©Constantin Carstens

天に還ったレジェンドの最後の公式アルバムはベルリンでの意外な出会いから生まれた――電子音楽の先駆者との『Spatial, No Problem.』は天衣無縫な奇才が最晩年に到達した創造の核心を刻んでいる!

 虎は死して皮を留め、人は死して名を残す。そして2021年8月29日にこの世を去った偉大なリー“スクラッチ”ペリーは……膨大な作品を残していった。60年代からのレゲエの誕生や70年代のダブ・ミックス確立に絶大な影響を及ぼした革新的なプロデューサーという功績の持ち主ながら、特に90年代以降は(ビースティ・ボーイズらのフックアップもあって)エキセントリックな風貌も含めたアイコニックなヴォーカリストとして各方面から引っ張りだこだっただけに、生前から自身名義の作品もコラボ作も客演仕事も数えきれないほど存在する。

 訃報の数週間前にラル・ストンとのコラボ“No Bloody Friends”が届いたように、彼は最晩年まで各所でレコーディングに取り組んでいたと思われ、制作期間中に亡くなったというユースとの『Spaceship To Mars』(2024年)や最後の歌唱録音とされる“Goodbye”を含む『King Perry』(2024年)などのアルバムが〈最後の作品〉〈遺作〉を銘打って世に出されてきた。とはいえ、このたびドミノから〈最後の公式作品〉を謳った新作『Spatial, No Problem.』が届いたことには意表を突かれたし、それがマウス・オン・マーズ(以下MOM)とのコラボ作だということに新鮮な驚きを感じたという人も多いのではないだろうか。

LEE "SCRATCH" PERRY, MOUSE ON MARS 『Spatial, No Problem.』 Domino/BEAT(2026)

 ドイツのケルンで結成されたMOMは、いわゆるエレクトロニカの先駆者にも位置付けられるヤン・セント・ヴェルナーとアンディ・トマの2人組だ。アブストラクトな電子音楽〜IDMの印象が強いものの、ミル・プラトーからモンキータウンまで幅広いレーベルを渡り歩いてきた経歴からもわかるように、その作風はイメージよりも幅広い。もちろんリー・ペリーの側も、これまでエイドリアン・シャーウッドやマッド・プロフェッサーをはじめ、マーク・スチュワートやオーブ、エル・マイケルズ・アフェアに至るまで手合わせしてきたスタイルの振り幅で言えば相当なものだが、今回の『Spatial, No Problem.』のサウンドはバンド演奏を基調にしたもので、いわゆる直球のレゲエでもなければIDMでもないという点で予想外ではある。例えば先行曲の“Rockcurry”はノイ!の“Hallogallo”を想起させるクラウトロック風の仕上がりだが、こうした試みはMOMとしても常道ではないはずだ。

 このコラボが実現したそもそもの経緯は公式の資料でもはっきりしないものの、確かなのは2019年12月にリー・ペリーがベルリンを訪れていたということ。そしてMOMのパラヴァース4というスタジオで2日間のセッションが行われたことだ。資料によるとヴェルナーがキーボード、トマがギターとベースを担当。MOM作品では常連のドド・ンキシがパーカッションを演奏し、大半の曲でドラムを叩くのは実験的なジャズやポスト・クラシカルの分野で名高いイタリアのアンドレア・ベルフィ。特に“Hallo Shiva”や“Fire Dali”では彼らのアンサンブルからカンやポリスが連想されるというか、アートワークの雰囲気そのままにニューウェイヴ〜ポスト・パンク的な作法が前景化されているというわけだ。

 その一方で、アフロビートの“Economic Train”や長尺のダブ・ファンク“Spatialee”、ラストに置かれたセカンドライン調の“State Of Emergency”などではレジス・モリーナ(サックス/フルート)やヒラリー・ジェフリー(トロンボーン/トランペット)によるホーン・セクションが楽曲の印象をアーシーに牽引していて、そうしたテイストもまた本作の大きな魅力だろう。さらにはレゲエに最接近したポリリズミックな“Yayaya”や“To The Rescue”も軽やかで心地良い。もちろん、御大の自由な語り口はどんな曲でも天衣無縫で最高に絶好調だ。

 なお、不思議なアルバムの表題は、彼らが出会って空間オーディオ(Spatial Audio)について会話した際にペリーが発した言葉だという。まさにその通り、〈空間的であれば、問題ない〉のだ。

マウス・オン・マーズの近作を一部紹介。
左から、2009年録音の2024年作『Herzog Sessions』、94年録音の2023年作『Bilk』(共にSonig)、2021年作『AAI』(Thrill Jockey)

リー“スクラッチ”ペリーの近作を紹介。
左から、ピーター・ハリス&フリッツ・カトリンとの2025年作『Mercy』(Dash The Henge)、2024年作『King Perry』(False Idols/!K7)、ユースとの2024年作『Spaceship To Mars』(Creation Youth)、2023年作『Heaven』(Burning Sounds)、ボブ・リディムとの2023年作『Destiny』(Delicious Vinyl Island)