トクマルシューゴが制作手法をモデルチェンジした両A面シングル『Hikageno / Vektor feat. 明和電機』についてのロング・インタヴュー。その後編では、同シングルの2曲と、それに先立ってリリースされた2014年の第1弾シングル“Lita-Ruta”の制作エピソードを中心に、来るべきニュー・アルバムの展望を語ってもらった。また記事の後半では、現代のネット社会や東京のインディー・シーンについて、自身の胸中を明かしている。

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トクマルシューゴ Hikageno / Vektor feat. 明和電機 Pヴァイン(2016)

 

昔から〈なんでもあり〉な人が大好きで、自分自身もそうなりたい

――アルバムへの道標も兼ねて今回リリースされたシングルで、トクマルさんはこれまで使わなかった制作手法にいろいろトライしていますよね。まず“Hikageno”では、ベーシック・トラックを磁気テープに録音して、そのあとウワモノの録音やトラックダウンでは再度オープンリール・デッキを使用している。これまで一人で宅録するときは、ProToolsやLogicのような編集ソフトを中心に使ってきたわけですよね。なぜ今回は、テープを導入することにしたんですか?

「この曲のテーマが〈古いテープ〉なので。子供の頃に、親か親戚が何気ない生活風景の音を録ったカセットテープを自分で聴いて、すごくいいなぁと思ったんですよ。そういうのもあって、自分の何かをテープに一旦残しておこうと思ったのがきっかけです」

――歌詞もそうだし、テープの音飛びを演奏で再現してるのもサイケデリックでおもしろかったです。

「そうですね。この曲はカセットテープに落として聴いてもらうのもいいかもしれない。さらに音がいい感じになるので」

――D.A.N.の取材中に聞いたんですけど、この“Hikageno”で録音を担当した葛西敏彦さんが、D.A.N.のアルバムをレコーディングしているときにもオープンリールを薦めたそうで。〈大自然をドライヴしているような質感を出したい〉と相談したら用意してくれたとか。

「葛西さんとよく話すんですけど、とにかくオープンリールの音は最高なんですよ(笑)。あの粒子感がいい。ほとんど気付かれないかもしれないけど、アレじゃないと録れない音がやっぱりある。そういう魔法みたいなものが残ってるんですよね」

★D.A.N.の最新インタヴュー記事はこちら

――アナログならではの質感というか。

「音を〈動かせない〉というのも魅力かもしれない。録ったらそれでおしまい」

――そのあと編集するには、テープを切って繋ぐしかないですもんね。この曲では、田中馨(コントラバス)、岸田佳也(ドラムス)、三浦千明(トランペット/スチールパン)によるお馴染みのライヴ・バンドで、ベーシック・トラックを一発録りしている。これまで一人多重録音がメインだったトクマルさんにとって、これも初の試みですよね。

「この曲はできる限りシンプルな形でやってみたかったんですよ。まずは自分自身の演奏をチップとして集めて、それを一度まとめたあと譜面に起こして、昔ながらのオープンリールで一気に録音しました。そのベーシック・トラックは、もう動かさないものとして残しておいて」

――自分の演奏をチップにする、というのは従来のスタイルに近そうですね。

「そう。チップ集めを自分でやってみようという、あたりまえのことをあえて意識して、曲やメロディーをたくさん書いて録音したんです。それも、〈J-Pop〉っぽい感じを意識して。その断片をちょっとずつ掻い摘んで出来上がった曲なんですよ。だから、ヴァージョン違いがメチャクチャ多い。最後は結局、普通のアレンジに落ち着いたんですけど」

――作曲で試行錯誤を重ね、2段階のアナログ・テープ録音を経て〈普通〉へ着地したと。これを普通と言うのかわからないけど(笑)。

「僕のなかではすごく普通ですね。曲構成もストレートだし、イントロがあって、AメロにBメロ、サビのあとに間奏でギター・ソロが入って。ビートもベースも普通。GELLERS以外で、こういうのはやってなかったと思います」

――そして、続く“Vektor”では明和電機さんをフィーチャーしています。誰かと曲作りでコラボするのも、ソロ名義では初ですよね。ここ数年の間に共演もされていましたが、出会いの経緯について教えてもらえますか。

「知り合ったのは2、3年前だと思いますけど。個人的には10代の頃から大好きだったんですよ。まさか、自分が一緒にやるなんて思ってもみなかった。ものづくりに対する姿勢もそうだし、思想的にもすごく影響を受けていて」

――具体的に言うと?

