まだ素顔は明かしていないものの、リリースしたばかりの2枚目のミニ・アルバム『lumiere』でもその秀でた才能とセンスを感じさせ、確実に音楽ファンの心を掴んできている、北園みなみ。彼がこのたびMikikiで連載をスタートします! 普段からお気に入りの楽曲を譜面に起こすことが好きなのだそうで、そこから派生し、彼が好きなアーティストのナンバーの、さらに気に入っているパートをピックアップして採譜してもらい(掲載する楽譜は本人直筆のもの)、その楽曲のどこが聴きどころなのかをわかりやすく解説してもらいます。たとえ楽譜が読めなくても(編集部担当も読めません)、曲を聴きつつ彼の解説を読めば、楽曲がいかに緻密な構造をしているか、なぜそのような聴き心地になるのか……といった〈ツボ〉をより理解でき、いっそう楽しめるのではないでしょうか? そんな新しい音楽の聴き方を提案してくれる連載になりそうですよ!
USのサックス奏者、ビル・ホールマン率いるビル・ホールマンズ・グレイト・ビッグ・バンドの60年作『Bill Holman's Great Big Band』収録曲“Speak Low”より、気に入っている冒頭部分を採譜しました。
【楽譜全体】
“Speak Low”はクルト・ワイル(1920年代から活躍したドイツの作曲家)がミュージカル「One Touch Of Venus」のために作曲し、それ以来、スタンダードとして数々のレコーディングが残されています。ビル・ホールマンのアレンジでは、トランペットとサキソフォンによる掛け合いのイントロで幕を開けます。
《0:00~》
ハーモン・ミュートを装着した涼し気なトランペットとコントラバスの間には十分な空間が保たれ、そこにサキソフォンとトロンボーンのハーモニーが吹き抜け〈V〉のハーモニーを充填します。両者はこのアレンジの主要なリフとして、楽曲中で繰り返されることとなります。
【イントロ】
《0:08~》
2本のホルンがユニゾンで登場し、主旋律を受け持ちます。ホルンはオーケストラでは2本を最低人数とし、本作においてもこの原則は守られます。ここではホルンの音色の柔らかく散漫な性質を補強するためのユニゾンだと考えられます。
またギル・エヴァンス(カナダ出身のジャズ・ピアニスト)の小編成の作品において、ホルンは単体で使用されており、同楽器のセクションを持たない独自の編成においては異楽器同士を繋ぎ合わせる接着剤の役を担っています。
この控えめな音量で歌われる主旋律の背後で、バス・トロンボーンがベースラインにリズミックな印象を添えると共に、管楽器がハーモニーのすべての音を受け持つ状態にします。こうして管楽器アンサンブルは独立性を強め、リズム・セクションにいくらかの自由さを与えることとなります。
これに関係して、ピアノのパートがごく装飾的で音量も控えめであることに注目してください。こういった演奏が求められるのは、ビッグバンドとリズム楽器(ベース、ドラムス)がそれで音楽の諸要素を受け持っているため、ピアノが多くを語る必要を持たず、ここで厚いボイシングを奏することはかえって両者の音色やフレーズのキャラクターを弱めることにもなるでしょう。
こういった控えめピアノ奏法で有名なデューク・エリントン(USのジャズ・ピアニスト、74年没)の作品からも要素を切り詰める美学のようなものが感じられます。
《0:24~》
短三度上に転調をし、リフの音形はそのまま移調されます。
《0:32~》
こうしてサキソフォンとトロンボーンのハーモニーに一旦は収束し、ソロ・セクションへと続きます。
【ソロ前】
皆さんも、この夏に涼し気なビッグバンドの音楽を楽しんでみてはいかがでしょうか。
PROFILE:北園みなみ
90年生まれ、長野・松本在住のシンガー・ソングライター。2012年夏にSoundCloud上で発表した音源をきっかけに注目を集め、2014年にミニ・アルバム『promenade』でCDデビュー。Negiccoの2015年作『Rice & Snow』や花澤香菜の同年作『Blue Avenue』をはじめ、他アーティストの作品へアレンジャーやマニピュレーターなどさまざまな形で参加し、活動の幅を広げる。そして先日2枚目のミニ・アルバム『lumiere』(P.S.C.)をリリースしたばかり。