ニュー・アルバム『petal』を届けたのも束の間、現在のツアー終了後に公の場から離れ、休養に入ることを発表したアリアナ・グランデ。歌に演技に活躍の場を目覚ましく広げて第一線を駆け抜けてきた輝かしいキャリアをこの機会に改めて振り返ってみよう!
彼女が歌うために生まれてきたのは、火を見るより明らかだ。幼い頃から歌うことが大好きで、地元フロリダ州の劇団でミュージカル「アニー」を演じ、アイスホッケーのTV中継では国家を斉唱するなど、類稀なる歌の才能を早くから発揮していたアリアナ・グランデ。その天才ぶりを窺うことのできる、こんなエピソードがある。8歳の時に家族旅行でクルーズ船に乗っていたアリアナは、カラオケルームでセリーヌ・ディオンの“My Heart Will Go On”(映画「タイタニック」主題歌)を歌っていた。その様子をたまたま同じ船に乗っていたラテン・ポップの女王ことグロリア・エステファンが見つけて、思わず彼女と母親に「このまま歌い続けるように。あなたには素晴らしい才能がある。とにかく歌を続けなさい」と激励したのだという。
15歳でブロードウェイ・ミュージカル「13」のステージに立ち、16歳からニコロデオンのシットコム「ビクトリアス」に出演。赤毛のキャット役で人気を博し、そのスピンオフ版「サム&キャット」にも出演した。番組中では演技だけでなく歌も披露していたけれど、もちろんその頃から彼女がいちばんにめざしていたのは、シンガーになることだった。だが、彼女が歌いたかったようなR&Bを歌うにはまだ若すぎたこと、そしてリスナーの共感を得るのは難しいだろうという関係者のアドバイスもあって、まずは俳優としてスタートしたのだった。実際には、その頃からシンガーとしてシングル“Put Your Heats Up”を発表し、2011年にメジャー・デビューを飾っているのだが、本人も「子どもっぽい曲調だったし、自分らしくなかった」と後に明かしている。というわけで、2013年の“The Way”まで、本格的なシンガー活動は持ち越された。
ラッパーのマック・ミラーと共演したその“The Way”は、瞬く間に全米TOP 10入りを果たす大ヒットに。同曲が収録されたファースト・アルバム『Yours Truly』も、すぐさま全米No. 1を獲得した。ちなみに彼女はこれまで全8枚のオリジナル・アルバムを発表しているのだが、うち1枚を除く7枚が全米チャートで1位を記録。UKでも直近の6枚が全英1位に輝いており、全世界のチャートで常に記録を更新し続けている。
唯一無二のヴォーカリストとして
音楽ジャンル的な括りでいうと、彼女がもっとも大きな影響を受けてきたのはR&Bで、デビュー当初からマライア・キャリーやホイットニー・ヒューストンのような大物ディーヴァからの影響を明言していた。そこが音楽的な出発点であり軸となっているのは間違いないが、同時にセリーヌ・ディオンやマドンナなどのポップ系、少しマニアックかもしれないイモージェン・ヒープに傾倒していたり、レゲエやヒップホップ、ソウルやエレクトロニック、ジャズやフォークなど、楽曲に応じて柔軟に取り入れている。例えばセカンド・アルバム『My Everything』(2014年)ではゼッドとコラボした“Break Free”でEDMに挑戦し、サード・アルバム『Dangerous Woman』(2016年)ではレトロ・ソウルやエレクトロ・ハウス、4作目の『Sweetener』(2018年)や5作目『thank u, next』(2019年)ではトラップを大胆に導入してみたり、6作目の『Positions』(2020年)では強靭かつバウンシーなビートが印象的だった。また2024年の7作目『eternal sunshine』(2024年)から最新作の『petal』になると、ウィスパー・ヴォイスを巧みに操った独自のダンス・ポップを開拓し、アリアナならではの前人未到の領域に到達したとさえ思わせる。
サウンド面の裾野が広がるにつれ、歌い方もかなり変化した。初期には、小柄な体から、どうしてこんなに大きな声が出るのだろうか、と首を傾げるほどの熱唱で皆を驚愕させた。力の限りに声を張り上げ、アクロバティックな歌唱で圧していたが、そこから次第にしなやかなウィスパー・ヴォイスで、美しいハーモニーを多層に積み上げる、繊細かつ抑揚に富んだスタイルへとシフト。いまでは耳にした瞬間にアリアナだとわかる唯一無二のヴォーカル・スタイルが確立され、彼女の影響を受けたと思われる他アーティストの歌声を耳にする機会も増えてきている。

