大きな足跡をメディア・アートに残した、坂本龍一の創造性の渦に触れる
おおきな足跡を残したアーティストの全体像を把握するのは容易ではない。長年にわたって多分野の領域を横断し続けた作家だと、簡単に俯瞰するのは不可能に近い。とりわけ、坂本龍一の場合、その追悼は首尾よく行われ一旦の区切りがついたという感じがまだしない。これは21世紀初頭が商業音楽サイドから見れば産業構造に抜本的な変化が見られ過去と切断された時期でもあったし、彼が病から復帰したあと、新たな音楽の領域に身を置きながら亡くなるまで精力的に活動していたことも大きいのだろう。
21世紀になってからの坂本龍一の創造力の中心にメディア・アートがあったことはもう少し語られて良いかもしれない。現在東京の初台ICCで開催中の〈坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア〉は、そんな彼のアートの分野での業績を俯瞰した展示となっている。本人による演奏データや演奏動画を素材として用いた新作や、彼と関わりの深かったアーティストたちとの共作となる作品が並んでいるのだ。会場を周遊すれば、各々の観衆が、坂本が考えてきたことや対峙してきたこと、それ自体に出会うような構成となっている。長年仕事をしてきた主任学芸員の畠中実氏に話を聞いた。
──今回の展示に至った経緯を教えてください。
「坂本龍一さんとは、音楽家というよりは、展覧会における、アーティストとしての坂本さんとの付き合いが長かったんです。ICCとしては、10周年記念で〈LIFE - fluid, invisible, inaudible...〉(2007年)を、20周年記念の〈設置音楽2 IS YOUR TIME〉(2017年)では、直接担当になりました。2009年にアルバム『out of noise』がリリースされたのですが、2000年代終盤は、まさに坂本さんの音楽に対する考え方が変わり始めた時期だったと思います。それから東京都現代美術館や山口情報技術センター [YCAM]での展覧会や札幌国際芸術祭などで、ディレクターを務められたり、自身でインスタレーション作品を発表していった。例えば、《IS YOUR TIME》は、アルバムの音源をマルチチャンネルで展開するだけではない、最初からインスタレーションとして発想された作品ですが、坂本さんが本当にやりたいことは音楽の拡張なんだと感じることができました。『async』の発表直後から、インスタレーション化のアイデアをうかがいながら、一緒につくりあげることで、坂本さんの音楽の指向性の変遷を身近に感じることができました。いわゆるマーケットやメディアに流通する音楽だけではなく、そこから拡張していく音楽を考えていた人であったことは、もっと大きく取り上げられるべきだと考えました。それが実現できる形態である展覧会という形で、坂本さんのほんとうにやりたかったことは何だったのか、またそれがどのように継承されているのかを、形にしようと真鍋さんと話しあい、開催の検討や依頼を始めました」
──具体的に音楽の変遷とは何でしょう?
「フィールド・レコーディングの音源を積極的に導入したアルバム『out of noise』に続く、2017年の『async』では、フォーマットこそステレオやサラウンドだったわけですが、複製技術で流通する規格化されたフォーマットに合わせて制作することへの懐疑や、無理にそうしなくてもいいのだ、という考え方が強くなったように思います。震災や自身の体調の変化も影響しているかもしれません。
そうした発想を実現することを可能にするインスタレーションという方法は、ステレオやマルチチャンネルとは異なり、さまざまな場所に配置されたスピーカーから聴こえる音によって、ひとつの音響空間を作るという構想へと変わっていきました。
『async』発表当時のインタヴューでは、ステレオは擬似的に音場を作るものであり、スピーカーとスピーカーの間に音を定位させる。そうではなく、音がそのスピーカーからじかに聴こえてくるべきだとおっしゃっていました。《IS YOUR TIME》では、ヴィンテージのブラウンのラジオを使って、トランスミッターで電波を飛ばし、ベルトルッチらのナレーションを流していました。これは、コンディションの一様ではないスピーカーから音が鳴らされている、ブライアン・イーノのインスタレーション作品《The Ship》なんかに、発想としては近いんじゃないかなと思います。
また、インスタレーションの制作を始めてからの坂本さんの音楽は、どんどん自由になっていったように思います。聴こえない音に対する関心も強めていきました」
──電磁波をテーマにした今回の展示作品、真鍋大度との《Sensing Streams》がまさにそうですね。
「人間の耳に聴こえる音というのは、ごく限定された周波数帯域でしかなく、当然、人間に聴こえないだけで、振動現象としての音自体は、その帯域の外にも存在している。坂本さんは人間中心的ではない、人間のためだけではない音楽のあり方に関心を持たれていました」
──坂本さんは理論的なものが感覚的なものに先立っているのか、それともその逆で感覚的なものが先立っているのか、どちらに感じましたか?
