天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、この一週間に海外シーンで発表された楽曲のなかから必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。先週の初めにドラマーのハル・ブレインが亡くなったことが発表され、そして今日、ギタリストのディック・デイルの訃報が飛び込んできました」

田中亮太「まさに〈巨星墜つ〉というか……。20世紀のポップ・ミュージックに大きな影響を与えた2人が亡くなりました」

天野「2人とも日本の音楽家やリスナーに愛されたミュージシャンですしね。特にロネッツの“Be My Baby”(63年)などが有名なハル・ブレインの偉大さには、亡き大滝詠一さんや山下達郎さんを通して触れたという方も多いのでは」

田中「そんなさなかに内田裕也さんが亡くなったというニュースも伝わってきました。平成も終わるわけですが、何か20世紀の終わりに立ち会ってる気分になりますね」

天野「ですね……。偉大な先達たちにリスペクトと哀悼の意を捧げつつ、僕たちは彼らのバトンを受け取った21世紀の音楽を聴くことにしましょう。それでは今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」

 

Holly Herndon “Eternal”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉はホーリー・ハーンダンの新曲“Eternal”。かなり過激でエクスペリメンタルな一曲ですね」

田中「この曲はハーンダンが人工知能、つまりAIとのコラボレーションで制作したという挑戦的な新作『PROTO』からのリード・シングルです。彼女は昨年、フットワーク・シーンのなかでも実験的な作風で知られるジェイリン(Jlin)と“Godmother”という曲を発表してますね。そこにも〈参加〉していたのが〈Spawn〉という名のAIベビーでした」

天野「“Godmother”については〈NEWREEL〉というメディアの記事が詳しいですね。ジェイリンの作品や声からSpawnが〈母〉を想像し、ハーンドンの声でそれを再現する。そこに演奏というものは存在せず、Spawnの〈成長過程〉が楽曲になってるんだと」

田中「未来的すぎてよくわかりません……。彼女はメディア・アートに近い発想で音楽を作っているということでしょうか?」

天野「ですね。ハーンドンはもともとNYのレーベル、RVNGから作品を出してて、2000年代後半から2010年代前半のエクスペリメンタルの盛り上がりに一役買った音楽家です。音楽性は違えど、アルカやジュリア・ホルタ―、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーといったミュージシャンたちがバーッと出てきた後に注目されました。4ADから発表した傑作『Platform』(2015年)で一気に知られるようになりましたね」

田中「“Eternal”や“Godmother”でも聴けるとおり、声による表現の可能性を追求する音楽家と言えそうですね。ビョークがすべての音をアカペラの声だけで表現した『Medúlla』(2004年)というアルバムがありましたが、その志向性を別の方法で受け継いでいるような感じというか」

天野「でも、これだけ実験的なのになぜかポップに聴こえるのが不思議ですよね。そこもビョークに通じます。オーケストラル・ヒットの響きとか、川井憲次の劇伴みたいな宗教的なムードのコーラスとか、取り合わせは過激なのにどこか親しみやすいという」

田中「確かにそうですね。ホーリー・ハーンダンの『PROTO』は5月10日(金)リリースです。どんな作品になっているのか想像もつきません……」

 

Beast Coast feat. Joey Bada$$, Flatbush Zombies, UA, Kirk Knight, Nyck Caution & CJ Fly “Left Hand”

天野「2曲目はビースト・コーストの“Left Hand”。フィーチャリングにすっごくたくさん名前が並んでますね」

田中「僕はジョーイ・バッドアスとフラットブッシュ・ゾンビーズ以外知らないのですが……。〈UA〉っていうのは、まさか日本のシンガーのUAじゃないですよね?」

天野「もちろん違います! アンダーアチーヴァーズ(The Underachievers)の略称ですね。AK・ザ・セイヴィアーとイッサ・ゴールドの2人組で、NYのブルックリン、フラットブッシュを拠点にしています」

