久石譲、宮﨑駿作品集でドイツ・グラモフォン・デビュー!
新編曲 × ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団による豊潤な響き!

 確か1990年代の終わりから2000年初頭の頃だったと思う。取材の席で久石譲は何度となくこうつぶやいた。

 「やっぱり、〈作品〉を作らないとダメだよね」

 音楽家としてある種の閉塞感に包まれていたのではないか。映画音楽の作曲を繰り返すだけでは限界がある。正当な評価を得るにはどうしたらいいのか。クラシック曲をめぐる指揮活動もその手探りの一環である。

久石譲, ROYAL PHILHARMONIC ORCHESTRA 『A Symphonic Celebration - Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2023)

 ドイツ・グラモフォンというレーベルでのデビューは、久石にとって新たな評価への〈窓口〉にほかならない。その第一歩に宮﨑駿監督作品の楽曲が並ぶのも当然だろう。現状、世界との最大公約数はそこにあるのだから。

 それにしても、よくも並べたり、の感がある。「風の谷のナウシカ」から「風立ちぬ」まで10作品すべてが網羅されている。一作品ごとに短いハイライト曲がメドレー形式でつながれており、ともすれば細切れのダイジェストに終わりかねないところを、久石の新編曲はアルバムとしての満腹感を損なうことなく、確かな〈実り〉へと昇華させた。構成的には、終盤の「ハウルの動く城」が落ち着きをもたらす要石になっているだろうか。

 特筆すべきは音響面である。セント・ジャイルズ・クリップルゲートなるロンドンの教会で行われた録音は、得も言われぬ奥行きと広がりを獲得しており、その豊かな音場を前にすると、あらためて名門レーベルが培ってきた技術と歴史に嘆息するほかない。もしかしたら、これまでで最も細部の際立ちとまとまりが美しく感じられる久石作曲&指揮作品のひとつなのではないか。アルバムの題名〈交響的祝祭〉にまったく恥じていない。

 管弦楽だけの演奏にとどまらず、ふんだんに歌唱も交えているあたりも特徴だろう。「もののけ姫」「天空の城ラピュタ」「千と千尋の神隠し」「となりのトトロ」では日本語歌詞が飛び出す。歌っているのはバッハ合唱団の面々。思い切ったことをやる。一方で、「崖の上のポニョ」「となりのトトロ」の“さんぽ”は英語訳詞で歌われる。さらに久石の娘・麻衣が「千と千尋の神隠し」久石版主題歌の歌唱を務めている。いずれもなじみのある楽曲ばかりだが、音響的な至福も手伝って、少しも飽きさせない。むしろ、スリリングですらある。

 久石譲は常に過渡期にある作家である。その創作と表現に完成もゴールもない。だから、いつもあがいている。満たされることなき魂は、名門レーベルにおいても新たな輝きとカオスを放つだろう。今年73歳、まだ遅くない。久石譲の本格的な世界への出発を祝いたい。