若手実力派漫才コンビにぴったりな出囃子

聴き馴染みのあるドラムロールに劇場が満たされる。それに合わせて「どうも~」と言いながら町田が、それに続いて佐々木が現れるのを見たとき、なんて2人にぴったりな出囃子なんだ、と感動した。クールな洋楽の曲や思い出深いJ-POPソングを出囃子に採用している漫才コンビは多いが、この曲はこの人たちにぴったりだ、と思った例は少ない。かっこつけすぎじゃない?と思うことも多い。でも、エバースはちがった。

その曲は、2002年のテレビドラマ「木更津キャッツアイ」の“Kisarazu Cat‘s’n Roll”。どん詰まった木更津の、昭和の面影が残る古ぼけた街。行き場のない貧しい若者たち(岡田准一演じる主役ぶっさんはほぼニートだ)。彼らがうだうだしているさま。オフビートなユーモアに満ちた日常会話と妙なテンション感。「木更津キャッツアイ」の世界は、エバースの2人にぴったり重なった。しかも、“Kisarazu Cat‘s’n Roll”という曲は、絶妙にかっこよすぎない。軽快さと抜け感とクレージーキャッツっぽいユーモアも備えている。繰り返すが、エバースの2人にぴったりな、このうえない出囃子なのだ。

エバースといえば、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの漫才コンビである。「M-1グランプリ」には2年連続で決勝戦に進出、2024年には4位、2025年には3位に輝いている。この2年でNHK新人お笑い大賞、ABCお笑いグランプリ、上方漫才協会大賞といった賞レースも総なめにしており、〈若手実力派の筆頭〉などと称され、正統派のしゃべくり漫才で勝負している漫才界のトップランナーだと言っていい。

そんなエバースのボケ・ネタ作り担当である佐々木隆史の初の著書「ここで1球チェンジアップ」が刊行された。そこに前述の「木更津キャッツアイ」の生みの親である脚本家・宮藤官九郎がコメントを寄せたのは、とても粋な計らいだと思った。引用すると、〈「共感しかない」エバースの漫才が大好きな理由が良くわかりました。ここは世界の中心じゃないし、自分は主人公じゃない。そう思って生きて来た人間の「恥ずかしい」に対する異常なまでの警戒心。なるほどな。町田くんは、恥ずかしい世界に押し出された生贄なんだな〉。やっぱり、佐々木と町田は、木更津キャッツ(劇中に出てくる草野球チーム)の一員なのだ。

エバース, 佐々木隆史 『ここで1球チェンジアップ』 太田出版(2026)

 

メロい芸人1位の生き様が綴られた自伝的エッセイ

「ここで1球チェンジアップ」は、佐々木が2024年9月から2026年1月にかけてQJWebで連載していた同名連載も収録した自伝的なエッセイ。とはいっても、書き下ろしが大半を占めているので、自分のように連載をすべて読んできたファンも楽しめる一冊だ。

掲載されている撮り下ろし写真は、Mikikiもお世話になっている売れっ子フォトグラファーの垂水佳菜(Kana Tarumi)。「佐々木さん、どんな人だった?」と聞いてみたところ、「特に会話のタイミングがなくて、めちゃシャイそうな人だった」「〈焼きそば、ひさびさに食べるな……〉って言ってた」とのこと。エバースファンとして妙に、勝手に納得してしまうエピソードだった。佐々木はニューヨークが発表した〈メロい芸人ランキング〉で見事1位を獲得したことが話題になったが、そんな佐々木の自然体な魅力が凝縮された写真も、本書の大きな魅力のひとつになっている。

「ここで1球チェンジアップ」の内容は、佐々木が幼少期から野球に打ち込んでいた頃、芸人としてまったく売れなかった時代、そして33歳の現在に至るまでの人生を時系列順に振り返ったもの。神保町よしもと漫才劇場(旧・神保町花月)に所属して腕を磨き、頭角を現しはじめた頃に始めた自主ラジオ「エバースのモンキー125cc」などで断片的に語られていたことも丁寧に追えるようになっていて、佐々木の生き様、彼が辿ってきた道程が立体的に見えてくるため、読んでいて感慨深い。

 

佐々木のパーソナリティが明かされてこなかった理由

そもそも、佐々木の背景やパーソナリティというのは、実はそこまで網羅的に、詳細に明かされていない。だから、熱心なファンでもこの本で初めて知る事実があるんじゃないかと思う。というのも、エバースの漫才自体がそうなのだが、ラジオやそれ以外の場所でも佐々木は相方の町田をいじること、町田のエピソードを語ることが圧倒的に多く、佐々木は自身のことを多弁に語るほうではない。

