LOVE AND LATIN POP
[緊急ワイド]ラティーノ・ウルバーノの現在
アーバン・ミュージックと結び付いてどんどん広がるラテン・ポップの世界。暑い季節は過ぎてしまったとしても、この界隈の情熱烈風は年中無休なのだ!!

 


 

MY NAME IS PRINCE
その名はプリンス・ロイス――バチャータ界の生んだ〈微笑みの王子〉が初めてのイングリッシュ・アルバムを発表! 世界を狙うダブル・ヴィジョンとは?

 

 好みの多様化と認知の多様化が重なってスタンダードというものがどんどんなくなっていく時勢ではあるのを前提として……それでも世界中の多くの人が高い確率で認知していそうなラテン・ポップのスターというと、リッキー・マーティンエンリケ・イグレシアスシャキーラジェニファー・ロペス、そしてピットブルといったあたりだろうか。彼らに共通するのは母語と英語の両方で楽曲を発表していること、そして特に英語詞のナンバーで大きな成功を収めていること、である。もっとも後2者はもともとコミュニティー外での活動で先に成功を収めていたのだが、ともかく欧米での地位を確立してワールドワイドに人気を得るには英語曲を出すことが絶対という時代があったわけだ。実際、日本でもスペイン語より英語のほうが親しみやすいというイメージはあるのではないか。

 ただ、全米におけるヒスパニック系~ラテン人口が拡大し、さまざまな国でさまざまな音楽が親しまれる昨今、必ずしも先達と同じ轍を辿ることが世界的な成功に直結するかどうかは定かでないだろう(レゲトンのような例もある)。そんな状況を踏まえてもなおチャレンジするのだとしたら、そこには本人なりのモチヴェーションがあるということだ。新世代のラティーノ・スターとして期待を集めるプリンス・ロイスは、初のイングリッシュ・アルバムでインターナショナル・スターへと一歩を踏み出した。

 プリンス・ロイスことジェフリー・ロイス・ロハスは、ドミニカ系の両親のもと、NYのブロンクスで生まれ育っている。89年生まれというから現在26歳。R&Bやヒップホップがポピュラーなヒットを次々に生んでいった時代に成長した彼だけに、早くから合唱隊で歌ったりタレント・ショウに出演しつつ、10代半ばになるとレゲトン・デュオを結成していたともいう。最終的にロイスが選んだのは、ちょうど脚光を浴びていた同郷のトビー・ラヴと同じく、ドミニカの伝統音楽〈バチャータ〉にR&Bの要素をミックスしたアーバン・ミュージック的なスタイル。20歳になってリリースした初のアルバム『Prince Royce』(2010年)からはベンE・キングの名曲カヴァー“Stand By Me”が話題となり、全米ラテン・チャートで首位に輝く“Corazon Sin Cara”というヒットもいきなり生まれた。それに伴ってアルバムもラテン・チャートNo.1となり、年明けの各種アウォードでもさまざなノミネーションを受け、甘い歌声を誇る若きプリンスはラテン音楽の世界で早くも認められることとなった。2作目『Phase II』を放った2012年にはダディ・ヤンキータリアにも抜擢され、バチャータ~トロピカルのシーンを超えてより広い層の人気を獲得。2013年にはソニー・ラテンに移籍して3作目『Soy El Mismo』を届けるのだが、セレーナ・ゴメストビー・ガッドと組んだ同作からは爽やかなバチャ−タ“Darte Un Beso”が初のクロスオーヴァー・ヒットを記録している。駆け足の成功というほかないが、英語詞アルバムの制作はそもそも契約時から表明されていたテーマでもあった。そんな約束に応えるべく、制作陣を一新する形で実現したチャレンジこそ、今回のニュー・アルバム『Double Vision』ということだ。

PRINCE ROYCE Double Vision RCA/ソニー(2015)

 先行カットされていたスヌープ・ドッグとの“Stuck On A Feeling”はジェイソン・エヴィガンデヴィッド・ゲッタマドンナ他)の制作で112の“Dance With Me”をネタ使いし、スヌープ・ドッグも交えて重厚に仕上げられたアーバン・チューン。同じくジェイソンによる表題曲にはタイガが、イアン・カークパトリックも助力したドープな“Handcuffs”にはキッド・インクが各々登場するのもポイントだろう。

 ジェニファー・ロペスとピットブルが集ってブンブン盛り上げにかかる先行ヒット“Back It Up”はアリアナ・グランデらを手掛けるヒットメイカーのイリアフラメンコ風味の哀愁ソング“Lie To Me”はキャタラクス(エンリケ・イグレシアス他)、“Seal It With A Kiss”はレッドワンらがそれぞれ制作。そんなラテン・シーンの外側から創造される〈ラテンっぽさ〉にも応える一方、幻惑アトモスフェリックな“Dangerous”やポップ&オークらによる“Getaway”などの折衷モードは現行ポップ・シーンにおける必要十分条件を満たすものだと思う。

 ハイライトとなるのは剥き出しの美声で酔わせる素朴なスロウ“Extraordinary”や“Paris On A Sunny Day”。ここではタイムレスなフォーマットを通じてロイスのポテンシャルが明らかにされている。万人をその麗しい歌声で包み込むべく、〈微笑みの王子〉のチャレンジはまだ始まったばかりだ。

※【特集:ラティーノ・ウルバーノの現在】の記事一覧はこちら