ日本では発表されていなかったという事実だ。厳密にいうと、初作『Greetings from Asbury Park, N.J.』と続くセカンド・アルバム『The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle』(73年)は日本盤も出ていたが、そこからのシングル・カットは見送られていたのだ。この〈欠番〉からは、大きな期待を背負いながらUSでデビューした当時のブルースが、ここ日本では、まだスターとしてのポテンシャルを測りかねる存在として捉えられていたという事実が浮かぶ。
それは逆に言えば、『Born To Run』以後のブルースの破竹の快進撃ぶりに改めて驚かされてしまうということでもある。その前年に〈ロックンロールの未来を見た〉と記事を寄せたジョン・ランドーの言葉通り、同作はその後のロック・シーンの流れを決定的に変えた。ボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのような曲を作り、ディアン・エディのようなギターを弾き、ロイ・オービソンのように歌う。ブルースが目標としていたそのサウンドが、『Born To Run』で初めての完成を見たのだった。
契約問題による不本意なレコーディング停止期間を経たアルバム『Darkness On The Edge Of Town』(78年)で叩きつけた激しいエナジーも、“Prove It All Night”“Badlands”というシングルをじっくりと味わうことで、はっきりと再確認できるだろう。『The River』(80年)からの“Hungry Heart”における弾けるようなポップさも、Eストリート・バンドとの蜜月がさらに深まっていたことを告げているし、少年時代からラジオに耳を傾け、折々のヒット曲に親しんできたブルースの嗜好が浮かび上がってくるようだ。プロモ盤のみで発表された“Santa Clause Is Comin’ To Town”の楽しげな演奏も、この曲順で聴くといっそう魅力的だ。
この時期には、日本国内でのブルースの人気も大いに高まっていった。ノスタルジックな曲調の“I Wanna Marry You”が日本独自でシングル・カットされているのも、彼への厚い支持ぶりを物語っている。また、80年代以降、明確にブルースからの影響を滲ませる日本人アーティストの活躍も目立つようになる。代表的な存在として、佐野元春、浜田省吾、小山卓治、尾崎豊らが挙げられる。彼らはそれぞれのやり方で、ブルースのストリート・ロック的なリアリズムを日本の風土と接続する果敢な試みを実践していった。
巨大化と果敢な変化
バー・バンド的な躍動から一転してアメリカ社会の厳しい現実と孤独を見つめた弾き語り作『Nebraska』(82年)からの“Atlantic City”は、日本のみのシングル・カットだった。こうしたダークな色調の曲をシングルとしてリリースした当時の日本ディヴィジョンの挑戦的な姿勢にも拍手を送りたい。
84年のモンスター・アルバム『Born In The U.S.A.』からの各曲、“Dancing In The Dark”から“My Hometown”までの怒涛のシングル攻勢は、ロックがメガ・ビジネス化していった80年代ならではの出来事だったといえるだろう。そうした〈巨大化〉は、タイトル曲が単なるアメリカ礼賛と誤解されるといった現象にも繋がってしまったわけだが、一方で、シンセサイザーなどを交えたポップなサウンドは、日本でも大きな支持を得ることになった。また、85年4月には、初来日公演が実現している。この来日公演が国内のリスナーとミュージシャンに与えたインパクトも非常に大きかったと想像する。
こうした時期に、ブルースからの影響を自身の作品へと積極的に反映していったのが、かの長渕剛だ。80年代半ばから90年代にかけて長渕が発表した諸作は、うるさ型の〈音楽マニア〉からはときに軽視されているようにも思うが、ブルースのサウンドやアティテュードを鮮烈な形でローカライズした、類まれな実践例だったと断言したい。
Disc-2は、87年リリースのアルバム『Tunnel Of Love』収録曲から幕開けする。プライヴェート・スタジオで制作された同作は、どこか柔和で落ち着いたトーンの漂うものとなった。ソリッドなバンド・サウンドを期待する一部のファンはやや肩透かしを食らう格好となったが、80sリヴァイヴァルが興って久しい現在の耳で聴くと、むしろ魅力的に響いてくる。特に〈シンセ・ポップ風〉とすら言える軽やかさを湛えたタイトル曲は、いまこそ再評価したいものだ。92年に同時リリースされた『Human Touch』『Lucky Town』の2作からのシングル曲も、同様の落ち着いたトーンがかえって新鮮に耳を捉える。
オーセンティックなロック・サウンドを追求し、反デジタル・テクノロジー的な態度を貫いてきたとイメージされがちなブルースだが、その実、折々の録音技術へ果敢にアプローチしてきたミュージシャンでもある。映画「フィラデルフィア」へ提供した、ヒップホップ調のビートを伴う“Streets Of Philadelphia”(94年)は、そうした側面が顕著に現れた一曲だろう。
一方で、ジョン・スタインベックが1939年に発表した名著「怒りの葡萄」からインスパイアされた『The Ghost Of Tom Joad』(95年)のように、フォーク・ミュージックの伝統にアプローチした作品をものにするなど、のちの〈アメリカーナ〉の興隆とも共振する動きも展開していった。
