(左から)立田敦子、萩原健太

 キング・オブ・ロックンロール、史上最も成功したソロアーティスト、彼を形容するのに大げさすぎる言葉などないといっていいほど、革新的な音楽とカリスマティックなステージングで音楽史に大きな足跡を残した唯一無二のエンターティナー、エルヴィス・プレスリー。2022年に劇場公開、世界的に大ヒットした伝記映画「エルヴィス」も記憶に新しい中、その延長線上にある、単なるアーカイブ映像の焼き直しでも、ドキュメンタリーでもコンサートフィルムでもない没入型映像作品「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」が全国公開中である。そんな本作の日本最速試写会が2026年4月30日に渋谷のシネクイントで開催された。上映後には音楽評論家の萩原健太と映画ジャーナリスト・評論家の立田敦子によるトークショーもあり、幅広い世代が足を運び大盛況に終わったイベントの様子をお届けしよう。


 

アーカイブの焼き直しでもドキュメンタリーでもコンサート映画でもない

萩原健太「こんばんは。萩原健太です。よろしくお願いします。(エルヴィスは)かっこよかったですね!  この映画のサウンドトラックアルバムのライナーノーツを書かせていただいているので、ちょっと早めにこの映画を見ることができたんですけれども。やっぱりエルヴィスはかっこいいなと改めて思いました」

立田敦子「今日はいろいろと勉強させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。2022年に公開されたオースティン・バトラー主演の伝記映画『エルヴィス』で成功を収めたバズ・ラーマン監督が、最新技術を駆使して再びエルヴィス・プレスリーを題材にしたのがこの映画です。これまでに公開されたことのない貴重な映像もかなり含まれていると伺っています。ご覧になった感想はどんなものでしょうか?」

萩原「(今作は)1970年の『エルヴィス・オン・ステージ』と72年の『エルヴィス・オン・ツアー』、この辺のコンサートドキュメンタリー映画の映像を基本にしています。ですが、ちょこちょこと間に挟まってきますよね。バックステージの様子であるとか、あるいはリハーサルのシーンとか、断片的なカットがいろいろ。そうしたシーンをつなぎ合わせながら、さらに音の方もいろんな過去のエルヴィスの音源をマッシュアップしたような形でそこに当てて。同じ一つの曲でも、いくつかのライブのシーン、いくつかのリハーサルのシーン、それらをつないで一曲にしていたりする。このバージョンでは初めて見るっていう楽曲が多いので、楽しめました。公式でも、本邦初公開の映像という風にお話しされていると思うんですが、そういうことなんですね。

バズ・ラーマンは今63歳。だから、本格的にエルヴィスにハマるには少しだけ遅い世代ということになるんです。けれどもそういう視点からの再構成みたいなことが行われているのが、前作の映画でもそうでしたけども、すごく面白いですね」

立田「2022年の伝記映画は(エルヴィスのマネージャーだった)トム・パーカー大佐の視点を通したフィクション作品だったわけですけれども、本作は伝説となったラスベガス公演と全米ツアーの象徴的なパフォーマンスを中心に、最先端のレストア/リマスター技術により2年以上の歳月をかけて復元されたものです。

エルヴィス本人のインタビュー音声によりエルヴィス自身が語っている、これが自伝的な作品に見えるポイントかと思います。親密さを生む一つの大きな要素にもなったかと思いますが、この構造の効果をどのようにご覧になりましたか?」

萩原「初めて観る人が、これだけでエルヴィスの歴史を理解できるかっていうと、それは無理かな。これだけだと不親切なところもあると思います。

けれども、50年代と60年代のエルヴィスの歩みや、なぜ70年代に入ってからこれだけライブにこだわって観客の前でパフォーマンスをしたのかが本人の語りで綴られる。そこからその後の実際のコンサートシーンに入っていくという流れが、この短い中でうまく構成されているなと思いましたね」

 

