タワーレコード代表取締役社長・嶺脇育夫にひたすら好きなアイドルについて語ってもらう(不定期)連載。さくら学院、ハロプロに続いて今回熱弁を振るうのは、先日ニュー・シングル“圧倒的なスタイル -NEGiBAND ver.-”をリリースし、NEGiBANDとまわるツアーの開催も決定したばかりの新潟発の3人組・Negiccoです! ご存知の方も多いかと思いますが、彼女たちはタワレコのアイドル・レーベルであるT-Palette Recordsの第1弾アーティスト。つまり、嶺脇社長にとって過去2回で取り上げた面々とはまた違った意味で縁も思い入れも深いアイドルということもあり、これまでとはちょっと異なる視点で愛情たっぷりに語ってくれました。10年以上に渡るキャリアのなかで数々の挫折を味わいながらも、夢の日本武道館でのワンマン公演を射程に入れるまでに成長したいまの彼女たちへの想い、そこには愛しかありません!!

 

恵まれていないと言いながらも、恵まれているかもしれない

――今回は、Negiccoが昨年12月26日にニュー・シングル“圧倒的なスタイル -NEGiBAND ver.-”がリリースされたということで、この機会にNegiccoについてお訊きしたいなと。NegiccoはT-Palette Records立ち上げのタイミングから所属しているグループですが、そこに至るお話から。

「これはいろんなところで話しているんだけど、もともとタワーレコードのディストリビューション事業部で何か新規事業的なことをやりたいという話があったんだよね。単に(商品を)仕入れて売るというCD卸業だけじゃなくて、レーベルをやりたいと。それまでにもそういう話はあったんだけど、僕はずっと〈絶対、大変だよ〉って言っていた。でも何回かそういう話があるなかで、〈仮に(アイドル・レーベルを)やるとしたら誰を出したいですか?〉と訊かれて。その頃、NegiccoはすごくいいのにCDをちゃんとリリースできていなかったりとか恵まれていない環境にあったから(笑)、彼女たちの楽曲をCDにして、タワーの店頭を使って紹介したら人気が出るんじゃないかなと思ったの。それで〈Negicco〉と言ったらスタッフが動いた(笑)! 僕の知らないところでね」

――水面下で動かれていたと。

「そうそう(笑)。〈(Negiccoのマネージャーと)会いましたよ~〉という話は聞いていたんだけどね。メンバーも東京に来て話していたみたいで、あとで彼女たちのインタヴューを読んだら、ただ挨拶に行くだけだと思っていたらしい。でも実は〈レーベルを立ち上げるので、ぜひ〉という話になっていて、始まったのかな。バニラビーンズもだいたい同じくらいのタイミングで話があったので、じゃあネギとバニビの2アーティストでレーベルを立ち上げましょうと。そう決まったのが2011年の2月くらいかな?」

NegiccoのT-Palette Recordsからの初リリース作となった2011年のミニ・アルバム『GET IT ON!』収録曲“GET IT ON!”  ライヴ映像

 

――Negiccoはどういうところにいちばんグッときたんですか?

「やっぱり曲だよね。2008年にPerfumeの〈GAME〉ツアーの大阪公演を観に行った時、そのツアーに新潟公演が入っていることをMCであ~ちゃんがしていて。そこで〈Negiccoって知っとる?〉って話になって、あ~ちゃんが〈ねぎねぎねぎっ娘♪〉って1フレーズ歌い出したの、ステージで!」

――へぇー。

「それでふと〈ああ、Negiccoっていたなぁ~〉と思い出して。昔、つんく♂さんがNHK『ポップジャム』の司会をやっていた頃に出てたなという記憶がうっすらあったから、〈ああ、Negiccoまだやってるんだ~〉と。その後にYouTubeで調べたら、“Summer Breeze”や“My Beautiful Life”なんかを新潟・古町の商店街やお祭りとかいろんなところでパフォーマンスしている動画がいっぱいあがっていて、いい曲だったから興味を持つようになった。Perfumeのファンの人たちがみんな〈Negiccoがイイ!〉と言っていたし。それが2008年の夏くらいかな?」

――その頃はまだライヴを観たことはなかったんですね。

「まだその時は行ってなかった。CD-Rをオフィシャルサイトで売っていたので、〈注文しようかな?〉くらいの感じだったんだよね。それで、2008年11月にあったPerfumeの初の武道館公演の、確か翌日に両国でNegiccoのライヴがあるというのをネット上で知って、行ってみたのが初めて。それが2マン・ライヴだったんだけど、対バンがまなみのりさっていうPerfumeの後輩にあたる広島アクターズスクール出身の3人組で。彼女たちのライヴも2008年頃は何度か観に行っていたし、好きなグループだったこともあって、よし観に行こうと」