「坂本さんが、楽音を使わない音の作品を作っても、音楽に感じさせる、こちらが音楽のように聴いてしまう、という感じがありました。そういう意味で、音楽家なんだなと思いました」
──今回展示されているAlva Notoとの映像では、世界的な演奏家集団アンサンブル・モデルンに対して指示を与える姿が映っています。
「坂本さんはすごくエネルギッシュに創造的なアイディアを提案し、Alva Noto(カールステン・ニコライ)は、その間を取り持ち、アイディアを具体化しようとしている、そんな姿ですね」
写真右:李禹煥《遥かなるサウンド》 2022年
──李禹煥による『12』のジャケットの原画を展示した狙いとは?
「坂本さんは、《IS YOUR TIME》でも使用された、被災したピアノを見て、ピアノという近代的な楽器が、その機能を失って、〈もの〉へと還っていった、と捉えました。李さんは、1960年台末から日本の現代美術における〈もの派〉という動向の中心的美術家です。作ることの否定を唱え、世界のあるがままの鮮やかさとの出会いにおいて作品を提示しました。世界がすでに存在しているのに、人間が素材を変形し何かを新たに作ってみせることを疑ったのです。李さんの作品に学生時代から興味を持っていた坂本さんは、晩年交友関係を深めていきました。晩年の坂本さんの思考は、李さんと非常に似通ったものがあります」
──今回の展示にあたって心がけたことなどありますか。
「こうした展示では、それぞれの部屋から発せられる音が、どうしても混じり合ってしまう。それを可能な限り、干渉を軽減するように考えました。あるいは音同士が気にならない、それぞれの音の鳴るタイミングはあるのか、とか、異なる部屋のピアノの音が混ざらないようにインターミッションなどを設けて、観客を展示室から展示室へ誘導するようにしています。一方、ノイズやピアノの音が重なることで、新しい発見もあるかもしれない。たんに音を分ければいいというだけではなく、いろいろなことを試してみましたね」
常に時代を先駆けていた存在の追悼は、過去の偉業を並べるだけでは物足りない。坂本龍一は 晩年に至るまで、音の拡張について思考していた。
また、未来に向けてその可能性を問うていた。
彼のこの二重の〈開かれ〉と並走した展示は、今までに類を見ない追悼として、来る者の脳裏に刻まれることだろう。
EHIBITION INFORMATION
Tribute to RYUICHI SAKAMOTO Music/Media/Art
坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア
写真手前:毛利悠子《そよぎ またはエコー》(部分を「坂本龍一トリビュート展」のために再構成)2017/23年
2023年12月16日(土)~2024年3月10日(日)東京・初台 NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]ギャラリーA
開館時間:11:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)
参加アーティスト:坂本龍一/真鍋大度/ストレンジループ・スタジオ/高谷史郎/ダムタイプ/カールステン・ニコライ/404.zero/カイル・マクドナルド/毛利悠子/ライゾマティクス/李禹煥 ほか
https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2023/tribute-to-ryuichi-sakamoto-music-art-media/

