日本盤シングルで改めて辿る、〈ロックンロールの未来〉が歩んできた道のり

ロックンロールの未来

 ビリー・ジョエル、チープ・トリック、アース・ウィンド&ファイア、シンディ・ローパーらが名を連ねてきたソニー発の人気シリーズ『Japanese Singles Collection -Greatest Hits-』に、現代アメリカを代表するもっとも偉大なアーティストの一人、ブルース・スプリングスティーンのベスト盤が加わった。アメリカン・ロックの正道を歩み、〈ボス〉と慕われ多くの人々を勇気づけてきたブルースは、かねてよりベスト盤の多発を避けてきた。それゆえ本作は、まさに世界に誇るべき特別な企画である。

BRUCE SPRINGSTEEN 『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』 ソニー(2023)

 本作は、75年から99年にかけて日本盤シングルA面としてリリースされてきたブルース楽曲を一同に集めたもので、各アルバムからのシングル・カット曲をはじめ、プロモ・オンリーのシングルやサントラ用の楽曲など、そのすべてが最新リマスタリングを施され、2枚の高品質Blu-spec CD2に収められている。付属のブックレットにはそれらシングルのオリジナル・アートワークがプリントされ、歌詞・対訳・解説も完備。さらには、彼がこれまで発表したすべてのミュージック・ビデオを収めた2枚のDVDが付属するという充実ぶりだ。

 Disc-1の幕開けは、ブルースのサード・アルバムにして出世作である『Born To Run』(75年)からの表題曲。ここで改めて気付かされるのが、それ以前に本国でリリースされていた“Blinded By The Light”および“Spirit In The Night”(共に73年の『Greetings from Asbury Park, N.J.』収録)の2枚のシングルが、ここ日本では発表されていなかったという事実だ。厳密にいうと、初作『Greetings from Asbury Park, N.J.』と続くセカンド・アルバム『The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle』(73年)は日本盤も出ていたが、そこからのシングル・カットは見送られていたのだ。この〈欠番〉からは、大きな期待を背負いながらUSでデビューした当時のブルースが、ここ日本では、まだスターとしてのポテンシャルを測りかねる存在として捉えられていたという事実が浮かぶ。

 それは逆に言えば、『Born To Run』以後のブルースの破竹の快進撃ぶりに改めて驚かされてしまうということでもある。その前年に〈ロックンロールの未来を見た〉と記事を寄せたジョン・ランドーの言葉通り、同作はその後のロック・シーンの流れを決定的に変えた。ボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのような曲を作り、ディアン・エディのようなギターを弾き、ロイ・オービソンのように歌う。ブルースが目標としていたそのサウンドが、『Born To Run』で初めての完成を見たのだった。

 契約問題による不本意なレコーディング停止期間を経たアルバム『Darkness On The Edge Of Town』(78年)で叩きつけた激しいエナジーも、“Prove It All Night”“Badlands”というシングルをじっくりと味わうことで、はっきりと再確認できるだろう。『The River』(80年)からの“Hungry Heart”における弾けるようなポップさも、Eストリート・バンドとの蜜月がさらに深まっていたことを告げているし、少年時代からラジオに耳を傾け、折々のヒット曲に親しんできたブルースの嗜好が浮かび上がってくるようだ。プロモ盤のみで発表された“Santa Clause Is Comin’ To Town”の楽しげな演奏も、この曲順で聴くといっそう魅力的だ。

 この時期には、日本国内でのブルースの人気も大いに高まっていった。ノスタルジックな曲調の“I Wanna Marry You”が日本独自でシングル・カットされているのも、彼への厚い支持ぶりを物語っている。また、80年代以降、明確にブルースからの影響を滲ませる日本人アーティストの活躍も目立つようになる。代表的な存在として、佐野元春、浜田省吾、小山卓治、尾崎豊らが挙げられる。彼らはそれぞれのやり方で、ブルースのストリート・ロック的なリアリズムを日本の風土と接続する果敢な試みを実践していった。