川上輝、市川仁也、櫻木大悟。撮影協力 BANK

 

2015年のモードを決定付けたのがceroの『Obscure Ride』だとしたら、今年その役目を担うのはこの一枚ではないか。昨年リリースした4曲入りのEPとライヴの評判でバズを巻き起こし、ここ1年にかけて東京のインディー・シーンを賑やかせてきた若き3人組、D.A.N.によるファースト・アルバム『D.A.N.』は、時代の空気を捉えたレコードに特有の眩い輝きを放っている。〈満を持して〉という表現が、ここまで似合う作品も珍しい。

まず強調したいのは、ロック受難の昨今において、広義のクラブ・ミュージックにおけるテクスチャーを吸収しながら、既存のフォーマットから解放されたバンド・サウンドを提示していること。これは近年の世界的なトピックでもあるが、90年代のトリップホップXX以降のUKバンドが内包するクールな闇や、テクノやハウスが持つミニマルなビート、インディーR&Bなど同時代の音楽におけるエッセンスまで柔軟に採り入れながら、ひんやりと醒めた独自のグルーヴを獲得している。さらに、そのサウンドと矛盾しない形で、〈日本語のポップス〉をアップデートしているのも特筆すべき点だ。かつてのフィッシュマンズがそうであったように、東京の夜に潜むファンタジーとメランコリーを言葉で紡ぎ、2016年現在における〈ぼんやりとした不安と希望〉を歌い上げている。そしてもう一つ、音の配置からアートワークに至る隅々までこだわり抜くスタンスは、〈簡単に音楽が作れる時代〉のいい加減なムードに対する力強い意志表示と見るべきだろう。

機械のフィーリングと鋭い批評眼を通過した、この得体の知れない生き物のような音楽は、次代のスタンダードとなる資質を十二分に秘めている。しかし、それはいったいどういう背景から生まれたのか? 〈なんで若いのに、こんなに考えられるんだろう〉とシャムキャッツ夏目知幸も語ったように、素朴にして最大の疑問に迫るべく、櫻木大悟市川仁也川上輝という93年生まれの3人にインタヴューを実施。最初は身構えるようなオーラを放っていた彼らも、会話が熱を帯びるにつれて饒舌になり、瑞々しい音楽観と20代前半のリアリティーをみずからの言葉で語ってくれた。

★2015年の初音源『EP』リリース後のインタヴューはこちら

D.A.N. D.A.N. Bayon production(2016)

感動する作品は物凄くディープに潜って作られている

――昔のプロフィール文に〈ドライな3人で無駄のない柔軟な活動をめざす〉と書いてあったじゃないですか。プロフィールにわざわざ〈ドライ〉と記すのは珍しいというか、挑戦的だと思ったんですよ。

川上輝(ドラムス)「いやぁ、ドライかもしれないです。普通の人と比べたら(笑)」

櫻木大悟(ギター/ヴォーカル/シンセサイザー)「同じ大学にいる子たちとかに比べれば、僕たちはそのテンションについていけないので。そういう意味ではドライなのかな」

――ハハハ(笑)。それで、今回のアルバムは素晴らしい内容に感動すると共に、〈この音楽がどうやって生まれたんだろう?〉という大きな疑問符も浮かんだわけです。特に日本では比較対象もなさそうなほどにオリジナルな音楽だと思ったので。

櫻木「うんうん」

――だから、この音楽がどういう背景から生まれたのかじっくり訊かせてください。まずはざっくり、D.A.N.は3人でどういう音楽を作ろうと意識しているんですか?

櫻木「特に決めてないですね。自分たちがそのときいいなって思ったものを、自分たちなりに消化して、やっていけたらと思ってます。これまでもそうやってきたので」

川上「決める必要もないかなって」

――その〈いいな〉と思う音楽は、昨年に出したEPから今回のアルバムに至るまでの間にも、変わっていたりするんですか?

市川仁也(ベース)「まあ、大まかな流れは同じですかね。普段聴いている音楽も、ガラッと変わったりはしていない。これまでの流れでドンドン掘っていった、みたいな感じ」

――じゃあ、好きな音楽は?……と訊いたらキリがなさそうですけど、D.A.N.の音楽からは、自分たちの好きな音楽に共通した〈あるフィーリング〉を継承して、自分たちなりにアウトプットしている印象があるんですよ。そういうフィーリングは、何か思い当たるところはありますか?

川上「気持ち良くて、踊れる感じじゃないですか」

市川「根底にあるのは、そういう自然と気持ち良くなれる音楽だと思います。どんなジャンルでも、自分たちが好きな音楽にはそこが共通してますね」

――でも、どういう音楽を〈気持ちいい〉と感じるかは人それぞれですよね。アゲアゲのEDMで騒ぐのが気持ちいいと感じる人も大勢いるわけで。でも、D.A.N.の音楽はあきらかにそういう類のものではない。だからこそ、どういう音楽を作ろうと意識しているのかなと。

櫻木「一つ一つの曲にそれぞれのアプローチがあるので、一概にどういう音楽かは言えないです。〈どういう音楽を作るか〉よりも、〈どういう精神性で音楽を作るか〉ですね」

――精神性?