まなみのりさの2015年のシングル“νポラリスAb”

 

――へぇ~。それでネギを振っていたんですね。

「いや、振ってないけど……。Perfumeの武道館公演の翌日だったこともあって、Negiccoは“スウィートドーナッツ”を、まなみのりさは“エレクトロワールド”をカヴァーしていたり、おもしろかったよ。そこからだね、始まりは」

――かれこれもう7年前ですね。

「でもその当時でNegiccoはすでに5年くらいキャリアはあったんだよね。それからライヴはちょくちょく観に行った。浅草ROXに〈まつり湯〉というスーパー銭湯みたいなところがあるんだけど、そこの宴会場でやったライヴがすっごく楽しくて。お風呂入って、浴衣着て、つまみを注文してビール呑みながら(笑)。写真撮り放題だし」

――ハハハ、エンジョイしていたんですね(笑)。そこでのライヴはどんな感じだったんですか?

「パソコンに繋いで音出しをしていたんだけど、音がよく止まっていたのね。それでその場を繋ぐためにNegiccoはネタをやったりしていた」

――ネタとはどういった?

「Nao☆ちゃんとMeguちゃんがお笑い芸人さんのネタを真似したり。ザ・たっちの幽体離脱とかをやってたんだよ(笑)。ザ・たっちではピンとこなかったんだけど、Negiccoがやるとおもしろいなって(笑)。そういうハプニングにも臨機応変に対応できる、場馴れした感じにキャリアを感じて、より感情移入していったのかな。まつり湯はとにかく楽しかったの、だってアイドルを観ながらお酒が呑めるんだから。始めは後ろのほうで観ていたんだけど、何回か観に行っているうちに楽しくて前のほうで観るようになって、最終的には最前で観てたからね。しかも昼と夜の2回公演だったので、午前中から行ってお風呂入って1公演見て、また2公演目までの間に足つぼマッサージをやってもらったりお酒呑んだりして、結局夕方5時、6時くらいまでいた」

――楽しそう!

「2009年~2010年くらいまではそんな感じで、バーッてくっついて追っかけるっていうよりも、ポイントポイントで機会があれば意識して行くようにしてた。まつり湯に行くと、K-Popの流れで知り合った鈴木妄想さんとか、Negiccoを応援していた人とも会うようになったし」

――まつり湯では本当によくやっていたんですね。

「いや、年に1~2回くらいかな。パフォーマンスは全然いまのほうがいいと思うんだけど、場の温かさとconnieさんの書く曲が良かったよね。アキバにいるようなほかのアイドルとは違う雰囲気もあって」

Negiccoの2014年のシングル“光のシュプール”

 

――そしていまやTパレを代表するアイドルになっていますよね。

「なんだろ、Negiccoに関わるとみんなネギが好きになるんだよね。十何年もやっているのに、そんなキャリアをみじんも感じさせない初々しさが常にある(笑)。ここ1年くらいはそうでもないと思うけど、以前は例えば〈T-Palette感謝祭〉で吉田豪さんと僕とNegiccoでトークをしていても、3人がどんどんステージの後ろに下がっていくんだよね。〈前に出ろよ!〉って(笑)」

――それは……。

「自信がない感じなのかな? これまでに不運なことがいろいろあったから。吉田豪さんやバブルガム・ブラザーズのブラザートムさんたちが審査員の勝ち抜き番組※1があって、優勝したらメジャー・デビュー、みたいな企画に出たんだけど、ここで勝ち抜けばデビューだっていう時に落とされちゃったんだよね。その時、審査員の1人に厳しいことを言われたから、ネギたちは〈自分たちで振付をやってるんです〉〈曲もファンが書いてくれてるんです〉と喰い下がって。審査員たちはNegiccoはどこかの芸能事務所に所属していると思っていたんだけど、実はそうじゃなくて自分たちだけでやっているんだと伝えたら、〈だったらもう1回チャンスをあげない?〉という話になって、結局最後まで勝ち抜くことができた。でも、優勝したらメジャー・デビューという話が、大人の事情で〈CDデビュー〉という形に話が変わってしまったんだよね。しかも彼女たちはもうCDを出していたから……。さらに、2010年にご当地アイドルのイヴェントで優勝したんだけど※2、そのご褒美だったTV番組の1か月レギュラーが1週だけで終わっちゃったりとか――いろいろ実力で勝ち取ってチャンスを掴むんだけど、その後にグダグダっと潰されてしまうという挫折を何回も経験をしているんだよね、あの子たちは。だから自信を持ちたくても……」

