シンプルな構造に立ち戻り、さらなる美しさを獲得した運命的な新作

 「前回のアルバムでは、俺の中にあるあらゆるものを出し切ったって感じだった。だから今回はシンプルな構造に戻りたかったんだ。でも考えすぎたりもして……あれは戦いだったよ。曲のソウルというかエッセンスというか、そういうものはとにかくシンプルであるべきなんだ」。

 新作『Fated』についてそう語るのはノサッジ・シング。〈Low End Theory〉の当時を象徴するようなファースト・アルバム『Drift』(2009年)は、フライング・ロータスの『Los Angeles』によって盛り上がりを世に伝えたLAビート・シーンにあって、その最新型としてのノサッジ・シングの名を大いに広めた作品だった。ただ、その余波も引いた2013年のセカンド・アルバム『Home』では、トロ・イ・モワらとのコラボを通じて、より広い層のインディー・リスナーにリーチする作風に変容。なかでもブロンド・レッドヘッドカズ・マキノを迎えた先行シングル“Eclipse/Blue”は、Perfumeなどで知られる真鍋大度がMVを手掛けたことも話題となり、YouTubeでもこの種の音楽としては異例に違いない再生回数を記録したものだった。それから2年で届いたのが今回の新作『Fated』というわけだが、変化は冒頭の発言の通りに訪れている。

NOSAJ THING Fated Innovative Leisure/BEAT(2015)

 よく考えれば、〈Low End Theory〉というムーヴメントを軸に、そこに〈Beat Dimension〉というキーワードも絡めながら、LAシーンが求心力を発揮するようになってから、もうすぐ10年の時が経とうとしている。フライローやサンダーキャットらがここ数年、遠心力をもってその熱を遠くまで届けてきたのだとしたら、そうやって広まった注目の渦が、改めて求心的にLAというシーンに注ぎ込んでいる気がしてならないという人も多いのではないか。ビート・ミュージックもジャズもヒップホップも以前よりずっと分け隔てなく親しまれるようになった現在、ケンドリック・ラマーのニュー・アルバムにその流れの先端を見い出すことは容易だろう。そうなると、ノサッジが“Cloud 10”(2011年)の時点でケンドリックと仕事していたのも思い出されるところだが、そのケンドリックの新作で“U”を手掛けていたフーアーアイを、『Fated』では“Don't Mind Me”にヴォーカリストとして招いてもいる。

 「“Don't Mind Me”を作りはじめたとき、頭の中で彼の歌声が聴こえたんだ。彼にトラックを送って、電話越しにヴォーカルを録音した。ローファイな感じを気に入ってたみたいだったから、そのまま使ったんだ」。

 また、すでに注目されているのはチャンス・ザ・ラッパーとの“Cold Stares”だ。スクリレックスからマドンナまで〈イケてる大物〉に勲章を進呈している彼だが、ノサッジは『Acid Rap』(2013年)でプロデュースした“Paranoia”以来の仲でもあることを付け加えておこう。なお、マスタリング・エンジニアはジェイムズ・ブレイクアルカを手掛けたマット・コルトン。文句のつけようもない。

 そうしたトピックも差し挟みながら、揺らぐビートとおぼろげなレイヤーが描き出す空間の景色は根本的にシンプル、そして品格を保ちながらも煌びやかだ。5月末には〈TAICOCLUB〉で久々に真鍋とのコラボによるライヴ・セットを披露するというノサッジ・シング。この上質な美しさに魅入られたなら、それはきっと運命に違いない。

【参考動画】真鍋大度がMVを手掛けたノサッジ・シングの2013年作『Home』収録曲“Eclipse/Blue”

 

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