タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さん。マスメディアやweb媒体などにも登場し、洋楽から邦楽、歌謡曲からオルタナティブ、オールディーズからアニソンまで横断する幅広い知識と独自の目線で語られるアイテムの紹介にファンも多い。退社後も実家稼業のかたわら音楽に接点のある仕事を続け、時折タワーレコードとも関わる真のミュージックラヴァ―でもあります。

つねにリスナー視点を大切にした語り口とユーモラスな発想をもっと多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい! ということで始まったのが、連載〈パノラマ音楽奇談〉です。第10回は2023年で一番の衝撃を受けたというAIR-CON BOOM BOOM ONESANとノーウェイヴについて綴ってもらいました。 *Mikiki編集部

★連載〈パノラマ音楽奇談〉の記事一覧はこちら


 

昨年の最優秀新人賞はAIR-CON BOOM BOOM ONESAN

今回は〈2023年に聴いた音楽を振り返る〉という回……にするつもりだったんですが、書き進めるうちにどんどん別の方向へとズレてきてしまいました。でも途中からなんとなくこの内容でも成立するような気がしてきたので、微妙に軌道修正をしながらつれづれなるままに筆(キーボードだけど)を走らせてみたところ、予定とはだいぶ異なる記事に相成った次第です。

2023年は洋楽が旧譜、邦楽が新譜を多めに聴いた印象ですが、洋邦も新旧も問わずにただただ強烈なインパクトを喰らったアーティストを一組選ぶとするならば、それはAIR-CON BOOM BOOM ONESANに違いありません。珍奇な名前に首をかしげる人も多いでしょうが、〈エアコンぶんぶんお姉さん〉という名前のピン芸人として活動している保坂ななみ(通称こんねき)のソロ音楽ユニットです。

配信オンリーの『AIR-CON BOOM BOOM ONESAN E.P.』で2023年1月にデビューしたので、ニューカマーと言っても差支えないでしょう。ということは、この場が単なる個人連載ではなく立派な音楽祭などであれば〈最優秀新人賞〉を獲得していたことになるかもしれません。我ながらよくわかりませんが、ようするに何かを贈呈してあげたいほどの心持ちだということです。

AIR-CON BOOM BOOM ONESAN 『AIR-CON BOOM BOOM ONESAN E.P.』 22nd Century Tunes(2023)

寡聞にして知りませんでしたが、彼女は昨年の日本テレビ「女芸人No.1決定戦 THE W 2023」で準決勝まで勝ち上がったらしいので、お笑い好きからはすでに注目の存在だったのかもしれません。ただ、僕がこんねきの音楽に惹かれたことと、彼女の芸人という属性はまるで関係がありません。では一体なにが強烈だったのかというと、それはもう〈サウンドそのもの〉と申しましょうか。最初に聴いたデビューEPの1曲目“っぽ(NO WAVE)”でもう一発ノックアウトでした。なんだこりゃ、まるでジェームス・チャンスじゃないか!

 

ノーウェイヴ代表ジェームス・チャンスによるチンピラ脱線音楽

70年代末のニューヨーク。パンクの嵐が吹き荒れた後のアンダーグラウンドシーンで勃興した先鋭的ムーブメント=ノーウェイヴの代表格ともいえるアーティストがジェームス・チャンスです。彼がコントーションズを率いて、テーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークス、マーズ、DNAと共に参加したオムニバスアルバム『No New York』は、シロウト同然の若者たちによる脱線音楽の極みとも言うべき一枚。直感イズムな初期衝動をルール無用の一発芸的演奏で解き放ったロック史のグラウンドゼロであり、〈音楽を演るのにテクニックとかスタイルなんて必要じゃない〉という真理を提示した傑作でもあります。

VARIOUS ARTISTS 『No New York』 Antilles(1978)

THE CONTORTIONS 『Buy』 ZE(1979)

コントーションズはわりと音楽的体裁が整っている方なのですが、それもあくまでノーウェイヴ一派のなかではという話で、やはり既存の枠組からは不器用にはみ出たローファイジャズパンクファンクといった感じのチンピラサウンドを身上としています。無造作にかき鳴らされる痙攣ギターと、ベンベンとひたすら単調に唸り続けるベース。そして田舎のヤンキーめいたルックスのチャンスが繰り出す、やたら薄っぺらいチャルメラみたいなサックスとふてくされたようなボーカル。

旧来のロックを否定したパンクやニューウェーブにさえもノー!を突きつける、チャンスの〈やりたいことをやるだけ〉なノーウェイヴスピリットはもはや清々しいほど。そして、AIR-CON BOOM BOOM ONESANはこのクセの強いサウンドをモロに踏襲していたのだから、のけぞる以外ありません。でも話はまだ本筋から外れ続けます。

 

魔都ニューヨークの映し鏡のようなレーベルZE

せっかくの機会なので、ノーウェイヴの隆盛に重要な役割を果たしたレーベルで、ジェームス・チャンスも所属していたZEレコードについても触れておきたいところです。

設立者のマイケル・ジルカとミッシェル・エステバンの頭文字から名付けられたZEは、ポストパンクもアングラディスコもヒップホップもロフトジャズも混沌としつつ揺籃していたニューヨークを中心に、各所の地下シーンから次々と特異な逸材を一本釣りしていたとても個性的なレーベルでした。

ジェームス・チャンス以外にも、IQ 165を誇るハーバード大卒の才媛で元モデルという謎の触れ込みで、可憐なロリータディスコを披露するクリスティーナ。フレンチニューウェーブの突飛でスタイリッシュな歌姫、リジー・メルシエ・デクルー。ありとあらゆる音楽をごった煮にしたような奇天烈ハイブリッドサウンドに圧倒されるウォズ(ノット・ウォズ)。ウサン臭い陽性ラテンポップを奏でて米米CLUBにも影響を与えたキッド・クレオール&ザ・ココナッツなどなど。

とにかく一筋縄ではいかないクセ者揃いでしたが、彼らはジャンルや国境といった障壁をやすやすと跳躍するフットワークとセンスと軽薄さを兼ね備えてもいました。ようするにZEレコードとは、人種の坩堝であるがゆえに平然と異文化を吸収し、とめどなく猥雑化する魔都ニューヨークの映し鏡のようなレーベルだったのです。

VARIOUS ARTISTS 『N.Y. No Wave』 ZE(2003)

当時のNYでは他にも、99レコーズとかCBGBとかパラダイス・ガラージとか興味深いネタは数多いんですが、これ以上ズレるのもあれなので、そろそろ話を戻すことにしましょう。