気鋭のシンガー・ソングライター、北園みなみが自身のお気に入りナンバーを採譜し、その〈ツボ〉を紹介する連載、第2回! 今回も本人直筆の楽譜と共に、その楽曲の聴きどころをわかりやすく解説してもらいます。たとえ楽譜が読めなくても(編集部担当も読めません)、曲を聴きつつ彼の解説を読めば、楽曲がいかに緻密な構造をしているか、なぜそのような聴き心地になるのか……といった〈ツボ〉をより理解でき、いっそう楽しめますよ!

 


 

MICHAEL FRANKS Objects Of Desire Warner Bros.(1982)

第2回は、マイケル・フランクスの8枚目のアルバムである82年作『Objects Of Desire』から“Laughing Gas”を紹介します。

アレンジは、リズム隊を本曲でシンセサイザー(OverheimのOB-Xa)を演奏しているマイケル・コリーナとマイケル・フランクスが、ブラス隊を本曲でフェンダー・ローズを演奏しているロブ・マウンジーが手掛けています。

特に、ひっそりと充実したアレンジの妙が凝縮されているように感じられる、曲中(イントロ、インタールード、アウトロ)に3度登場する冒頭の場面と、Bメロを採譜してみました。

譜例1は、イントロのリズム隊が一団となってシンコペートするリフを奏し、偶数小節で現れるソリストと会話しているような場面です。

前作までよりもシンセサイザーの音色が目立ちはじめたこのアルバムのなかで、本曲は生楽器に比重のあるアレンジが施されていますが、個々の楽器の録音や加工から80年代の雰囲気が感じられます。

ローズは軽く硬質にEQとコーラスが掛けられ、場面によっては唯一コードを奏する楽器となりますが、音圧のあるドラムとも対等の、決してオケが薄くならないだけの存在感を持っています。

アルト・サキソフォンとテナー・サキソフォンのユニゾン・リフが左右にパンニングされているのに対し、マイケル・ブレッカーのテナー・ソロは中央に置かれ、またショート・ディレイのようなエフェクトが掛けられています。同楽器であっても、役割に応じてさまざまな異なる処理が施され、奥行きを生んでいるのでしょう。

ギターとベースについては、AメロがII-V-Iのスタンダードチックな本曲において、いくらかジャズ風な演出とも取れる、楽器と音色の選択がされています。

ギターはストラトキャスターのフロントピックアップ一基の使用と見られ、コード・バッキングでは他の楽器に溶け込んであまり主張はありませんが、Bメロで独立したフレーズを演奏すると、品のある音色がシンセとの兼ね合いで非常に強調されます。

またフレットレス・ベースの柔らかな音色はアコースティック・ベースを思わせます。 

 

このBメロの場面では、イントロのコード進行とリズムがそのまま用いられ、サックスのリフに続いてヴォーカルが現われます。合いの手が先に提示される感じでしょうか。そのため浮遊感が生まれます。

3小節目では、ヴォーカルの旋律やコーラスとの音程関係に不安定さが生まれ、それが何とも魅力的です。

コーラスは3度上(3小節目最後で増4度)が重ねられ、歌唱法にも変化を付けているようです。

ここで初めて現れるシンセサイザーはコード進行の半音で加工するラインを演奏し、独立したパートとして存在しています。

ギターは、オクターヴ奏法でソプラノ・ペダルを演奏します。このパートがBメロいっぱいAの音を反復し続けることで、このセクションの奇数小節でG#のノートが現れるたびに、やや不協度の高い響きが生まれます。これが全体のシンコペートしたリズムと合わさって、曲に推進力を与えているのでしょう。

ボンゴはパンで左右にしっかり振られているのが特徴的です。小口径が左、大口径が右に寄せられ、音響的な楽しみが生まれています。

このアレンジの素晴らしい点に、コード楽器の休符から生まれる空間があります。例えば2小節目の3、4拍目あたりでは和音が充填されていないため、単音を奏する楽器の複数の線だけが存在することになります。こうした場面が、ゆったりとした曲調のなかでも緊張感を与えているのです。

さて、本作『Object Of Desire』はマイケル・フランクスの有名盤である『Art of Tea』『Sleeping Gypsy』といった即興とセッションを主体とした作品とはまた違った魅力に溢れた一枚。アレンジは音を切り詰める方向に洗練され、シンセサイザーとミキシングはまさに80年代の感触に仕上げられています。隠れた名盤とも言えるこの一枚、皆さんもぜひ聴いてみてはいかがでしょうか。

 

PROFILE:北園みなみ


 

 

90年生まれ、長野・松本在住のシンガー・ソングライター。2012年夏にSoundCloud上で発表した音源をきっかけに注目を集め、2014年にミニ・アルバム『promenade』でCDデビュー。Negiccoの2015年作『Rice & Snow』や花澤香菜の同年作『Blue Avenue』をはじめ、他アーティストの作品へアレンジャーやマニピュレーターなどさまざまな形で参加し、活動の幅を広げる。そして2015年7月に2枚目のミニ・アルバム『lumiere』(P.S.C.)をリリース。

【参考動画】北園みなみの新ミニ・アルバム『lumiere』収録曲“夕霧”