THE NEWEST ERA
[ 特集 ]2015年のヒップホップ・スタンダード
年明けから話題作が立て続けに届き、またまた熱を帯びるUSヒップホップの世界。各々の魅力に溢れたカラフルキャラクターを紹介していきましょう!
WORK IN PROGRE$$
ジョーイ・バッドアスとNYルネッサンス
そこに乗っているのか、定点から眺めているのかはさておき、列車がどんどん走り抜けていって、景色はどんどん変わっていく。とりわけ2015年は、視界に大映しになるようなビッグな作品が第1四半期から相次いで届けられたという印象があるだろう。3月にはケンドリック・ラマー、2月にはドレイクによるサプライズがあり、そして1月には、ここで紹介するジョーイ・バッドアスのアルバム『B4.Da.$$』があった。この後にはカニエ・ウェストやエイサップ・ロッキーの新作も控えていることを思えば、広範な層のリスナーからも支持を得るカリスマたちの、とんでもなく大粒の作品がラインナップされる豊作の年とすでに言ってしまっても差し支えない(反面、ビッグ・タイトルにのみ興が集中するような光景は好ましいことばかりでもないけれど!)。
駆け足で掴んだ成功
その否応ない流れの速さは、例えばいま名を挙げたエイサップ・ロッキーの“1 Train”を思い出せばさらに明瞭になる。ロッキーを中心にアクション・ブロンソン、ビッグ・クリット、ダニー・ブラウン、ケンドリック・ラマー、イェラウルフ、そしてジョーイ・バッドアスがエントリーされた同曲は、2013年が明けた時点での期待株を取り揃えた〈新世代〉のマイクリレーだった。それから2年が経過して、それぞれが当面の看板となる作品を完成させたことに感慨を覚える人もいるだろう。もちろん『B4.Da.$$』こそが、ジョーイ・バッドアスにとってのそれだ。
ブルックリンから登場したジョーイと、彼の所属するプロ・エラが下地にしているのは、いまもって〈ゴールデン・エラ〉と呼ばれる90年代のNYヒップホップだが、そのサウンドに寄せられる眼差しはいまやノスタルジックなものばかりではなくなっている。演じ手も受け手も黄金時代を実質的に体験していない世代が、同時代のさまざまなトレンドも吸収したうえで自然に選びとったアティテュードだからこそ、単なるオマージュではないフレッシュな姿で〈NYルネッサンス〉を推進できたのだろう。
2009年にキャピタル・スティーズらとクルーを組織した際、ジョーイは弱冠14歳だった(86年生まれ)。YouTubeにフリースタイルを投稿してシネマティック・ミュージックと契約したのは翌年で、2012年にはクルーの『The Secc$ Tap.e』、そしてソロ名義での『1999』と2作のミックステープをリリース……と、瞬く間にそのスタイルを新しいものとして浸透させた。
そこからはフラットブッシュ・ゾンビーズやアンダーアチーヴァーズと〈ビースト・コースト〉のムーヴメントを打ち出し、盟友キャピタル・スティーズの急逝という深い悲しみも乗り越えて、次なるミックステープ『Summer Knights』(2013年)などでも世の期待感をグイグイ惹き付けつつ、待望のオフィシャル・アルバムにまで辿り着いたのである。
2015年のフレッシュさ
本国USで『B4.Da.$$』が登場したのは、ジョーイが20歳の誕生日を迎えた1月20日。『1999』の頃からプロ・エラと深く関わるスタティック・セレクターが手掛けた“Save The Children”での導入から、ソウルフルな温かみと重みを備えたファットなグッド・ヴァイブが、主役のストリート・スマートな語り口を活き活きと躍動させていく。同じスタティックのプロデュース曲では、古典への敬意を明快に表した先行カットの“No. 99”“Curry Chicken”もあるが、アルバムの中身にいわゆる伝統主義にしがみついたような側面はまるでない。
いかにもDJプレミアらしい“Paper Trail$”や直球で弾けるブーンバップの“Christ Conscious”、フレディ・ヨアキムによるジャジー&メロウな“Piece Of Mind”と“On & On”、J・ディラの未発表ビートをルーツが整えたBJ・ザ・シカゴ・キッド参加の“Like Me”……と、これまでの持ち味を活かしたジョーイ節で芯を通しながら、一方ではクロニックスを迎えたレゲエ寄りの“Belly Of The Beast”もある。さらに、プロ・エラ仲間であるチャック・ストレンジャーズは、ドラムンベースっぽい“Escape 120”や、カイザ客演のアッパーでファンキーな“Teach Me”で主役からモロな新しさを引き出すことに成功した。
コンシャスな説得力と、ザラリとした聴き心地の良さ。あなたがどんなリスナー遍歴を持っていようと、ここでジョーイが提示した恐るべきフレッシュネスは、確実に2015年のサウンドとして届くに違いない。そしてそれは、本作が今年を代表するアルバムの一枚だということを如実に示してもいるのだ。