楽曲で歌われる内容には、“God is a woman”に代表される女性の地位向上、後述するマンチェスター事件後の心境を綴った“no tears left to cry”や、メンタルヘルスに関する“breathin”など、シリアスかつ真摯なテーマも多い。その一方で、自身の恋愛体験から紐解いたユーモア溢れる歌詞も彼女ならではの特長だ。“pete davidson”など恋人の名をそのままタイトルにしてみたり、“thank u, next”で自身の破局を盛大に皮肉ったり、“Side To Side”“Everyday”“34+35”のように過激かつウィットに富んだセックス描写もお手のもので、常に遊び心を忘れない。故マック・ミラーからビッグ・ショーン、ネイサン・サイクス(ウォンテッド)、マイク・フォスター(ソーシャル・ハウス)まで、コラボ相手との交際歴が多いのも気になるところだが、現在も彼女の元バックダンサーだったリッキー・アルヴァレスとの復縁が報じられている。
コラボと言えば、最多共演と思われるニッキー・ミナージュを筆頭に、敬愛するマライア・キャリーからレディー・ガガ、スティーヴィー・ワンダー、ジャスティン・ビーバー、マイリー・サイラス、トロイ・シヴァン、イギー・アゼリア、ジョン・レジェンド、カルヴィン・ハリスなどなど……数えきれないほどのアーティストとコラボを重ねてきた。いまやメガ・スターとなったウィークエンドのメジャー・ブレイクが、2014年の彼女とのデュエット“Love Me Harder”だったことも忘れてはならないだろう。また、2023年のファースト・アルバム『JAGUAR II』で開花したヴィクトリア・モネイが、長年にわたって彼女の良き親友であり共作者を務めてきたこと、2024年のアルバム『MUTT』でグラミー賞6部門にノミネートされた(うち2部門を受賞)レオン・トーマスが、TVシリーズ「ビクトリアス」の共演者であり、彼女の初期作品に貢献していたことも付け加えておきたい。
もっとも、近年の映画「ウィキッド ふたりの魔女」(2024年)と「ウィキッド 永遠の約束」(2025年)で初めて彼女を知った、興味を持ったというファンもいるかもしれない。「ビクトリアス」のみならず、TVドラマ「スクリーム・クイーンズ」(2015年)やTVミュージカル「ヘアスプレー ライブ!」(2016年)、映画「ドント・ルック・アップ」(2021年)など、折あるごとに演技にも挑戦してきた彼女。とはいえ、10代始めからずっと憧れ続けてきたというミュージカルの「ウィキッド」は、アリアナ自身にとって特別な作品であり、その映画版でメイン・キャストを演じたことは、彼女のエンターテイナーとしてのキャリアにおける集大成とも言えるし、ひとつの大きな帰着点だったのではないかという気がする。しかも映画は世界中で大ヒット。彼女の歌と演技も大絶賛で迎えられた。アリアナはアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、主演女優賞候補のシンシア・エリヴォとアカデミー授賞式で“Defying Gravity”などを歌った際には、スタンディングオベーションで迎えられた。また映画絡みでは、先述した自身7枚目のアルバム『eternal sunshine』も映画からヒントが得られた作品で、彼女が以前から大ファンだと公言してきたジム・キャリーとケイト・ウィンスレット主演の映画「エターナル・サンシャイン」にインスパイアされていた。
内面の苦悩
さて、ここでやはり触れておかなければならないのが、2017年の彼女のマンチェスター公演における自爆テロ事件だろう。観客22人と実行犯が死亡し、239人以上が負傷。精神的な負傷者を含めると700人以上にのぼると報告されている。彼女も精神的障害PSTDを患っていると後に告白。さらに2018年には、元交際相手のマック・ミラーが、薬物の過剰摂取で急逝するという悲劇にも見舞われる。また自身の離婚や愛する祖母の他界など、さまざまな悲しい出来事が続き、そのうえ、彼女の体型に対する誹謗中傷がSNSを中心に容赦なく繰り広げられ、一大争議となっている。〈他人の体型批判をするべきでない〉と彼女は幾度となく訴えてきたが、インフルエンサーやメディアを巻き込み、いまだに収拾がつかない状態だ。デビュー以来ノンストップで活動を続けてきた彼女が、いったん歩みを止めて休養したいと考えたとしても無理はないという気がする。彼女は9月上旬までの〈Eternal Sunshine Tour〉のロンドン公演を最後にしばらく表舞台から遠ざかることを決意。だが、その前に密かに制作していたのだろうか、突然届けてくれたのが8作目となる最新アルバム『petal』というわけだ。
前作『eternal sunshine』からは約2年半ぶり。先行リリースされたリード・シングル“hate that i made you love me”はいきなり全米チャートで1位を獲得し、アルバム『petal』も全米のみならず世界各国のチャートで首位を記録した。ドリーミーで、ソフトタッチで、ミニマルなサウンドスケープは、前作『eternal sunshine』に通じるもの。彼女の存在にも通じる軽やかさや脆さ、儚さを携えている。“freak”や“bad thing (bunny hop)”など、曲によってはポップ/インディー・ロック的な要素も新たに加わった。