本書でも触れられているように、売れていなかった時代のエバースに目をかけ、転機をもたらしたのは、ライブ構成作家の山田ナビスコだ。佐々木がたびたび語っている逸話だが、山田が「ツッコミが町田じゃなくてもいいネタになっちゃっている。君がおもしろいのはわかったから、隣にいる町田をおもしろくしなきゃ意味がない」と指摘したことが、現在のエバースのネタ作りの起点になっている。本の中でも、〈おそらく大事だったのは、町田というものをどう理解するのか。町田をどうすればエバースのネタが面白くなるのか、ということだったんだと思います〉と述懐されているように。そういうわけで、エバースにおける佐々木の仕事の大半は、〈町田をおもしろくすること〉なのだ。

だからこそ、エバースの100%を担う〈100:0〉のブレーンでありながら、佐々木個人の話題は後回しにされがち。町田は町田で佐々木に興味がないのか、相方のエピソードをほとんど覚えていないので(それもどうかと思うが)、自然と町田がエバースの話題の中心になる。そういうわけで佐々木は、謎に包まれているというほどじゃないけれど、自身のエピソードも笑いに昇華させがちだし、よく知られていない面が存在する。それゆえに、佐々木が生い立ちや胸の内を曝け出したこの本を読む価値は大いにある。

 

なぜ佐々木はネタを緻密に構築できるのか?

エバースのネタは緻密に構築されている、とよく評価される。私もそう思うし、だからこそ彼らの漫才に夢中になった。たとえば、「M-1グランプリ2024」の決勝戦で披露し、エバースの名を一躍知らしめたネタ〈桜の木の下〉の構成。雑談のように自然な日常会話から始まり、一個ずつおかしなズラしを佐々木が加え、町田を巻き込んでいき、現実からかなりズレて解離した笑いの世界に観客を連れて行く――その映像喚起的な積み上げ方、展開の仕方が、とにかく巧みなのだ。

そして、もうひとつよく言われるのが、大学まで野球一筋で勉強をろくにしてこなかった佐々木が、なぜこんなネタを書けるのか?ということ。本書を読めば、その理由の一端が垣間見える。

たとえば、冒頭で描かれている小学生時代の自主練のエピソード。弱小高校に入った想定で甲子園を目指し、頭の中で詳細なストーリーや試合模様を組み立てながら、練習へ一心不乱に打ち込んでいたという(この部分を読んで、漫画家の藤本タツキが中学時代、脳内で空想の雑誌を作り、架空の漫画を複数連載させていた奇人エピソードを思い出した)。あるいは、NSC(吉本総合芸能学院)卒業後、ヨシモト∞ホール(現・渋谷よしもと漫才劇場)に所属したものの、月に2回しかライブがなかった時代の話。暇すぎて鬱屈としており、現実逃避するためにゲーム「パワフルプロ野球」を何十周もプレイし、選手のデータを詳細にノートに書き留めていたそうだ。また、ミヤギテレビ「OH!バンデス」のレギュラーコーナー「エバースの卵」で佐々木の実家に行った回も思い出す。そこでは、高校球児時代、試合や練習についてみっちりと書き込んだノートが映されていた。

つまり、何が言いたいのかというと、佐々木は、野球に対してもお笑いに対してもすさまじいほどに研究熱心で、ストイックに打ち込むことができる性質で(これは令和ロマンの髙比良くるまに通じるものがあるが、やはり方向性がちがう)、なおかつ想像力を自由に羽ばたかせるのが非常に得意だということ。だから、漫才をやるにしても、ネタを作り、現場で叩き、観客の反応を見ながら、猛烈なスピードでPDCAを回しまくっているのではないだろうか。常に楽天的で三大欲求に忠実な町田(本書では同居時代を振り返って〈猛獣〉と書かれている)とは真逆で、佐々木はかなり反省癖がある。鍛冶職人のようにネタを叩いて磨いていくストイックさが佐々木の本質であり、だからこそあの隙のないネタを生み出せているのでは?

 

どん底から這い上がる術はいくらでもある

そんな佐々木だが、前述の駆け出しの時代や、大学の野球部を辞めてゲームばかりやっていた頃など、ダメダメで落ち込んだ時期が長くあったことも本書では明かされている。そもそも、エバースはNSCでも落ちこぼれで、芽が出るのも遅かった。それ以前に、佐々木は甲子園出場というゴールに向かってまっすぐ生きてきたのに、その夢は叶わずに潰えた。