エルヴィスのライブやルーツへの想いを体感できる構成

立田「私はそれほどエルヴィス・プレスリーに詳しくなかったので、エルヴィスというと(映像で見せるなら)50年代、60年代の最盛期なのかなと思っていました。しかし今回は、1970年のラスベガス公演や72年のハワイ公演といった複数の時期がシームレスに接続されているところも面白かったと思います。なぜ70年代をここで取り上げたとお考えになりますか?」

萩原「エルヴィスは60年代にほとんどライブをやってないんですよ。映画の中でもトム・パーカーという人物が出てきた。この人は(エルヴィスの)マネジメントをずっと手がけていたんですけど、非常に古い考え方を持っていた人で。その辺は前作の映画でもいろいろ描かれていましたが。要するにテレビとかにはあんまり出さなかったんです。観客が金を払って見る映画にしか出さない、みたいな感じで。

今作中でもちらっと本人が語っていましたが、60年代のエルヴィスはハリウッドの映画の世界に埋没していて。今思えばそこでもエルヴィスは素晴らしい音楽性を発揮してはいたんですけども、やっぱり生身の観客の前に出たいという意欲みたいなものを抱いていた。それが70年代の彼のライブにつながったわけです。その意欲が満ち溢れているのが、この映像というふうに捉えると面白いかもしれません」

立田「ラスベガスのレジデンシー公演とはどんなものだったのですか?」

萩原「エルヴィスは1950年代が最高だとよく言われたりもしますが、それはいわゆるロックンローラーとしてのエルヴィス。でも、その時期、彼はまだまだそんなに幅広い音楽を知っていたわけじゃなく、カントリーとブルースとゴスペル、それぐらいのものを自分の体にしたためた状態でした。

ロックンロールという新しい若者文化の象徴として50年代に活躍したわけですが、その後に徴兵されたりして一時休業。それからシーンにカムバックしてくるわけです。そうした60年代のエルヴィスの音楽っていうのはもうカントリーとブルース、ゴスペルだけじゃなくてもっと幅が広い。例えばカンツォーネ的なものがあったりクラシック的なものがあったり。ポピュラーアーティストとしての音楽的な幅広さみたいなものを、60年代のエルヴィスは体現してみせてくれたわけです。

けれど70年代に入ると、今度はその音楽的な幅広さはそのまま、生身の観客の前に出ていってそれを披露しながら、もう一度原点であるゴスペルとか、ブルースとかそういう方向に自分の持ち味を集約させていこうとしていった。そういう流れの入口に、この映画の時期のエルヴィスはいたんですよね。もう一度自分の中にある南部というルーツを再確認しているというか。その感じを体じゅうから放っているっていうかね。そんな感触を味わうには最適な時期のパフォーマンスなのではないでしょうか」

 

若い世代もエルヴィスに接しやすい、入り口になる映画

立田「監督のバズ・ラーマンですけれども、大変個性的な監督ですよね。この作品は北米では批評家や観客からも高く評価されており、バズ・ラーマンらしい外連味のある編集だと思いますが、いかがでしょうか?」

萩原「ちょっとやりすぎだなっていうところもなくはないですけどね(笑)。ただ今の時代にエルヴィスの歌声を蘇らせるにあたってはこのぐらい極端なことをしてもいいのかなという気はしますよね。

もちろんピュアリストはいますから、どうしても〈“Suspicious Minds”のコード進行が違うじゃないか〉とか思う人もいますよね。ぼくもそうです(笑)。今回のサウンドトラックではバックの演奏を入れ直しちゃっているものも多いので。

でも、これはこれでありですよ! やっぱりこれまで体験したことなかったエルヴィスのバージョンなわけだし。あと、どんなにバックの演奏を入れ替えたとしても、エルヴィスの歌心とか、エルヴィスのグルーヴとかっていうのはそれに負けませんから。

なので、とりあえずこの映画を入り口に今の若い世代もエルヴィスに接しやすくなるのならば、それはありだと思います。ただ、そうは言っても、やっぱりオリジナル音源にかなうものはないですから、ぜひオリジナルも接してほしい。その道筋みたいなものを、この映画がつけてくれるといいんじゃないかなっていう感じがしますね!」