※1:GyaO(現GYAO!)で配信していたアイドルの勝ち抜きオーディション番組「勝ち抜き!アイドル天国!!ヌキ天」
※2:ご当地アイドルNo.1を決定するイヴェント〈U.M.U AWARD〉の第1回

――それでも辞めずによくぞここまで来てくれました!という感じですよね、すごい精神力だなと。

「ファンが根強く支えてきたから。新潟のファンの人もいまだに応援してくれているしね。そういう意味では僕なんてまだ新参者ですよ……。それもあるし、やっぱりconnieさんがいたというのは大きいと思う。専属ではないとはいえ作詞/作曲家がいて、すごく良い曲を不定期だけど発表できる環境にあったというのは、恵まれていたなと思う」

――やはり〈良い曲〉の存在は大きかったんですね。

「connieさんはもともとモーニング娘。、加護ちゃんが大好きで、新潟でJ-PopのDJイヴェントをやっていた人なんですよ。それで、新潟にご当地アイドルが登場するというのでNegiccoを観に行って、好きになった。そもそもはいちファンなの。当時Negiccoには1曲しかなかったから、自分で作った曲を歌ってくれたら嬉しいな……ってストックしていた曲を提供したのが最初」

――そのエピソードはインパクトありますよね。

「ファンが提供してくれるなんてねぇ。そういう意味では、恵まれていないと言いながらも、恵まれているかもしれない(笑)。connieさんや、いまのマネージャーさんが現れたり、要所要所でNegiccoを応援しよう、支えていこうという人たちが登場する」

――そうですね、運は持っている。

「まったく人気がなかったらそういうことにはならないだろうから。曲もない!とか」

――やっぱり曲の良さがすべてに繋がっていますよね。connieさんをはじめ、いまやさまざまなアーティストが参加して制作されていますが、どれもイイですもの。

「僕自身、まずNegiccoの何から触れたかと言うと、3人には申し訳ないけど間違いなくルックスではなく(笑)、曲だったので。やっぱり曲が好きになれないと、アイドルにも感情移入できないタイプだから。やっぱりconnieさんの書く曲が好き」

――またより広くNegiccoの名前が知られるにあたっては、西寺郷太さんが手掛けられた“愛のタワー・オブ・ラヴ”(2013年)を皮切りにさまざまなプロデューサー陣が関与するようになったことが大きかったのかなと思います。

Negiccoの2013年のシングル“愛のタワー・オブ・ラヴ”

 

「“愛のタワー・オブ・ラヴ”をリリースするまでに、結構時間が空いたのね。最初はconnieさんによる楽曲でずっとやっていきたいと思っていたから、別のクリエイターに頼んでいいものか、ちょっと悩んだのよ、僕としては。でも悩んでいてもしょうがないからconnieさんに相談したら、〈全然いいよ!〉と。connieさんなりのNegiccoのロード・マップも描かれているし、そういった意味で自分にあんまりこだわらなくても……と言ってくれて。それでいざ誰にお願いしようかとなった時に、僕もconnieさんも真っ先に思い浮かんだのは郷太さんだった。南波志帆ちゃんの“それでも言えないYOU & I”みたいな、郷太さんが書くガール・ポップの雰囲気はNegiccoに合うと思ったんだよね」

――その通りだと思います。

「タイトルにある〈タワー〉が、タワーレコードのタワーと、ジャケット写真に写っている新潟の万代シティにあるレインボータワーのタワーに掛かっているような感じもイイし、〈愛のタワーのぼるの 少しずつ 少しずつ〉といった歌詞が、少しずつ成長していくNegiccoのその後を予見するような内容だったりしてね。郷太さんにお願いしたというのはNegiccoにとってすごくエポックな出来事だったと思う。これをきっかけに、『Melody Palette』(2013年発表の初オリジナル・アルバム)の制作にあたって、次は小西康陽さんに頼もうということになったから」

――なるほど。そういった制作陣の人選を含めた作品のあれこれについては、どのように関わっているんですか?