だからこそ、佐々木がこの本の中で綴った歩みは、多くの人に力を与えるものなのではないだろうか。所属するコミュニティや文化や社会からドロップアウトしてしまっても、いま周囲に認めさせる実力がまったくなくても、どん底から這い上がる術はいくらでもある、と言っているかのように読めるのだ。自助努力だけでなく、エバースをフックアップした山田ナビスコやオズワルドのような存在も重要で、自分を支えてくれる人、アドバイスをくれる人の大切さも、本書を読んでいて感じられる(……もちろん、本の中で散々愚痴を書かれている町田のような相方≒パートナーも)。

余談だが、連載が2024年から始まっていることは上に書いたが、エバースが劇場の枠を超えて一般的に認知されるようになったのは、「M-1グランプリ2023」の敗者復活戦で〈ケンタウロス〉のネタを披露したとき。なので、QJ編集者の慧眼というか、目のつけどころの鋭さには、同じ編集者として嫉妬を覚えるほどだ。

 

エバースを知るためのDVDや雑誌

なお、「ここで1球チェンジアップ」以外にも、エバースを知るために手に入れたい書籍などが多数ある。まずは初のDVD「エバース全国ツアー「エンタイトルスリーベース」」が、2027年3月10日(水)にリリースされる。現在開催中の単独ツアーのファイナル公演が収められる予定で、ツアーに行くファンも行くことが叶わない人も要予約だ。そして、本書とあわせて読みたい雑誌「クイック・ジャパン vol.184」も発売中。初の表紙で巻頭特集が40ページにわたって組まれている。「NYLON JAPAN」によるお笑い雑誌「OWARAI NYLON 03」は、裏表紙がエバース。また、ニューエラの最新コレクションを特集した「The NEW ERA Book Spring & Summer 2026」にもエバースが登場している。エバースの真骨頂である漫才はDVD「M-1グランプリ2025「漫才万歳」~連覇の先に、軟弱の星~」「M-1グランプリ2024 ~20回目、1万組の“夢の入口”~」で見よう。あの〈ドライブデート(通称・ルンバ車)〉〈桜の木の下〉という傑作を、いま改めて堪能したい。

 


BOOK INFORMATION

エバース, 佐々木隆史 『ここで1球チェンジアップ』 太田出版(2026)

発売日:2026年7月14日(火)
ISBN:9784778341350
仕様:四六判/240ページ予定
価格:1,980円(税込)

目次
【第一章】 なんにもない田舎で育てた自信 ──小学生~中学生時代
野球一族の末っ子として誕生 
弱小高校夢の(妄想)甲子園への道 
2003年の『M-1』はガチでえぐい 
井の中の蛙大海を知らず 
人を笑わせられるヤツがかっこいい 

【第二章】 甲子園には行けなかった人生 ──高校生~大学生時代
ついに始まった人生の「本番」 
空気を読んだ結果なったキャプテン 
ナメられたくない一心でつかんだ優勝 
手がかかりもしなかった最後のチャンス 
アウェーで知った本当の自分 
学生コーチって何? 
忘れられない親の顔 

【第三章】 まだ、本気出してないだけ ──NSC入学
超絶堕落大学生 
人生の新たな軸を探して 
「観る」から「やる」に変えたダイアンのラジオ 
大谷翔平マインドでNSCへ 
『M-1』が待っていてくれた…? 
めっちゃスベってたヤツと、とりあえずコンビ結成 
面白い漫才の作り方を知らないだけ 
何もわからないままプロへ 

【第四章】 最強の漫才師への道 ──デビューから下積み時代
感情を殺していた四軍時代 
やりすぎた現実逃避 
褒めてくれる人に出会い、動き出した芸人人生 
兄貴からのバイト代 
一回戦敗退経験「四回」 
恐怖と隣合わせの猛獣との暮らし 
エバース最大の危機 
何もできない相方の良さ 

特別コラム① 無限大地獄 
特別コラム② バイト先の美人なお姉さん 

【第五章】 人生、意外にうまくいってる? ──『M-1グランプリ』決勝進出後
『M-1』が持つパワー 
手放すしかなくなってしまった家宝 
キャッチャー・町田が出したサイン 
根拠のない自信に救われてきた 
野球少年が漫才師になって 

特別コラム③ 『M-1』決勝に行けた人生 
特別コラム④ 『桜の木の下』で 
特別コラム⑤ ちゃんみなの“本質を見極める能力” 
特別コラム⑥ ワインドアップはやめない 
特別コラム⑦ 終わらなかった夏休みの宿題 
特別コラム⑧ 好きだった子とポケモン 
特別コラム⑨ 『ABCお笑いグランプリ』
特別コラム⑩ 人類8週目の僕たちは
特別コラム⑪ 隣の大天狗の振り見て我が振り直す
特別コラム⑫ 記憶がない記憶 
特別コラム⑬ 全部ひっくり返す 
特別コラム⑭ とにかくおもしろい漫才を 
特別コラム⑮ 人生の最高傑作