これらの楽曲を収録した今回の2枚組ベスト・アルバム『Japanese Singles Collection -Greatest Hits-』は、50周年を数える長いキャリアの前半期において、ブルースがどのようにみずからの音楽を奏で、歌ってきたのかという歩みを巡ることのできる、またとない好企画盤と言える。
今回のベスト盤に収録された楽曲の初出アルバム。
左から、87年作『Tunnel of Love』、92年作『Human Touch』、92年作『Lucky Town』、95年作『The Ghost Of Tom Joad』(すべてColumbia/ソニー)、94年のサントラ『Philadelphia』(Epic)、95年のサントラ『Dead Man Walking』(Columbia)
ブルース・スプリングスティーンの近作。
左から、2022年作『Only The Strong Survive』、2021年のライヴ盤『The Legendary 1979 No Nukes Concerts』、2020年作『Letter To You』、2019年作『Western Stars』(すべてColumbia/ソニー)
受け継がれているハングリー・ハート
〈ボスの魂〉を感じさせる音楽家はいつの時代にも存在するが、ここでは(比較的)若いアーティストをピックアップ。まず、いまや稀代の売れっ子となったジャック・アントノフが率いるバンド、ブリーチャーズ。スプリングスティーンと同じニュージャージー出身で、以前よりボスへの敬愛を公言していたアントノフだが、2021年の最新作『Take The Sadness Out Of Saturday Night』は地元をテーマに、“Chinatown”ではボス本人をゲストに召喚。ブルージーかつロック色の強い同アルバムは、〈ニュージャージー・サウンド〉に新ページを加えた作品だ。
イギリスからはサム・フェンダーが近年、鮮烈な印象を残した。2021年の2作目『Seventeen Going Under』は、ソリッドでタイトな音作りこそUKロックの王道をいくものだが、ままならない生活のリアリティーを苦く描きつつ、アンセミックな高揚感を付与する手腕は、実にスプリングスティーン的。また、2022年に3作目『Angel In Realtime』をリリースしたオーストラリア出身のギャング・オブ・ユースも、音の隅々にボスを感じさせるバンドだ。
少し上の世代では、キラーズがボスの『Nebraska』をヒントにした『Pressure Machine』(2021年)を発表。また配信限定ではあるが、ライアン・アダムスが『Nebraska』を全編カヴァーした同名作を今年発表している。 *田中亮太
左から、ブリーチャーズの2021年作『Take The Sadness Out Of Saturday Night』(RCA)、サム・フェンダーの2021年作『Seventeen Going Under』(Polydor)、ギャング・オブ・ユースの2022年作『Angel In Realtime』(Warner UK)、キラーズの2021年作『Pressure Machine』(Island)
ボスの名盤の数々が高品質Blu-spec CD2で甦る
このたびの『Japanese Singles Collection -Greatest Hits-』に合わせて、ボスことブルース・スプリングスティーンの73~2014年までの全25タイトルが3か月に渡り、日本独自の紙ジャケ仕様・高品質Blu-spec CD2としてリイシューされる。まず第1弾は、73年の初作『Greetings From Asbury Park, N.J.』から86年の『Live 1975–85』の8作。『Born To Run』以降のスタジオ盤については、今記事の本文に詳しいので、ここでは他の作品を紹介。最初期の2作はオーガニックな音で、Eストリート・バンドとの溌溂とした演奏を捉えており、当時まだ20代前半だったボスら若者たちの躍動する様が痛快だ。『Live 1975–85』は10年間の演奏からベスト・テイク40曲を収めたライヴ盤。オリジナル時には、5枚組LPというのも話題となった。
11月22日には、87年の『Tunnel Of Love』から2002年作『The Rising』までの9作が登場する。オリジナル作に加えて、アウトテイクなどを集めたボックスセット『Tracks』から抜粋した裏ベスト的な『18 Tracks』なども。12月20日の第3弾は、2005年の『Devils & Dust』から2014年の『High Hopes』までの8作。いずれも時代のムードが映されているが、特に2012年作『Wrecking Ball』に滲む格差社会への怒りは現在の日本でより響くのでは。 *田中亮太
Blu-spec CD2でリイシューされたブルース・スプリングスティーンの過去作。
左から、73年作『Greetings From Asbury Park, N.J.』、73年作『The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle』、75年作『Born To Run』、78年作『Darkness On The Edge Of Town』、80年作『The River』、82年作『Nebraska』、84年作『Born In The U.S.A.』、86年のライヴ盤『Live 1975-85』(すべてColumbia/ソニー)