日本公開も間近に控えたティモシー・シャラメ主演の話題作「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」――ジョシュ・サフディ監督の映像とリンクした鬼才のサウンドトラックに広がる風景とは?
さまざまなミュージシャンが映画音楽に進出するなかで、ポール・トーマス・アンダーソン × ジョニー・グリーンウッド、デヴィッド・フィンチャー × トレント・レズナーのように何度もタッグを組む監督とミュージシャンがいる。ジョシュ・サフディ監督が絶大な信頼を置くのは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンだ。これまでサフディは弟のベニーと共同監督した「グッド・タイム」「アンカット・ダイヤモンド」でサントラをロパティンに依頼したが、初めて単独で監督・脚本を手掛けた「マーティ・シュープリーム 世界をつかめ」(25年)でもロパティンに声をかけた。
映画の舞台は1950年代のNY。靴屋の店員として働くマーティの夢は卓球の世界選手権で優勝することだった。でも、卓球の才能はあるけれど、仕事をサボって卓球の練習をしたり、人妻と不倫をしたりとやりたい放題。挙げ句の果てに店の金庫から金を盗んで、ロンドンで開催される世界選手権に参加する。そんな身勝手でいい加減な男が、次々とトラブルに見舞われながら世界選手権の優勝をめざして迷走する。追い詰められた男の悲喜劇を描くのはサフディの得意とするところ。音楽に強いこだわりを持つサフディは、サントラにシンセを使うことが多く、そこでエレクトロニック・ミュージック界の鬼才、ロパティンの独創的な音楽性が発揮される。
サフディとロパティンの結びつきは強く、いつも2人は一緒にスタジオに入ってスコアのテクスチャーやトーンを考え、サフディはサントラの制作においてプロデューサーのような役割を果たしているという。音楽の方向性が決まったらロパティンは曲作りに没頭。サフディは脚本の段階で、そのシーンに使いたい曲を書き込んでいて、今回はピーター・ガブリエル“I Have The Touch”、ニュー・オーダー“The Perfect Kiss”、コーギス“Everybody’s Got To Learn Sometime”など、50年代の物語に80年代の曲を使用した。ロパティンはその選曲を頭に入れつつ、マーティが野望に向かって突進するエネルギーを音楽で表現しようと考えた。
これまでロパティンが手掛けたサフディ作品と同じように、今回もヴィンテージ・シンセをメインの楽器にしているが、そこに30人編成のオーケストラや合唱団の歌声を融合。合唱団のメンバーにはワイズ・ブラッドやララージも参加していたというから驚きだ。ロパティンのサウンドは、80年代にヴァンゲリスやジョルジオ・モロダーらがシンセで生み出したサントラを思わせるが、荒々しい躍動感に溢れているところはタンジェリン・ドリームが手掛けた「恐怖の報酬」や「ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー」に近いテイストがある。そんなシンセ・サウンドにフルートやストリングスなどクラシックの要素が溶け込んでいるのが本作の特徴。さらに合唱団の歌声を楽器のひとつのように使ってシンフォニックなスコアに仕上げている。
オーソドックスなサントラにはメインテーマがあり、それをさまざまなヴァージョンでアレンジした曲が並ぶが、本作は統一したトーンに貫かれていながらも曲ごとに表情が違う。そうすることで、先が読めない展開の中で変化していくマーティの内面を表現している。サフディは劇中で既成曲を使う時はBGMのように流すのではなく、時にはミックスを施して曲をシーンの一部に組み込んでいく。同じようにスコアもシーンにあった曲を作り、映像と音楽を密着させていて、スコアは映画の感情そのものだ。それでいて、そこにはロパティンの個性も刻み込まれていて、ロパティンのオリジナル作品としても成立している。彼自身は本作について「ジョシュと何年も一緒にサントラに取り組んできた中で生まれた特別な共通言語があって、その完璧な形がこのサントラだ」とコメントしているが、本作は強烈な個性を持った2人のアーティストのコラボレート・アルバム。だからこそ、サントラとして、そして、ロパティンの作品としても唯一無二の輝きを放っている。
左から、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーによる2017年のサントラ『Good Time』、ダニエル・ロパティンによる2019年のサントラ『Uncut Gems』、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの2025年作『Tranquilizer』(すべてWarp)、エイベル・テスファイ&ダニエル・ロパティンによる2025年のサントラ『Hurry Up Tomorrow』、ウィークエンドの2025年作『Hurry Up Tomorrow』(共にXO/Republic)