「たぶん、楽器を作るだけならもっといいものがあるんですよ(笑)。自動演奏の楽器は世界中にたくさんあるわけで。でも、明和電機さんがすごいのは、(音を鳴らす以外の)ユニークな+αを必ず用意してくるところ。僕は昔から〈なんでもあり〉な人が大好きで、自分自身もそうなりたい。だから、そんな人と一緒にやれるのは嬉しいですよね」

“Vektor”で明和電機は音源III、マリンカ、ピアメカ、ギターラスリム、フジベース、魚立琴、パチモク、ボイスビブラーターを担当(すべて自作楽器)

 

――その明和電機さんも、トレイラー映像で〈なんで来なかったんや、(自分のデビューから)22年間〉とおっしゃっているくらい、今回のコラボは収穫が多かったみたいですね。制作中はどんなやり取りがあったのでしょう?

「〈(自作楽器を)使わせてくれませんか?〉って頼んだら、〈好きなようにハッキングしてください〉と言われたので(笑)、遠慮なく自由に使わせてもらいました。〈この楽器はどんな音が鳴るんですか?〉〈どんな仕組みで動いてるんですか?〉みたいに取材させてもらって、その楽器の音を録音してサンプルを持ち帰り、それをもとにあらかじめ作っていたアレンジを再修正して。それをMIDI化してから、〈こういう曲になったので、叩いてもらえませんか?〉と明和電機さんに渡し、その自動演奏を録音して完成へ……という流れですね」

――MIDIを使うのも今回が初ですよね。打ち込みを解禁しても、エレクトロ・ポップのような音を出したり、生演奏の代替品みたいに使うのとはまるで意味合いが違う。明和電機さんのオリジナル楽器から音を出すために、恐ろしくたくさんのプロセスを踏んでいるじゃないですか。

「あと、明和電機さんの楽器はすぐ壊れるんですよ(笑)。それがすごく最高で。ライヴを観に行くと、必ず1回は演奏が止まる。その人間味もたまらないんです」

明和電機のライヴ映像。冒頭でパチモクに動作不良が起こる

 

――〈プロセスと人間味〉ということで言うと、今回のシングル以前にリリースされた“Lita-Ruta”(2014年)は、〈段ボール・プレイヤー付きレコード〉というチャレンジング極まりない仕様でしたよね。特設ページ〈SHUGO TOKUMARU NEW RECORDINGS〉によると、この曲は153トラックを費やしたそうですが。

「まずはドラムを自由に叩いてもらっているうちに、自分のなかで閃いて。谷口(雄)くんに鍵盤を弾いてもらったり、(小林)うてなちゃんにマリンバを叩いてもらったりしているうちにアイデアが生まれたんですよ。そのときのレコーディングは、〈誰と誰と誰が、どういうフレーズを弾いたら曲が作れるのでしょう?〉みたいな問題を解いていく気分でした」

――やはり、制作に時間はかかったんでしょうね。

「うん、ちょうど半年くらいですかね」

新作プロジェクトの一環でアップロードされた動画〈New Recordings #2〉。“Lita-Ruta”のレコーディングについて、グレッグ・ソーニア(ドラムス)や谷口雄(ピアノ)など参加メンバーが語っている

 

――でもこの曲は、アルバム全体でいうと非常に早い段階で〈100%完成〉とジャッジしたことになりますよね。この曲だけ、すぐにリリースの踏ん切りがついたのはどうしてなんですか?

「ただ単に取り掛かったのが早かったのと、あの段ボール・プレイヤーをとにかくリリースしたかったんですよ(笑)。曲を試作している頃から、〈出したいな~、出したいな~〉って」

〈New Recordings #3〉、段ボール・プレイヤーの取り扱い方法を説明

 

――すごくこだわって作った曲を、かなりイレギュラーなフォーマットで発表したくなったんですね。それも、少しでも早く。

「そうなんですよ、本当にバカみたいな話だなって思います(笑)。“Decorate”もそうでした。あんなに一生懸命作った曲を、なんでよりによってソノシートにしたんだろうって。ちなみに、段ボール・プレイヤーは作りの関係で、シンプルな曲じゃないとまともに聴けないんですよ。だから、そういう曲を収録しようと思ったのに……“Lita-Ruta”は真逆になってしまった(笑)」

――この曲はiTunesやYouTubeも含めて、現時点ではネットで試聴できないんですよね。

「なんか悔しいから、インターネットに出してない。気軽に聴かせてたまるかって。僕がリスナーだったら〈いいから聴かせろよ〉って思うけど(笑)。自分でも何をもったいぶっているのかわかりませんが、アルバムにいい形で収録できたらと思ってます」

〈New Recordings #4〉、2014年12月16日に初披露された“Lita-Ruta”のライヴ動画

 

自分は、音楽を作るだけで満足できる人間ではなかったんだなと

――現時点で発表された3曲で、リスナーの皆さんも来るべきニュー・アルバムへの期待は相当高まったのではないかと。それ以外の曲では、どのようなことにチャレンジしているのでしょう?