「『Rice&Snow』(2014年発表の最新アルバム)は方向性が大きくブレなければ問題ないかな……ということで長くやっているA&Rに任せたんだけど、それまではそれなりに。2012年にリリースしたNegiccoのベスト盤(『Negicco 2003~2012 -BEST-』)を作った時は、Tパレに来て、それまでに何枚かシングルを出させてもらっていたので、いわゆるTパレ入りするまでの彼女たちをちゃんと表現して、一区切り付けたいなと思ったんだよね。あの時はまずメンバーに入れたい曲を選んでもらって、そのなかから僕が収録曲を選んで、メンバーとconnieさんとで曲順を考えた。で、次が『Melody Palette』か。あの作品のコンセプトなどは一通り僕が考えました。いまだに〈ネギ〉とか〈ローカル・アイドル〉といった目で見られるわけじゃない。Negiccoで新潟出身なわけだから間違いなくそうなんだけど(笑)、でも音楽的には洗練されたサウンドにすることで、それとのギャップを出したいと思ったの。それで、同じ3人組ということで(当時活動していた)Tomato n' Pineのプロデューサーをやっているジェーン・スーさんにアートワークを頼んだんだよね。Tomato n' Pineはオシャレで洗練されている感じがあったから」

Tomato n’ Pineの2013年のライヴDVD「The First and The Last Live DVD"POP SONG 4EVER~散開~"」ティーザー映像

 

――このアルバム、ジャケからして相当カワイイですよ。

「(メンバーの)肩を出していいかとジェーンさんから訊かれたので、あの子たちは肌の露出をあんまり好まないので、〈いや~嫌がるんじゃないですかね~〉と言っていたんだけど、ジェーンさんが言ったらすぐにOKが出た(笑)」

――アハハ、なるほど(笑)。

「僕から言ってたら絶対NGだっただろうな~(笑)」

――言う人が言えば……(笑)。

「そうそう、言う人が女性だとね」

 

〈武道館でやりたい〉という夢を実現するお手伝いをしたい

「あとはサウンドの方向性、こんな作家さんの曲はどうか?といったことを提案したりしたね。〈売れる〉ことを第一に考えるんじゃなく、まずは音楽的な要素を大事にして、BUBKAで宇多丸さんが連載している〈マブ論〉を読んでいるような、アイドルをちゃんと聴いている人たちに刺さるといいなと、人選などもconnieさんに相談して決めた。その時に、connieさんといつかお願いしたいと言っていた小西康陽さんに依頼しようということになったんだよね。connieさんはピチカート・ファイブの大ファンで、小西さんを尊敬しているから、connieさんの曲にもピチカートへのオマージュに溢れたものが多い(笑)。そういう経緯もあって、Negiccoにイメージするものとガチッとハマったというか」

――そういう流れだったんですね。小西さんによる“アイドルばかり聴かないで”は私もすごく聴きました。イイ曲ですよね~!

「ね! あのデモを聴いた瞬間、ガッツポーズした! デモでは別の女性が歌った仮歌が入っていて、その時点で〈キター!〉って(笑)」

Negiccoの2013年のシングル“アイドルばかり聴かないで”

 

――ハハハハ、手応えがハンパないですね(笑)。

「〈ふつうの人はCDなんてもう買わなくなった〉とか〈アイドルばかり聴かないで〉っていう詞、〈ざんねーん!〉のインパクトたるや! あれでいろんな人に知ってもらえたから。あの曲をやっていなかったら、筋肉少女帯の大槻(ケンヂ)さんなんかからイイと言われることもなかっただろうし」

――歌詞のインパクトが何よりすごかったです。

「そうやって郷太さんや小西さんといった作家さんが引き受けてくれて、良い曲を作ってくれたおかげで、それ以降すごくやりやすくなったよね。ついには田島貴男さんも書いてくれたり(2014年のシングル“サンシャイン日本海”)。オリジナル・ラブの『風の歌を聴け』(94年)時代のメンバーがやってくれてる※って……すごいよ!」

※ベーシストとして参加していたのは元オリジナル・ラブの小松秀行

Negiccoの2014年のシングル“サンシャイン日本海”

 

――ホントですね。しかもその後にリリースされたオリジナル・ラブのアルバム『ラヴァーマン』のインタヴューで、田島さんが〈Negiccoの仕事がいい経験になった〉とおっしゃっていたのを読みました。

「ああ、それは僕も読んだ。田島さんはNegiccoをすごく応援してくれるのよ。矢野博康さん※もそうだし、ネギに関わった人は皆さん応援してくれる。愛される力があるんだろうね」

