2011年にスフィアン・スティーヴンスが主宰するレーベルからアルバム『The Magic Place』をリリースして以来、高い評価を得てきた音楽家のジュリアナ・バーウィック。その音楽はアンビエントやニューエイジ、エクスペリメンタル、エレクトロニカといったタームで説明できそうだが、ドローンのように引き延ばされてエコーする歌声によるサウンドは、あまりにも独特でカテゴライズ不能だ。
そんなバーウィックが、なんとダンス・ミュージックの老舗であるニンジャ・チューンに移籍。シガー・ロスのヨンシーや盟友のメアリー・ラティモアらが参加した新作『Healing Is A Miracle』をリリースする。
今回は本作について、ミュージシャンの岡田拓郎が筆を執った。ソロ・アルバム『Morning Sun』、そしてduennとの環境音楽作品『都市計画(Urban Planning)』を発表したばかりの岡田が、バーウィックの音楽について考える。音楽における〈ヒーリング〉とは何か。その思索は音楽の起源にまで及び……。 *Mikiki編集部
JULIANNA BARWICK 『Healing Is A Miracle』 Ninja Tune/BEAT(2020)
残響音と歌声がネイキッドに現れた原点回帰作『Healing Is A Miracle』
ファースト・アルバム『The Magic Place』から長年その制作、生活の拠点をNYに置いていたジュリアナ・バーウィックが、ロサンゼルスで新しい生活を始め、その中で生まれたのが本作『Healing Is A Miracle』である。NYに対してネガティヴな感情があったわけではなく、あくまで環境の変化をもたらすために移住を決意したと彼女は言う。
瞑想状態をもたらすサウンドと、残響音と歌声がジュリアナ・バーウィックの作品に通底する感覚だ。作品を重ね、テクスチャーを加えて変化を遂げていった中で、『Healing Is A Miracle』は、ファースト・アルバム『The Magic Place』で魅せた骨格的なシンプルさに立ち返っているような感覚を覚える。実際に彼女も本作が前進的回帰である事を「あの作品(『The Magic Place』)を振り返るということは自分の頭のなかでしっくりきたし、明確だった。でももちろん、新しいサウンドを加えた上での話。2010年と2020年では自分自身ももちろん変化している」と言及している。
伴奏らしい伴奏はなく、あくまで残響音と歌声が土台となっていることは前文でも触れたが、それを彩るように楽曲的構造や即興的な器楽のアンサンブルが加えられている。そうした部分が改めてネイキッドな形で現れているように感じ、彼女の音楽の特異性が浮き彫りになっているのだ。そして『The Magic Place』における密室的な空気感とは異なり、『Healing Is A Miracle』にはどことなく開放的な感覚を覚えたが、それはロサンゼルスの長閑な郊外に位置する自宅で制作されたという環境の変化も無関係ではないだろう。
ヨンシー、ノサッジ・シング、メアリー・ラティモアというLAの3人が協力
そういった意味では新転地に住む3人のコラボレーターの貢献は欠かせない。“In Light”に参加しているのは、シガー・ロスのフロントマンであるヨンシーだ。この曲のデモを聴いたヨンシーが気に入り、促されるままに歌詞を書き始めたという。その“In Light”はアルバム中もっともポップス的なフォーマットに落とし込まれている。
またLAビート・シーンの枠を越えて人気を集めるプロデューサー、ノサッジ・シングは、ケンドリック・ラマーやチャンス・ザ・ラッパーの作品に関わっている事でも知られる。彼はバーウィックと知り合った際に、2011年のアルバム『The Magic Place』への愛着を伝えており、以来、何か一緒にできる機会をお互いに窺っていたそうで、本作では“Nod”に参加。言われてみると確かにビート・ミュージック的に杭を打つビートが耳に残るが、あくまで控えめに、彼女の歌をゆったりと包み込むように展開される。
現行ニューエイジ/アンビエント界隈では知られた存在のハープ奏者、メアリー・ラティモアは昨年バーウィックと揃って来日を果たしたのも記憶に新しい。2人は長年一緒にライブをしながら友情を育んでおり、ロサンゼルスに移ってきたのもほとんど同じ時期だったそう。そんなラティモアが参加している“Oh, Memory”のメイン・リフには深いリヴァーブが掛かっているので、初めはハープかピアノか判別がつかないが、後半に進むに連れて有機的なハープの音色が確かなものとして顔を覗かせる。個人的には、本作で一番耳に残るトラックとなった。
『Healing Is A Miracle(治癒は奇跡)』というアルバム・タイトルは、自分自身に起こった何かを乗り越えることに由来すると言う。それに紐付けるように、やけどをしたり怪我をしたりした傷が治っていく様子を見ているうちに、ふとそれが奇跡のように思えたというエピソードをジュリアナ・バーウィックは語っている。そうした自分の身に起こった出来事を乗り越え、新しい喜びを見つけることの驚きを表現して、本作のタイトルは名付けられたのだ。