「ちょっと難しい曲をいま作ってはいて……うん、説明できない(笑)」

――5月28日(土)には、ニュー・シングルの発売記念イヴェントが東京・渋谷O-Nestで開催されるんですよね(チケットはソールド・アウト)。当日は公開レコーディングを行うそうですけど、これもアルバムの内容に反映されるんですか?

「そうですね。新しいサイトを試作中なんですけど、それとも連動できたらいいなと思っている企画で。会場でも終日録音しっぱなしにするので、好きな楽器を持ってきてもらって、なんでもいいから演奏してもらえたらと。録音した音源は、僕が(曲作りに)使うか使わないかは別として、もしかしたらそのままアルバムに入れちゃうかもしれない」

――そういう巻き込み方は、いままでの作り方とは完全に逆方向ですよね。それに加えて、まだ完成していないアルバムの方向性を議論する公開討論会も開かれるそうで。いったい、どんなアルバムにするつもりなんですか?

「いやー、どうしたらいいんでしょう(笑)」

――話を聞いていると、さらに過激なアイデアが控えてそうですね。〈自分には作れない音楽を、いかに自分らしく作り上げるか〉といった話もありましたけど、ここまで来ると、〈音楽を作るってなんだろう?〉〈作家とは何か?〉みたいな領域に足を踏み入れているようにも映りますけど。

「意図せずして、そうなっちゃったとしか言いようがないんですけど(笑)。ただ自分は、音楽を作るだけで満足できる人間ではなかったんだなと、最近よくわかって。〈自己満足で作っていたんじゃないんだな〉という気持ちがすごくある。むしろ、僕が作りたかった音楽を作ってくれるなら誰でもいい。常にそれをめざしています」

――〈トクマル・プロセス〉みたいな名前の自動生成ソフトウェアが、自分自身の音楽を凌駕してしまうのも、シチュエーションとしては悪くない?

「割と(理想に)近いですね。世の中には素晴らしい音楽がたくさんあるわけで、そのうえで自分はどんな音楽を作りたいのか。〈こういう音楽があったらいいのに〉と思えるものが最初から手元にあったら、僕はそれで満足して何も作らないかもしれない」

――でもトクマルさんの場合は、理想的な音楽を自分で作れるようになったとしても、またすぐに〈こういう音楽があったらいいのに〉と思えるものが見つかりそうですよね。ある意味、終わりのないチャレンジに挑んでいるというか。

「そうかもしれない。さらに時間が経てば、以前は興味がなかった音楽も気になりだしそう。要するに、永遠のループというか(笑)〈音楽がありふれたものばかりになっている〉とか言う人もいるけど、常に新しく感じる音楽はどこかにある気がしますよね。〈いい音楽がないから音楽が売れない〉という意見にも、〈いやいや、あるし〉と思ってしまう」

――昔は〈いい音楽〉に辿り着くために、努力するのがあたりまえでしたよね。

「ふとラジオを聴いていると、1曲だけ変な曲が混ざっていたりするじゃないですか。それが新しい音楽か昔の音楽かは置いておいて、それより自分の知らない発見に気付くかどうかが重要というか。いろんな音楽がいっぱいあるなーって思ってしまう。なんだろな、これ(笑)」

 

昔の僕みたいな人間が動き出すのを、ワクワクしながら待ってる

――自身のレーベルであるTONOFONを立ち上げてからのトクマルさんは、〈自分の知らない発見〉への導線をすごく意識的に作ろうとしてきたんじゃないですか。みずからフェスを開催したり、海外のアーティストにインタヴューしたり。あるいは、さっきのソノシートや段ボール・プレイヤーみたいな楽しみ方を提案してみたりとか。〈トクマルシューゴの音楽が好きなら、こういうのも好きだと思う〉とレコメンドし続けている印象です。

「そうですね。おもしろいものがあったら紹介したいですし。昔は逆に、良くないものがあったら〈イマイチだよ〉とも伝えていたんですけど(笑)」

――そちらの本音は言いづらくなりましたね。

「オープンなインターネット上での意見がすべてだと思われると、ちょっと悔しい面はありますね。苦手なものの共有も重要だし、でもその意見に同調する必要はなくて、いろいろあるなかで自分が本当に好きなものを見つけていく作業こそが大事だと思う。単に好きなものだけに囲まれていると、つまらなくなっちゃう」

