独自の近未来的な世界観を築き上げてきたヴィジョナリー・アーティストが新章へ到達。かつてなくポップに進化を遂げた待望の新作『new avatar』が向かう果ては――

 気高いディストーションの音壁に守られたミステリアスな“idea 1”を今年の4月に発表して帰還を告げたケレラ。幻想的な“linknb”がそれに続き、そこから“point blank”など先行カットを重ねて届いたのが3年ぶりとなる待望のニュー・アルバム『new avatar』だ。高評価を得た初作『Take Me Apart』(2017年)とアヴァンな方向に針を振って濃厚な支持を集めた2作目『Raven』(2023年)が6年空いたことを思えば、3年ぶりというのは思ったよりも早いリリースかもしれない。もちろんその間が空白だったわけではなく、2024年には恒例のリミックス集『RAVE:N, The Remixes』が登場し、2025年にはNYのブルーノートで録音された初のライヴ盤『In The Blue Light』もあったから、コンスタントに便りを届けてくれていたことになる。ともかく完成したサード・アルバム『new avatar』は、さまざまな変化を作品に刻んできたケレラらしく、また新たな表情を見せる作品に仕上がった。

KELELA 『new avatar』 Warp/BEAT(2026)

 先行カット群に続き、アルバムでもほぼ全曲でオスカー・シェラーがプロデューサーに起用されている。シェラーといえばリージェンツのメンバーを両親に持つUKの宅録系アーティストで、自身の作品も出しつつ近年はプロデューサー/ソングライターとしてチャーリーxcxやアシュニコ、シャイガール、ピンクパンサレス、メラニーCらを手掛けてきた気鋭のクリエイターだ。思えばシャイガールは『Raven』収録曲“Divorce”にて歌詞を共作していたし、言うまでもなくピンクパンサレスは『Heaven knows』(2023年)収録の“Bury me”にケレラを招いてもいた。そのような距離の近さもシェラーの起用に関係あるのかもしれないが、エレクトロニック・ミュージックの要素やハイパーポップ以降のアヴァンな手法をメインストリームなポップの領域で活用してきた彼のバランス感覚が、ケレラと非常に相性がいいというのは何となく納得がいく。

 「シンガー・ソングライター/アーティストとしての私の原点が、『new avatar』を制作する過程で経験したカタルシスの背景にある」というのは本人のコメント。そもそもクラブ・ミュージックにアプローチして名を知られるようになる前、音楽活動の発端がインディー・バンドで、カフェでジャズを歌いつつメタルをやっていた時期もあるというケレラだけに、いつになく大胆に歪んだギターをフィーチャーした今回のスタイル自体が本人の原点に繋がるものなのだろう。

 そうでなくても今回のアルバム収録曲は極めて親しみやすいキャッチーな雰囲気を備えているように感じられる。例えば先述の“linknb”は忙しないメンフィス・ラップ産の声ネタ使い(ギミサム・ファミリーの古典“It’s On For The ‘94”とラ・チャット“Niggas Comin Clean”をサンプリング)をアクセントにしつつ、往時のマイケル・ジャクソンを思わせるメロディー展開とソフトな歌い口という根本の部分がより印象的だし、クレイグ・デヴィッド“You Know What”を敷きながら軽快なガラージ風に仕立てられた“don’t piss me off”、ピンクパンサレスをフィーチャーしたダンサブルな“the bridge”あたりも実に耳馴染みがいい。

 いずれにせよ殊更に仰々しい形容で飾り立てて敷居を高くするような作品でないことは確かだろう。そんなケレラ一流のポップネスは、どこか宇多田ヒカルらを想起させる幻想的な音世界にラッパーのフーシェーを迎えたメロディアスな“new life forms”、A. K. ポールが制作/客演もして独特の妙味を垣間見せる“outta time”(本作でシェラーが手掛けていない唯一の曲となる)など、アルバムの端々まで行き渡っている。

 いつもと変わらず野心的であると同時に、かつてなく耳馴染みの良い安定感も窺わせる充実の仕上がりとなった『new avatar』。これまでケレラの経験してきたさまざまな局面を織り重ねて新しいスタイルへと昇華したディープな傑作をじっくり楽しみたい。

左から、オスカー・シェラーの2019年作『HTTP404』(Wichita)、ピンクパンサレスの2026年作『Fancy Some More?』(Parlophone)