
薮の中や日陰の豊かさを見に行きたくなった
──前作の『TWO MOON』はメジャー1stアルバムということもあり、これまでのキャリアの集大成のような作品でしたよね。その点、『DEAR MYSTERIES』は今のTOMOOさんにとってどのような位置付けになったと思いますか?
「『TWO MOON』からの2年間で人の目や耳に触れる機会が増え、以前より私のことを知ってくれる人が多くなった中で、自分のマインドもオープンになっていったと思っているんです。メジャーデビューを境にしてライブも怖くなくなり、朗らかにお客さんと向き合い、自分を日の下に晒して見せられるようになったというか。曲調もどちらかと言えば元気なものが多かったですし、こういうインタビューでも自分の思っていることを言えるようになったんですよ」
──ええ、はい。
「でもなんというか……それって〈これ以上行ったら危険だぞ?〉みたいなゾーンがない公園なんじゃないかと。そこで自然な心の動きとして、何があるかわからない薮のような場所もむしろ見てみたくなっちゃったんです。
日陰にコケが生えているのとか、ちょっと怖いけどワクワクするじゃないですか。地元のゼニゴケとか、小さい頃からなんとなく見てたんですけど、よく見ると怖いというか……」
──(手元のPCで画像を検索する)あー、確かにこれは……。
「やめましょうやめましょう、なんちゃらフォビアの方が見たら危ない(笑)!」
──確かに(笑)。集合体恐怖症の方は調べないでください!
「すみません(笑)。とにかく、一緒に何かを作るスタッフやミュージシャンとの関わりが増えて、オープンに言語化できるようになった今、言葉をあまり持っていなかった時代の自分を思い出したくなったんです。10代や子供の頃に出会った日陰の豊かさを見に行きたくなったんですよね。『TWO MOON』以降にタイアップのお話を頂き、人とのコミュニケーションについて肯定的な希望を発信する一方で、ちょっとスッキリしない部分にも手を付けたくなったんです」

孤独じゃない歌とも言えるし、孤独な歌とも言える
──『DEAR MYSTERIES』は前半にタイアップ曲が固まる一方、後半には過去の未音源曲をはじめとした、ピアノの弾き語りを中心にした曲が並んでいます。“餃子”だけタイアップ曲に挟まれた形で収録されていますが……。
「“餃子”は誰にも頼まれていないですね、未来の餃子タイアップソングということで(笑)」
──(笑)。公園で喩えるなら、後半はそれこそ藪の中にズブズブ入っていくような印象でした。
「自然とこうなったんです。タイアップ曲を収録することは最初から決まっていたので、そこから全体を考えた時に、まだ音源にしていなかった古いものから何曲か入れることにして、あと2、3曲は最近の私のテンションのまま書き下ろすことにしました。それから曲同士の相性を考えてこの並びにしたんです」
──特にラストの“高台”。数年前から披露していた曲でありながら、アルバムでは一番奥に据えられていて、孤立しているけど誰かが確かに立っている光景が浮かぶというか。
「“高台”は特に古いですね、高校生の頃に作った曲なんです。ただ2番の途中で書けなくなって、それから19歳を迎えてブラッシュアップしたことにより完成したというか。改めて聴いてみて、言葉は少し幼いですけど、この曲には合唱曲のような普遍性があると思ったんですよね。ここにあるのは10代の気持ちだけど、大人になって歌ってもいいニュアンスがあるんじゃないかと」
──〈高台に立つぼくを呼んでる〉という歌詞は10代の切実な気持ちが表現されているようにも聞こえます。
「その歌詞は高校生の頃に書いたままですね、高1だったんじゃないかな。“高台”は〈孤独だけど、孤独じゃないかも〉って密かに思っている人の歌なんです。吹く風の涼しさのコントラストとして街の灯があるように、ひとりぼっちの心細さと振り返ったときに浮かぶ〈あの人の優しさは本当だったのかな〉っていう安心が同居している様というか。これは孤独じゃない歌とも言えるし、孤独な歌とも言えるんじゃないかと」
──“高台”は小西遼さんの編曲ですよね。昔からあった曲にどのようなオーダーをして今の形になったのでしょうか?
「東京の郊外の景色をイメージしていたんです。私が育った街はまさに郊外だし、小西さんも同じような景色のところで育ったらしいんですよね。特に私の場合は、見渡す限りの自然ではないけど、ちょっと丘になっている場所がある、みたいな。
それとジブリ映画やその音楽を担当した久石譲さんからも影響を受けているので、自分にとってエバーグリーンなものを今歌うために、音楽面でもルーツを出せたらいいなって話していたんです」
──わかります。
「それに、“高台”は10代の歌なので、例えば夕方に道を歩いている時に吹奏楽部の練習の音が中学校から漏れて聞こえてくるような、そういうニュアンスも出したかったんですよ。私自身は吹奏楽部ではなかったので、あくまで漏れてくる音を聴いているだけなんです。でもその音ってとても安心するし、自分を育ててくれた街と何か繋がっているような気さえするんです。小西さんにはそういうイメージも伝えました」