彼女と共にこのアルバムのプロデュース面で舵を握ったのは、初期からアリアナ作品に関わってきたイリア・サルマンサデー。マックス・マーティンも3曲に関与した。エド・シーランからテイラー・スウィフトまでこの2人が関わらないポップスターを探すほうが難しいかもしれないが、アリアナにとっては、さまざまなプロデューサーや共作者と仕事をしつつも常に帰着する、頼れるバックボーン的な存在だ。マンチェスター事件の後など、彼女が苦境に陥った時にも、寄り添い、導いてくれたという人たちである。彼女がいまもっとも必要としているのは、こうした気の置けない仲間たち。本作にゲストが一切招かれず、最小限の身内のようなスタッフだけで制作されているのも頷ける。
ロマンティックなラヴソングから、過激なセックス描写まで、アップリフティングな楽曲も多く並ぶアルバム『petal』だが、同時に有名税やファンとの関係性、メディアに対するフラストレーションといった、現時点の悩みがたっぷり盛り込まれた問題作であることも確か。タイトル曲“petal”のMVにドギモを抜かれたファンも多いのではないだろうか。普段はあんなにキュートでスウィートな彼女が、ホラー映画のように血飛沫を上げ、怒りを迸らせる。これが現在のアリアナの心境なのだろうし、彼女が最後に伝えておきたかった本心を反映しているのだろう。いつか〈そんなこともあったよね〉と笑える日が来ることを祈りつつ、いまは〈ありがとう。ゆっくり休んで、また歌ってね〉と彼女に伝えたい。日本贔屓で、愛犬家で、ヴィーガンで、LGBTQアイコンで、タトゥー・マニアで、ポニーテールがトレードマーク……と、さまざまな顔を持っているアリアナ。だが、歌っている時が最高に素敵なのは間違いないのだから。 *村上ひさし
アリアナ・グランデの客演した作品を一部紹介。
左から、カルヴィン・ハリスの2017年作『Funk Wav Bounces Vol. 1』(Columbia)、カシミア・キャットの2017年作『9』(Interscope)、ドージャ・キャットの2021年作『Planet Her』(Kemosabe/RCA)
左から、2003年のサントラの15周年記念盤『Wicked: 15th Anniversary Special Edition』(Verve)、2024年のサントラ『Wicked』、2025年のサントラ『Wicked: For Good』(共にRepublic)
アリアナ・グランデの客演作品を一部紹介。
左から、デミ・ロヴァートの2021年作『Dancing With The Devil... The Art Of Starting Over』(Island)、ドケリー・クラークソンの2021年作『When Christmas Comes Around...』、チャーリーXCXの2024年作『Brat And It’s Completely Different But Also Still Brat』(共にAtlantic)、バーブラ・ストライサンドの2025年作『The Secret Of Life - Partners Volume Two』(Columbia)
WHAT IS THIS FEELING?
スクリーンや画面をドラマティックに彩ってきたアリアナの歌
キャリアの起点がミュージカルで、その後はTVのシチュエーションコメディ・ドラマ「ビクトリアス」で全国区の名前になったアリアナだけに常に演劇やドラマ、映画との距離は近く、本人がキャストを務めたもの以外でも純粋にヴォーカリストとして起用されている例は多い。スティーヴィー・ワンダーと歌った映画「SING/シング」(2016年)のエンディングテーマ“Faith”や、実写版映画の「美女と野獣」主題歌の“Beauty And The Beast”をジョン・レジェンドとデュエットしたことはよく知られているだろう。さらにはリブート版「チャーリーズ・エンジェル」(2019年)の豪華なサントラにプロデューサーとして関わり、マイリー・サイラス&ラナ・デル・レイとのトリオ共演のほか、チャカ・カーン、ヴィクトリア・モネイらとのコラボを披露していたことも忘れ難い。それでも歌唱/演技の実力を問われる「ウィキッド」まで大きな出演作がなかったことにも彼女の本気は垣間見える。 *狛犬
左から、2011年のサントラ『Victorious』(Nickelodeon)、2017年のサントラ『Beauty And The Beast』(Walt Disney)、2019年のサントラ『Charlie’s Angels』(Republic)、2024年公開作のBD「ウィキッド ふたりの魔女」、2025年公開作のBD「ウィキッド 永遠の約束」(共にハピネット)