田中「ということは、彼らの活動場所はフラットブッシュ・ゾンビーズと同じ?」

天野「ですね。というか、この曲に参加しているのはみんなNYのラッパーです。ちなみに、お忘れかもしれませんが、CJ・フライもカーク・ナイトもデッシー・ハインズの“Loose Ones”を紹介したときに名前を挙げてますよ! ジョーイとCJ、カーク、ニック・コーションはクルー〈プロ・エラ〉のメンバー。フィーチャリングで名前が連なってますが、プロ・エラやUA、フラットブッシュ・ゾンビーズのメンバーたちがビースト・コーストの成員なわけです」

田中「なるほど。〈Beast Coast〉というグループ名も〈East Coast〉に引っ掛けてて、東海岸の新世代をレペゼンしてるわけですね。〈Nyck Caution〉の〈Nyck〉も〈NYC〉に掛かってると」

天野「まさに。〈東海岸を盛り上げるぜ!〉って気概を感じますよね。いまのラップ・シーンってアトランタを中心とした南部が一番で、次いで西海岸が優勢って感じは否めないですから……」

田中「そんな東海岸のスーパー・グループのオフィシャルなデビュー・ソングがこの“Left Hand”だと。ジョーイを筆頭にこれだけの人数のラッパーが参加してますから、マイク・リレーが圧巻ですね」

天野「ダークなムードのプロダクションではありますが、多数のラッパーが矢継ぎ早に言葉を叩きつけていく感じが堪らないです。イントロの〈Beast Coast startin' off〉っていう宣言も威勢がいい! そんなわけで、彼らについてはグループの説明だけでだいぶ字数を費やしちゃいました」

 

ScHoolboy Q “Numb Numb Juice”

天野「3曲目はLAのラッパー、スクールボーイ・Qの新曲“Numb Numb Juice”です。Qはケンドリック・ラマーやジェイ・ロック、アブ・ソウル、SZAなどなど、カリフォルニアの人気ラッパー/シンガーが多数所属しているTDEことトップ・ドッグ・エンターテインメントに属しています」

田中「最近ではケンドリックが主導した『Black Panther: The Album』はもちろんのこと、超売れっ子プロデューサー、マイク・ウィル・メイド・イット主導の『Creed II: The Album』にも参加してますね。後者は映画『クリード 炎の宿敵』のサントラです」

天野「ですが、彼自身の新曲はひさびさの発表でした。Qはセカンド・アルバム『Habits & Contradictions』(2012年)、全米1位を獲った出世作『Oxymoron』(2014年)、それに続く『Blank Face LP』(2016年)など、力作ばかりを届けてくれるアーティストなんです。それなのに、ケンドリックほど日本では知名度が高くないなーと」

田中「この“Numb Numb Juice”が収録される次のアルバムで、日本でもブレイクするかもしれませんよ。それにしてもこの曲、本当に勢いがありますね。ビートにもQのラップにもハッとさせられる力強さを感じます」

天野「2分しかないんですけどね。いまはストリーミング対策で曲が短くするアーティストが増えているという話もありますが、それを逆手に取ったかのような一曲。間奏がまったくなくて、イントロから最後のヴァースまで一気に聴き手に言葉を叩きつける感じです」

田中「〈2ドアのクーペからびっくり箱のように飛び出す〉というサビのフレーズどおりな感じというか……。Geniusによれば、曲名の〈numb numb juice〉とはアルコールを指すベイエリアのスラングで、ラッパーのE-40が広めた言葉だとのことです」

天野「へー。いかにもQらしいですね。ソランジュの『When I Get Home』がまさにそうでしたが、彼の新作がこういう短い曲によって埋め尽くされてたらきっとおもしろいだろうなと期待してます」

 

Shura “BKLYNLDN”

天野「続いては新進気鋭のアーティスト、シューラの“BKLYNLDN”です。彼女は西ロンドン、シェパーズ・ブッシュ出身とのこと。歌声もだいぶ変調されてて曲もR&B的なムードだったので、アフリカ系の歌手かと思いました」

