「この曲、好きだわぁ」が原点――安倍なつみの挑戦
オールド映画ファンで1950~60年代のミュージカル映画、その音楽に胸をときめかせたという人も多いだろう。私もそう。いまだにミュージカルのナンバーと言えば“君住む街角で”“雨に歌えば”“マリア”が定番だ。しかし、昨今、ミュージカルの世界も大きく変わった。特に「ミス・サイゴン」「レ・ミゼラブル」などの成功は世界的なもので、日本でも公演がロングランするなど、すっかり定着した。また、その中の有名な歌も様々な歌手がカヴァーするなど、ひとつのジャンルとして確立している。
「ミュージカルとの出会いは、私の人生でもかなり大きな出来事でした。その歌の世界を知った時、こんな音楽が世の中にあったのだと、感激しました」
と語るのは安倍なつみ。あえて紹介するまでもないが、モーニング娘。の第一期のメンバーとして活躍し、モーニング娘。を卒業した後は、ソロ活動を続けている。ミュージカルなど舞台の経験もして来た。
「ミュージカルの中の歌は、単なるひとつの歌ではなくて、そのナンバーを歌う登場人物の感情がそこに込められていて、歌と演技が完全に一体化したものです。その感情を歌うということが、自分にとってはとても新鮮で、感動的なことでした」
今回、安倍が新たな挑戦として取り組んだアルバムが『光へ -classical & crossover-』である。「レ・ミゼラブル」から“夢やぶれて”と“オン・マイ・オウン”、「エリザベート」から“私だけに”、そしてイギリス民謡として有名な“グリーンスリーヴス”、椎名林檎の“カーネーション”など全12曲が収録されている。
「初めて歌う作品ばかりでした。でも、全部の曲が、その歌に出会った時、〈あ、この曲、好きだわぁ〉と直感的に思ったもので、録音をしている間も、とても幸福な時間を過ごすことが出来ました」
アルバムは発表のコンヴェンションでも、弦楽合奏、ピアノをバックに、彼女は堂々と“私だけに”などを披露していた。
「これまでのアルバムでも、またライヴでも、そこに参加してくれているミュージシャンの方々と一緒に、音楽的なアイディアを出し合いながら作り上げて行くというスタイルでやってきました。今回は、それがオーケストラや弦楽器の合奏、ハープなどだった訳ですが、難しさもあったものの、これまでと変わりなく、一緒に音楽作りをしたいという気持ちで録音に取り組みました」
アルバム・タイトル『光へ』は、このアルバムに収録されている同名の新作から。
「せっかく新しいジャンルに挑戦して、アルバムを出させて頂くので、ちょっとわがままを言って、その中にオリジナルの作品をひとつ入れて頂きました。この歌詞(作詞/吉元由美)の世界は、まさに今の自分の気持ちを表現したような感じで、これからも大切にして行きたい歌です」
今年でソロ活動10周年を迎え、これまで歌って来た曲を初めてセルフカヴァーしたアルバム『Smile…♥』も8月にリリースしたばかりだ。
「ポップスを歌う時には、言葉はリズムに合わせて、そこに乗せて行くという歌い方。まとまりのある歌詞のフレーズも、むしろ単語ひとつひとつ切って行くような感じ。それに対して、ミュージカルやクラシカルな作品の場合は、音楽の長いフレーズを活かして、その流れを途切らせないような歌い方ですね。自分でイメージしていたのは、一本の糸を長く伸ばして行くこと。そして、その糸を幾重にも重ねて行って、より太い一本の糸にしてゆくようなことを意識していました」
オペラ歌手として活躍する望月哲也も参加して、デヴィッド・フォスターの名曲“この祈り~ザ・プレイヤー”をデュエットした。
「望月さんの声が出た瞬間に、その温かくて広い声の世界に吸い込まれそうでした(笑)。とても貴重な体験をさせて頂きました」
日本語を大切に歌いたいという想いから、『光へ』ではすべて日本語歌詞で歌っている。その優しい言葉の響きも、このアルバムの魅力のひとつだろう。安倍なつみは新しい世界へ一歩を踏み出した。