立田「ちょうど先日バズ・ラーマン監督が来日されてインタビューしたのですが、この作品は北米では若い層にも大変好評で、それがすごく嬉しかったとおっしゃっていました。

本作は、今で言うならば没入感に満ちたライブ体験に近い作品になっていると思いますが、従来の音楽ドキュメンタリーと比べてこの作品がもたらす体験の特徴とはどういうところだと思いますか?」

萩原「もはやドキュメンタリーじゃないですよね。ある意味バズ・ラーマンが作り上げたフィクショナルな、バーチャルなエルヴィスのコンサートを我々に体験させてくれた。だからそういう意味では、家でちまちま見るんじゃなくて、やっぱり劇場で、でっかい音で、でっかい画面で、これを受け止めるのが面白いと思うんですよ。曲によってはエルヴィスがいろんなところに残したいろんな曲の音源を再構築したりとか、非常に緻密に組み上げられている感じがしました。

ただ、たぶん権利関係とかいろいろあったんだと思いますが、今作では歌詞の字幕が出ないじゃないですか。でも、じつは歌詞がこの映画の内容や流れとリンクしながらものすごく重要な役割を果たしていたりするんですよ。もちろんエルヴィスの曲をよく知っている方は、どういうことを歌っているのかは分かっていると思います。けれども、この歌はどういう歌詞だったのかみたいなことにも、もう一度注目してこの映画を見直してもらうと、全体のストーリーみたいなものも見えやすくなるんじゃないかなって気がします」

立田「今のお話とも少し関連するのですが、この作品はエルヴィスという存在の理解を深めるためのものになっていると感じられましたか? それともやっぱり、ステージ上の姿を強く印象付けるための作品と感じられましたか?」

萩原「エルヴィスって本当にデカい存在なんです。どんなことをやったところで、やっぱり2時間ちょっとで全体像を掴むことってできないんです。

けれども、そういう意味も含めて、この時期、自分の原点に向かっていった70年代前半のライブっていう場での表現に特化した良さがある。77年にやってくる自分の死を予見していたわけじゃないとは思いますけど、もう一度自分のルーツを見直していくぞっていうような思いに駆られているエルヴィスの姿、その瞬間を切り取ったというのは、ありなんじゃないかと思いますね。

これを取っ掛かりにして、デッカい全体像を一生かけて味わっていくというのがいいんじゃないかと思います」

 


MOVIE INFORMATION
映画「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」

製作・監督:バズ・ラーマン(「エルヴィス」「華麗なるギャツビー」)
音楽製作総指揮:バズ・ラーマン
出演:エルヴィス・プレスリー
原題:EPiC: Elvis Presley in Concert
配給:パルコ/ユニバーサル映画
(2025年/オーストラリア/97分)
字幕翻訳:石田泰子/字幕監修:湯川れい子/協力:田口富一(エルヴィス・ソサエティ)
©2025 SONY MUSIC ENTERTAINMENT.ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/epic
X:@epicjp2026
Instagram:@epicjp_movie0515
全国公開中
©2025 SONY MUSIC ENTERTAINMENT.ALL RIGHTS RESERVED.

 


PROFILE: 萩原健太
1956年生まれ、埼玉県出身。音楽評論家・ディスクジョッキー・音楽プロデューサー・作曲家・音楽家。アメリカのポップミュージック全般に精通しており、なかでもエルヴィス・プレスリー、ザ・ビーチ・ボーイズ、ザ・ベンチャーズのマニアとして知られる。著書に「ポップス・イン・ジャパン」(新潮文庫)、「幸せな結末 大滝詠一ができるまで」(文藝春秋)など。

PROFILE: 立田敦子
映画ジャーナリスト。批評の執筆やインタビュー、テレビ、ラジオ出演の一方、カンヌ、ベネチアなど国際映画祭の取材活動もフィールドワークとしている。セレブリティへのインタビュー取材も多く、セレブの美容・ファッション事情に精通していることでも知られる。著書に「どっちのスター・ウォーズ」、「おしゃれも人生も映画から」(共に中央公論新社)など。