――悪い意味での日和見主義というか。

「そうそう。いや、前提としてその話題が楽しくないなら止めたほうが良いんだけど、友達同士だったら〈あのアルバム、ジャケださいよね~〉とか、〈あのバンドのあの曲だけは微妙だよね~〉みたいな話は普通するじゃないですか。でも、オープンなSNSやレヴュー/ニュース・サイト、YouTubeだけを眺めていてもよくわからない。そういうのって(本来は)閉鎖的なコミュニティーに身を置かないと本音の意見を聞くことが難しいし、その音楽の本当のおもしろさや、自分の好みに気付ける機会も少なくなってしまうと思うんです」

――トクマルさんがハマり出した時代のインターネットにも、そういうクローズドな感覚がありましたよね。好きなものと同じくらい嫌いなものがあってもおかしくないのに、最近だと後者の話は限りなくタブーに近付いている。

「閉鎖的な空間だからこそ、楽しく話せるタブーがあるんでしょうね。別にネガティヴな話ではないですから。個人的には、むしろ楽しい話だと思いますし。相反するものによって、新しい可能性が生まれてくる世界が僕は好きなので。何もかもいい音楽のはずがない。でも、その(良し悪しを)選別するための閉鎖的な空間、そういう場所を探すのが難しくなってきている。それがもったいないというか」

――何かが削ぎ落とされた、〈商品〉みたいなものが巷に溢れていて。

「そのなかでおもしろいとされる音楽が、ちょっとずつ歪なものになってきている気がします。でも例えば、全然おもしろくない音楽を〈おもしろいもの〉として消費している人たちがいるとして、誰かがそのことに対して違和感を覚えているのだとしたら、〈本当にそれでいいの?〉って。そこからおもしろい音楽が生まれてくるのであれば、僕としてはウェルカムですけど」

――〈嫌いなものの話〉を自己規制してきたことで、いろんな歪みが生じてきているのかもしれないですね。表向きはみんなポジティヴを装っているけど。

「表面上には、ふんわりしたものしか出てこない。僕自身も、普段はそういうものを求められることが多くて。〈ふんわりした音楽を作っている人〉だと認識している人も多いと思います。そういうイメージに対して反論するつもりもないですけど」

――近年はいろんなフィールドで幅広く活動をされてきたこともあって、トクマルさんを〈ふんわりした音楽を作るミュージシャン〉だと誤解している人が多いのかもしれない。

「それは大丈夫です。ただ、それだけじゃないということを……いや、いまのままでも大丈夫です(笑)」

――またまた(笑)。でも月日が経過してきたことで、トクマルさんが切り拓いてきたものが日増しに大きくなっていると思うんですよ。最初期のインタヴューで、〈自分みたいな音楽をやってる人間の居場所が、インディーの世界にはなかった〉という話をしてましたよね。

「うん、そうかも」

――トクマルさんはそこから何年もかけて、自分が好きなものを歪めることなく、日本でもミュージシャンとして独立できることを示してきたと思います。実はここ10年で、誰よりもラディカルな活動を送ってきたんじゃないかと思うくらい、ご自身からはそういう話をしないけど、例えばシャムキャッツのように、その背中を見て育った世代が今日のインディー・シーンを支えている。その事実についてはどう思いますか?

「それはそれですごく嬉しい。僕がそういうシーンについて、ちょっとしたきっかけを作れたのだとしたら嬉しいと思いますし。シャムキャッツみたいなバンドが、どんどん自分のやりたいことをやっていくのも最高だと思う。その一方で、僕がやっていることを大否定して、いまメジャーな若手バンドを大批判している、昔の僕みたいな人間がどこかに必ずいるはずで。そいつらが動き出すのを、僕はワクワクしながら待ってるんですよ」

――ワハハハ(笑)。

「そういう人が、またおもしろいものを作ってくれるという確信があって。反面教師的なことでもいいから、いろいろなことをやっておきたい気持ちはありますね。それはもう自分とは無関係のものかもしれないけど、楽しみにしています」

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Shugo Tokumaru ニュー・シングル発売記念イヴェント
〜SATURDAY NIGHT SYMPOSIUM〜

日時/会場:5月28日(土) 東京・渋谷TSUTAYA O-NEST
開場/開演:18:30/19:00
出演:トクマルシューゴ 他
料金:前売/3,000円 ※SOLD OUT 

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