※2014年のシングル“トリプル! WONDERLAND”のプロデュースを手掛けた

Negiccoの2014年のシングル“トリプル! WONDERLAND”

 

――そういうのはすごく大事ですよね。

「なんだろうね、謙虚だからかな。いつもあんまり前に出ない(笑)。それもまた問題だとは思うんだけど、あの控え目さ加減がいいんだろうなという気はちょっとするよね」

――そうかもしれませんね。

「あと僕が思うのは、〈終わらないアイドル〉がいてもいいんじゃないかと。新潟にいながらアイドルを辞めずにずっと続けていったらいいんじゃない?みたいな。まあ、適当なことを言ってるんだけど(笑)」

――アハハ、適当(笑)。でもキャリアも長いですし、もうここまで来たら……というのはあるかなと。

「またNao☆ちゃんが良いことを言うんだよ、〈夢を叶えた人は夢を諦めなかった人〉ってね。だって、まつり湯でライヴをやっていた頃から〈武道館、武道館〉って言っていたし。本当に悪いけど、宴会場でライヴをやっているグループが〈武道館(のステージに立ちたい)〉と言ってもあまりリアリティーはない(笑)。でも言い続けているとね……このあいだPerfumeの日本武道館ライヴにゲストで呼ばれて※、立てたんだよ。ワンマンではないにしろ、武道館を経験できたわけだから、やっぱり自分たちの目標を言い続けること、諦めない気持ちは大事だなと。Negiccoの場合、辞めたくなったことなんて1回や2回じゃないだろうから」

※2015年秋に行われたPerfumeのメジャー・デビュー10周年企画〈Perfume Anniversary 10days 2015 PPPPPPPPPP〉の一環として9月22日に東京・日本武道館で行われた〈3人組〉がテーマの対バン・イヴェント〈Perfume FES!! 2015 ~三人祭~〉にNegiccoが招かれた

――本当にそうですね。言魂という言葉があるくらいですから、口に出すことでそれが現実に引き寄せられるというのはあると思います。

「そうだよねぇ。僕はNegiccoのいちファンから、一緒に仕事をする立場になっちゃったから、ある意味彼女たちの歴史に加担しちゃっているので、Nao☆ちゃんがずっと言っている〈武道館でやりたい〉というのを実現させるお手伝いをしたいなって」

――可能性は十分あると思いますよ……というかできますよ。

「いや~……でも武道館行った時に、広いな~って思ったよね」

――確かに広いですよ。でも日比谷野音までやっているので、あとはもう武道館しかないです。

Negiccoの2015年のライヴDVD「日比谷­野外大音楽堂 Road of Negiiiiiii ~Negicco One Man Show~ 2015 Summer」ティーザー映像

 

「3倍以上あるからな……。なんとかしてもっと有名になって、武道館に1万人集められるといいよね。僕のなかでのNegiccoはPerfumeの『GAME』ツアーであ~ちゃんが口ずさんだ歌から始まってるから……思えば遠くへ来たもんだ。Perfumeの武道館イヴェントでも“圧倒的なスタイル”を歌っていたけど、泣けたよ。〈周りの声に惑わされても 決めるのは君さ Always〉っていう歌詞が僕はすごく好きで、それをPerfumeの武道館イヴェントで歌っていたっていうところに、グッとくるものがあった。13年目なのに〈諦めるにはまだ早い 始まったばかり〉って歌うなんて(笑)。その後に、PefumeとNegiccoの6人でライン・ダンスしたりしてね(笑)。でもそういうキラー・チューン的なものがあるのはいいと思うんだ。ちゃんと歌に自分たちの想いが乗っている曲を持っているというのは強みだなと」

――本当にそうですね。いまでも新潟では精力的にライヴをやっているんですよね?

「やってるやってる。武道館に出た週末、長岡のイヴェントに出てたね」

――自分たちのワンマンを武道館でやって、その次の日に新潟のショッピングセンターとかでこれまで通りのライヴをやったらカッコイイですね(笑)。Negiccoの原点ですから、地元のファンに向けて。

「そう、原点。やれたら最高だよね! (新潟の)古町や万代あたりでフリー・イヴェントとか。人がいっぱい来て大変になっちゃうかもしれないけど」

2015年10月11日に新潟・古町で行われた〈古町どんどん〉でのライヴ映像

 

――いいですね、圧倒的なシナリオですよ!