田中「確かにジャジーですし、アルト・サックスやリムショットの響きが効いてて、かなりネオ・ソウル的な楽曲ですよね。一方で未来的な音色のシンセサイザーが特徴的で、UKベースとの関係が深いケレラやネイオの音楽に通じるものを感じるかも」

天野「なので、すごくエクレクティックな音楽だと思いました。2016年のファースト・アルバム『Nothing's Real』を聴いてみたら、まだ80sなシンセ・ポップとディスコ/ハウス、R&Bの中間みたいな音楽性なんですよ。それ以来3年ぶりの新曲となるわけですが、けっこう化けた感じがします」

田中「〈BKLYNLDN〉、つまり〈ブルックリンロンドン〉という曲名のとおりに彼女はロンドンからブルックリンに移住したみたいですし、そういった変化がサウンドにも影響したのでしょうか。レーベルもジャグジャグウォーやデッド・オーシャンズとともにアメリカのインディーを牽引するシークレットリー・カナディアンに移籍しました」

天野レーベルのプレス・リリースでは、肉体的な欲望から始まったガールフレンドとの関係性について〈This isn't love〉と思ったけれど、結局は恋に落ちている自分に気付き、彼女のいるブルックリンへと居を移したことが語られています」

田中「つまり、その経験がこの“BKLYNLDN”に結実したわけですね。まさにアメリカ的な音楽とイギリス的な音楽との見事な折衷を聴かせる一曲でした」

 

King Gizzard & The Lizard Wizard “Fishing For Fishies

天野「最後は〈PSN〉でいつか紹介したいと思ってたキング・ギザード&ザ・リザード・ウィザードの新曲“Fishing For Fishies”。長いバンド名がユニークな彼らはオーストラリアのサイケデリック・ロック・バンドですね」

田中「今年は〈フジロック〉で待望の初来日ライヴが実現することでも話題です」

天野「超うれしいな~! ずっと観たかったんですよ」

田中「オーストラリアのサイケといえば、近年はテーム・インパラやポンドメチル・エチルらを輩出したパースに注目が集まっていますが、彼らはメルボルン出身です」

天野「メルボルンもアヴァランチーズやカット・コピーの出身地として知られてますよね。で、キング・ギザード&ザ・リザード・ウィザードは2010年に結成された7人組です。多作なバンドとしても有名で、すでに13作ものアルバムを発表。2017年には5作もリリースしたという。どこを目指してるんでしょう……。僕もいくつかアナログで持ってますが、最近は追いきれてません」

田中「とにかく出しちゃう感じがガレージ・ロック精神の本流を継承している感じがしますね。この曲はそんな彼らが4月26日(金)にリリースするフォーティーンス・アルバム『Fishing For Fishies』の表題曲。ブラシを使った軽快なドラムとギター・アルペジオが爽やかな印象を残します」

天野「メロディーやハーモニーも朗らかですよね。シャッフルのリズムが効いた楽しいカントリー・ロック・ナンバーで、終盤にはブルースハープやオルガンの響きがサイケの桃源郷へと誘います。でも、どこか楽天的というかおバカというか……。コミカルなビデオや〈魚のための魚釣り/魚釣りは魚たちをハッピーにしない/僕もそうだ/魚たちにはホントに申し訳なく思ってるよ〉っていう歌詞もシュールすぎます」

田中「フロントマンのスチュ・マッケンジーは新作についてのステイトメントで〈僕たちはブルースのレコードを作ろうとしたんだ〉と綴っています。続けて〈ブルースとブギーとシャッフル、そしてほんのちょっとの何か〉とも。確かに、先に公開された“Cyboogie”は曲名のとおりブギーなサウンドでした」

天野「この2曲を聴くかぎり、新作はポップ・アルバムとして優れたものになっているような予感が……。まあ、このバンドは蓋を開けてみるまでわかりませんが。ともかく楽しみです。〈フジ〉でのライヴは必見かと!」