©Ben Wolf

〈君たちはどう生きる?〉
映画も音楽もまた今の私たちに問いかける

 今のところ〈最後〉の宮崎駿監督長編作品である「君たちはどう生きるか」は戦時下の日本を舞台としながら、眞人という少年の経験する時空を超えた旅をスタジオ・ジブリが培ってきたアニメーション技法をぞんぶんに駆使して映像化した作品である。第92回アカデミー賞で長編アニメ映画賞を受賞した。映画の音楽は「風の谷のナウシカ」以来のコンビである久石譲が担当。米津玄師の主題歌“地球儀”も話題となった。その映画のためのサウンドトラックから久石譲があらためてオーケストラと共演するために書き下ろしたのがこの『Symphonic Suite The Boy and the Heron for piano and orchestra』だ。2025年4月13~15日に、ロンドン、AIR Studiosで録音された。オケは英国の名門ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団。

 映画のサウンドトラックは2023年8月発売で、長編アニメーションらしく全37曲(主題歌を含む)というボリュームを持っていた。今回の『Symphonic Suite』ではそれを全14曲とし、しかも編成としてはフル・オーケストラではなく少し小さめ編成を採用し、ピアノが加わることで、また新たな世界を開いている。その全体の流れとしては、「前半が現実世界を生きる孤独な少年の姿を描き、後半では天国でもあり地獄でもある想像の世界を探究しています」と久石自身はコメントしている。

久石譲, ROYAL PHILHARMONIC ORCHESTRA 『Symphonic Suite The Boy and the Heron for piano and orchestra』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2026)

 第1曲目となる“Ask me why (I)”はピアノのモノローグからスタートし、そこに動きを持った弦楽器と打楽器が加わり、それらが次第に溶け合っていくという音楽が展開されている。ピアノのダイナミックな動きで始まる第2曲目の“Gray Heron”はこの作品の狂言回しといえる青サギのテーマ。この青サギだけでなく、後半に登場するインコ大王やセキセイインコ、老ペリカンなど、鳥と人間の不思議な交流を描いているのもこの映画の特徴であったが、そこには太古から日本という土地に息づく人と鳥の関わりを示唆するものがあった。主人公・眞人がそこに気付くまでの時間こそが、隠されたテーマのひとつだったと思う。

 第5曲“Sanctuary”あたりから、一般的な交響曲のスタイルで言えば緩徐楽章的な部分に入っていく。低弦とピアノのアルペジオに弦が重なる。第7曲“Warawara”では日本の童謡、古謡の引用とも感じるメロディを使う。それをもうひとつの主題としながら、第9曲“Rain of Fire”からオーケストラによるドラマティックな動きの音楽が始まる。ドラマティックと言っても、楽章が変わった途端に表情の変わるクラシック音楽とは違い、弦の細かな動き、分散されたリズムなどによって、次第に音が積み上げられ、メロディの断片が積み上げられ、打楽器などによって音色も次々に変化していく。そこは映画音楽だけでなく、ミニマル・ミュージックを追求してきた久石らしさの溢れてくるシチュエーションである。

 そして、最後の第14曲“Ask me why (II)”では再びピアノが前面に出てくる。これをピアノによる〈問いかけ〉のテーマと呼んでも良いと思うが、〈どう生きるか〉の問いに対して、自分自身が答えを出さなければいけない人生の時期を迎えた眞人の内面を描いているようにも思える。サウンドトラックの音楽的要素を巧みにちりばめながら、新しい作品として構成されたこの『Symphonic Suite』は、おそらく世界中のコンサートホールなどで演奏されるに違いないが、音楽作品としての完成度の高さも特筆される。作曲家として、また指揮者として円熟の時期を迎える久石の魅力をたっぷりと感じさせてくれるアルバムとなっている。