「あとは浅草のまつり湯でやるのもありかな、〈復活!〉って。そういえば、2016年のNegiccoカレンダーが発売されたんだけど、撮影場所がまつり湯なんだよ(笑)」

――アハハ、思い出の場所(笑)!

「僕はそれには関わっていないけど、まつり湯で撮ろうというそのセンスがすごいなって(笑)。(ウェブサイトでカレンダーの表紙を見ながら)これはまつり湯の宴会場のステージ。もうなんなんだっていう(笑)」

※Negiccoの2016年カレンダーの詳細はこちら

――へぇ~カワイイじゃないですか。いろいろ浅草の名所で撮られてるんですね、新潟のグループなのに(笑)。でもそういうところがいいのでは?

「まあね、そこがいいんだとは思う、僕も(笑)。まつり湯好きだから、全然いい。3年前のNegiccoの10周年イヴェントもまつり湯でやったんだよ。あれは良かったな~楽しかったな~、ベロベロに酔っ払っちゃって全然記憶がないもん」

――まつり湯での思い出が止まりませんね(笑)。

「まあまあ、ここまでがんばってきたんだから、少しずつ思っていることが実現できるようになるといいなと」

Negiccoの2015年のシングル“ねぇバーディア”、プロデュースはレキシの池田貴史

 

――2016年はどんな感じなんですか?

「去年はライヴをたくさんやっていて、映像作品は2枚出したけどリリースが少なかったから、レーベルとしては来年はきちっきちっとシングルも出していきたいなと思ってる。良い曲に巡り会えて、なおかつ皆さんに支持してもらえるものを作れたらと。それで何とか武道館に一歩でも近付ければ……という感じだよね」

――それを本格的に射程に入れて。

「辞めない限りはいつの日か達成できると思う。古くからのファンの悲願だよね。凄まじい物語を持ってるから、彼女たち」

――そうですね、アイドルそれぞれがいろんなドラマを持っているとは思いますが……涙なしには語れない物語が。

「物語の強度からいったら凄まじい(笑)。もうちょっとそういうエピソードを浪花節な感じで出していってもいいのかなと思ってるんだけど。NHKの『MUSIC JAPAN』には2回出させてもらって、1回目に出た時はその回の主役みたいな扱いでやってくれたんだよね※。あ~ちゃんも泣いてくれて」

※東京・NHKホールで公開収録されている、Perfumeが司会を務める『MUSIC JAPAN』に出演。同番組の前身にあたる「ポップジャム」に2004年に出演して以来の登場、同じ地方アイドルでキャリアや年齢も近いPerfumeとの再会というトピックもあり、話題となった

――メンバーも泣いてましたよね。

「本放送ではカットされていたけど収録ではもっと喋っていたらしい。僕は収録の時に別の仕事でNHKホールに行けなくて、Twitterでその様子をレポしていた人がいて、それを見ながら移動中の表参道で泣いたもん。(Perfumeと)良かったな~、会えて良かったな~!って(笑)」

――あらまー(泣)! でもPerfumeは武道館でのイヴェントに呼んでくれたり、すごくNegiccoをサポートしている印象があります。

「うん、フックアップしてくれているよね。お互い地方出身のアイドルで、かつて一緒にやったというのもあるんじゃないかな。だからそれに応えなきゃなっていうのもあるよね」

Negicco 圧倒的なスタイル -NEGiBAND ver.- T-Palette(2015)

――そうですね、本当に楽しみです! ということで最後に、昨年12月にNegiccoのシングル“圧倒的なスタイル”のバンド・ヴァージョンがリリースされましたが……。

「はい。限定盤なので、ぜひぜひ皆さんお早めにお買い上げいただけると! ベスト盤にも収録されている楽曲ですが、さらにいろんな人に聴いてもらいたいということで、バンド・ヴァージョンで出します。オリジナルとはアレンジが違うので、そのあたりも楽しんでもらえれば」

Negiccoのニュー・シングル“圧倒的なスタイル -NEGiBAND ver.-” 

 

“圧倒的なスタイル -NEGiBAND ver.-” のカップリング曲“カナールの窓辺”  

 

――さっきも話に出た通り、Negiccoの代表曲のひとつですから、とりあえずこの曲を知ってほしいというのはありますよね。

「この1曲を聴いて、彼女たちの歴史をネットで見てもられば。あとBUBKAでね、Negiccoの歴史を振り返る連載が始まったんですよ。ももクロを追っていたライターの小島和宏さんが書いてくれるので、それを毎月読んでもらいたい。できればその連載が終わる前に武道館でワンマンがやりたいね!」