現代ジャズ・ドラムの要素を採り入れたアルバムを、
さらにライヴの生演奏で再現
J・ディラが創造した、ヨレたり跳ねたりするヒップホップのビートや、エレクトロニック・ミュージック由来のリズムを超絶的なテクニックの生演奏で再現するジャズ・ドラマーが出現したことで、音楽シーンが活況を呈している。ディアンジェロやロバート・グラスパーのサウンドに貢献しているクリス・デイヴがその代表格で、彼らに続けとばかりに、世界中のドラマーたちが現代的なリズム・アプローチに取り組んでいる。
そのようなトピックに後押しされて、日本では昨年、プロデューサーの冨田ラボ(冨田恵一)が〈ジャズ・ミュージシャンが打ち込みを生演奏に置き換えて作ったビートを、もう一度打ち込みに置き換える〉方法論を用いて、驚異的なアルバムを作り上げた。それがbirdの『Lush』だ。
★「birdと冨田ラボが新章突入! リズムへの好奇心&ポップスの哲学が凝縮した新作『Lush』を語るロング・インタヴュー」はこちら
ポップス界の名伯楽である冨田といえば、プロデュース・ワークの代表曲であるMisia“Everything”(2000年)に窺える、誰がどう聴いてもドラマーの生演奏としか聴こえないようなドラミングを打ち込みで再現してしまうことでも有名だ。その冨田がbirdとたった2人で作り上げた『Lush』では、極めてポップで人懐っこい楽曲のなかに、モダンなアップデートが施された打ち込みのリズムを随所で聴くことができる。ネオ・ソウルや現代ジャズの要素を、J-Pop独自のフォーマットに導入してみせたエポックメイキングな一枚だと言えるだろう。
その『Lush』の収録曲をアルバムの曲順通りに、バンド演奏によって完全再現するという、冨田が監修を務めたライヴ企画〈“Lush”Live!〉が、去る2月11日にBillboard-LIVE TOKYOで開催された。つまり、〈打ち込みのリズムを生演奏でトレースしたジャズ・ドラマーのリズムに刺激され、それを生演奏のように再現してみせた打ち込みのトラックを、さらにもう一度、生演奏に置き換える〉――という混乱しそうなコンテキストを内包したパフォーマンスは、とにかく刺激的なものだった。
巧みなアレンジと精鋭バンドの演奏で、
今日的なリズムの旨みをフォーマット化
まず興味深かったのは、冨田が『Lush』で挑んだリズム・アプローチが演奏者の肉体に宿ることで、そういったリズムを叩き出す過程を自分の目で確認できたこと。それと、打ち込みがドラム・セットの生音に置き換わったことで、リズム面のおもしろさを一層クリアに掴むことができた。
バックを務めるドラマーの坂田学のセットも、(おそらく)彼が普段使っているものとは異なるもので、より多彩な音色を求めて、シンバルとスネアを大幅に増強した『Lush』対応のセッティングだった。大小さまざまなシンバルには、穴が開いたものや、2枚重ねされたものなどが用意され、スネアも多様な音色を出せるものが並べられていた。それらを曲ごとに必要な音色を使い分け、1曲ごとにすべてリズム・パターンやテクスチャーの異なるビートを叩き出すのだ。
そして、鹿島達也(ベース)、樋口直彦(ギター)と冨田(キーボード)も含めたバンド陣が、冨田の用意した譜面に従って、リズムを正確にズラしてループさせることで、現代のジャズ・ドラマーが持っている独特のグルーヴをスマートに表現していたのが印象的だ。要するに、クリス・デイヴが得意とするような、ズレたりヨレたりするリズムの旨みの部分を、冨田は(レコーディングのみならず)ライヴ演奏においても完全にフォーマット化してみせたのだ。
なかでもおもしろかったのが、6曲目の“Wake Up”だ。アンチコン一派のアンダーグラウンド・ヒップホップを思わせる遅くて不穏なビートに合わせて、プレイヤー各自が異なるタイム感覚で演奏していく。不安を煽るムードそのものも刺激的だし、冨田のオーダー通りに全員が演奏することができれば、不揃いなはずの演奏が最終的に辻褄が合うように作られていて、その瞬間に途方もないカタルシスが溢れ出す。そんな難曲も、この精鋭揃いのバンドはパーフェクトに演奏してみせていた。
birdの歌があって実現する
新たなポップ・ミュージックの可能性
また、ジャズ・ミュージシャンの即興演奏だと過剰にプログレッシヴになってしまう部分を削ぎ落とすことで、そういった複雑なアプローチをJ-Popらしい歌モノとして成立させていたことも、今回のライヴでよくわかった。先鋭的なバンド・サウンドも音数そのものは最小限で、あくまで歌に寄り添う形で機能している。その一方で、例えばネオ・ソウルをライヴ演奏する際には、レコーディングで表現していた煙ったい〈汚れ〉の部分がクリアになり、音がスカスカになってしまいがちだ。それをホーン・セクションで補ったりするのが常套手段であるわけだが、冨田の場合は、無駄のないサウンドを貫きながらも、音の厚みや密度が見事にコントロールしていた。このアレンジ術は、ポップス職人だからこその強みだろう。
そして何より大きいのは、主役であるbirdの歌の存在感だ。このしなやかなヴォーカルがあるからこそ、バックでどんなに複雑なリズムが繰り広げられても、軽やかに乗り越えていくことができるのであろう。異なるタイム感のリズムが同時に鳴っていようと、その中心ではbirdの確かな歌声が鳴り響いていた。冨田が提示した最新モードにいちばん必要だったのは、このシンガーだったのだと改めて思い知らされた。
鍵盤、ギター、ベース、ドラムスとコーラス2人による編成は、基本的にはリズムを複層的に組み合わせたファンク的な構造だと言えるが、ネオ・ソウル/現代ジャズのクールな要素を採り入れることで、結果的にはファンクとは別もののサウンドが耳に届く。今回のライヴを聴きながら、ポップ・ミュージックの可能性について思いを馳せていた。〈ブルーアイド・ネオ・ソウル〉とでも言うべき、ブラック・ミュージック・オリエンテッドな新しいAORサウンドは、リズムへのチャレンジから生まれるのかもしれない。
ちなみに、『Lush』を全曲演奏したあとにアンコールでプレイされたのは、かつて冨田がbirdに提供した“パレード”(birdの2006年作『BREATH』収録)。モダン・ジャズの祖先でもあるニューオーリンズ・ジャズのリズムやサウンドを採り入れたこの曲を最後に持ってくることで、現代から一気に100年遡ってみせるような大胆な演出も心憎い。この野心的な試みを、次はぜひ野外フェスで踊りながら楽しんでみたい。そんなことを思わせる一夜であった。
bird〈“Lush”Live!〉大阪公演
日時/会場:2016年3月3日(木) Billboard-Live OSAKA
開場/開演:
1stステージ:17:30/18:30
2ndステージ:20:30/21:30
料金:サービスエリア/7,400円 カジュアルエリア/5,900円
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bird“そうだ 四国、行こう。”Acoustic Tour
3月5日(土) 徳島・14g
3月6日(日) 愛媛・若草幼稚園
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