櫻木「そう、マインドの部分。そこが〈どういう音楽を作るか〉にも通じるところだと思うので。そういう精神性で言うと、今回のアルバムは、長く愛聴されるものをめざしました」

――耐久年数が長いもの、ということですよね。

櫻木「そういう意識はEPよりも強く出ています。細かい部分で調整するときも、〈これは何回も聴くことに耐え得るのか?〉という観点を大事にしましたし。特にマスタリングのときはそういうことを意識しましたね。なんて言うか……」

――即効性よりも浸透性がある。

櫻木「はい、そういうのが強く出ていると思います」

――いまの話を聞いて納得しました。というのも、すでに発表されている曲も収録しながら、アルバム全体にかなり統一感があるじゃないですか。その統一感が生み出すフロウみたいなものが聴きやすさに繋がって、何度もリスニングしたくなる作品になっていると感じたので。

櫻木「統一感を出そうというのは意識してなくて、それよりも〈D.A.N.という価値観〉というか、〈こういうものがいいよね〉みたいな共通認識が、自然と統一感を生んだんじゃないかな。例えば(アルバム収録曲の)“Pool”と“Dive”という曲は、同じバンドがやっているものとはなかなか思えないだろうし、ジャンルで括ると全然違ったりする」

――そうですね。

櫻木「それなのに統一感があると思えるのは、D.A.N.という精神性の部分が一貫していて、そこの筋道が通っているから。外れているようで外れていない、しっかり筋の通ったアルバムになったと思います」

――確かに、インディーR&Bやトリップホップなど、いろんなレイヤーがD.A.N.の音楽には見え隠れしますけど、それらがモロに出ている感じは全然しないんですよね。いろんな要素が折り重なって、そのグラデーションがD.A.N.という音楽を形成しているように映る。

全員「ありがとうございます」

――影響を前面には出さないというのも、自分たちにとって大事なことだったりしますか?

川上「否めない。具合に拠りますね」

櫻木「自分たちとしては、影響を受けたものを素直にアウトプットしている感覚ではあるんですけどね。ただ、僕らは試行錯誤が多いので、そうやっていくうちにだんだん形が変わっていって、独特のものになっている可能性はあるのかな」

――その試行錯誤には、どういうプロセスがあったのでしょう?

櫻木「今回のアルバムでは、ミルフィーユのように行程をたくさん作ったんですよ。最初に僕がデモを作る段階でプリプロがあって、ベースとドラムというベーシックな、家でいう土台になるものをしっかり録っておく。そこから、どういうふうに組み立てるか考える作業を、僕の家で時間をかけて練る。さらに(スタジオで)レコーディングをしながら、エンジニアの葛西(敏彦)さんとも相談しつつ、いろいろ試したり段階を踏んでやっていくなかで見えてきたものもあって。その多段式な行程のなかで、〈これはどこに行きたかったんだっけ?〉と迷ったりするところもあれば、〈ああ、そうだ。やっぱりココだ〉と気付く部分もあって」

川上「EPを作った経験から学んで、より密度が濃いものにするために、ちゃんと行程を考えて取り組んだという感じですね」

――そうですよね。グルーヴ自体はミニマルだけど、ジャムってるうちに、なんとなく出来たような音楽ではないと思うし。

櫻木「それ、できないんですよ」

――じゃあ、作曲に対するこだわりは強い?

櫻木「そうだと思います」

川上「ジャムって作った曲には全然納得できないので。〈もっといろいろあるんじゃないか?〉と思いながら演奏すること自体に納得がいかない」

――となると、完成までには時間が掛かったんじゃないですか?

櫻木「メチャクチャ掛かりましたね(笑)」

市川「1曲ずつに対して、かなり全力で取り組んだよね」

櫻木「でも音楽に限らず、感動する作品は物凄くディープに潜って作られている気がするんですよ。リスナーが一聴しただけではわからない、いろんな深みがあると思うし。それで今回は、〈行けるところまで行こう〉と思って作りました」

 

テクノやハウスの人たちと同じ方法論で作っている

――さっき、〈素直にアウトプットしているつもり〉という話があったじゃないですか。具体的に、〈この曲のあそこはモロだよね〉みたいなのはありますか?

櫻木「例えば“Time Machine”という曲は、ジ・インターネットのムードがモロに出ていると思います」

ジ・インターネットの2015年作『Ego Death』収録曲“Girl”
 

――確かに、あの曲は昨今のオルタナティヴR&Bを踏まえた音作りになってますよね。

櫻木「ジ・インターネットっぽい曲を作るだけなら、わりと簡単な気がするんです。それに+αで、自分たちのエッセンスをどう表現するのか。その部分を上手く表現できたんじゃないかな」

川上「あとは宇多田ヒカルね」

櫻木「そうそう。日本的な叙情というかメロウな感覚だったり、メロディー・ラインの部分では宇多田ヒカルの影響を受けていて。そういうのがブレンドされている感じは出せたかなって」

――なるほど。あの曲に関しては、ストレートな歌モノというか、王道のポップスをD.A.N.なりにアップデートしたかったのかなと思ったんです。そういう意識はありました?

櫻木「あります(きっぱり)」

――片や“Native Dancer”は、もっとグルーヴを強調したリズミカルな作りをしていますよね。ノイズの入れ方も印象的で、あの不穏な音像もグルーヴに加担している。あれはどうやって作ってるんですか?

櫻木「サンプリングですね。自分でインプロヴィゼーションしながら、ノイズみたいなものを生成したんですよ。それを切り刻んでループにして、葛西さんと相談しつつ仕上げました。そういうノイズとか、正解がないところをああだこうだやるのが結構好きで」

――へぇー。あとはドラム・パターンもおもしろいですよね。あれはどういうところから?

川上「えー、なんだろう?」

櫻木モーリッツ(・フォン・オズワルド)じゃなかったっけ?」

川上「モーリッツは“Zidane”だね。でも基本的には自分(のリズム)になっちゃうんですよ。“Native Dancer”はセオ・パリッシュトニー・アレンかな。どっちの曲にもトニー・アレンの影響はある」

――そうなんだ!

川上「あくまで〈トニー・アレン的〉ですけどね、あれは真似できないんで。それで自分なりにセッションで試しながら、繰り返し聴いても飽きないビートであることを意識しつつ、〈あ、ここ気持ちいいな〉って音だけを埋め込んでいきました」

モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオの2015年作『Sounding Line』収録曲“Sounding Line 1”。トニー・アレンがドラマーとして参加している。同作のレヴューはこちら
 

――もしかしてドラムが先ではない? あの曲はドラムが最初にあったのかなと思ったんですけど。

川上「いや、ドラム(が最初)ですかね。ドラムの大枠を作って、それに乗っける上モノが出来てから、それに合わせて自分なりにちょっと音をずらしたりして。それが完璧に決まったあとにベースが入りました」

櫻木「直前で結構変わったよね」

市川「最初にデモを作ったときに、大悟が用意したビートは全然違ったんですよ。そのときにもベースを入れたんですけど、アプローチ自体は出来上がったものと変わらないですね。それで、ベースはセオ・パリッシュのイメージ」

川上「あー、セオか」

櫻木「デトロイト・ハウスだよね」

市川「そうそう。ああいうベースの使い方で、ドラムというかビートのパターンにがっつり合わせて、バス(ドラム)のサステインをちょっと延ばすようなイメージで弾きました。ベースを弾くうえではキャッチーさというか、耳に残るものだったり、ドラム/ビートや歌とかシンセと引き立て合うものを意識して、フレーズを考えたりしています」

セオ・パリッシュの2001年のシングル“Lost Angel”
 

――いまの話で確信しましたけど、D.A.N.がクラブ・ミュージックの質感や方法論をバンド・サウンドに置き換えていく過程で、肝になっているのはベースじゃないかと思っていたんですよ。どの曲もベースの音が恐ろしく太いじゃないですか。普通のロック・バンドだったら、ここまで入れないだろうってくらい。

櫻木「いやー、もう本当におっしゃる通りで。アルバム全曲通して結構ベースを……」

川上「聴いてほしいね」

櫻木「リスナーには歌モノに映るかもしれないけど、作っている僕たちからしたら(D.A.N.は)ベース・ミュージックと言えるぐらいに捉えてるんですよ。それだけベースも歌っているし、ビートも歌っている」

――あと今回のアルバムでは、葛西さんの存在感がEPのときより大きくなっているみたいですね。クレジットにも、今回は共同プロデューサーと明記されています。

川上「基本的にはEPのときと(関わり方は)あんまり変わらないんですけど、より立場をはっきりさせて、お互いの立場を理解したうえで力を入れてもらったというか。葛西さんはサウンド面で全面的に協力してくれました」

櫻木「音の質感は僕らにとってすごく重要なので、そこのデザインについては葛西さんの力が本当に大きかったです」

――〈こういう質感にしたい〉みたいなところで共有するイメージはあったんですか?

櫻木「それは曲単位でまとめました。僕は写真でイメージを伝えたりすることが多かったです。あとは例えば、“Navy”という曲では〈古着の、ちょっと紺色が褪せた感じ〉みたいに伝えたりして」

“Navy”の2015年のライヴ映像
 

――音楽以外のものだったんですね。

川上「もっと具体的なところも、もちろんありましたよ。特にキックはいろんな音源を参考にしましたね。最終的には、自分たちでレイヤーさせたりして作ったんですけど」

――こだわりがあった。

櫻木「だって、キックはダンス・ミュージックの肝じゃないですか。そこはテクノやハウスの人たちと同じ方法論で作っているつもりなので」

川上「バスドラの音がいいアルバムは最高ですよね。アラバマ・シェイクスもそうだし、ジ・インターネットもそう」

――葛西さんは他にも、トクマルシューゴさんや森は生きているなどと携わってきた方でよね。

櫻木「一緒に仕事しているアーティストは、職人気質な方が多いんじゃないかな。高木正勝さんもそうだし、トクマルさんなんてモロですよね。蓮沼(執太)さんもコンポーザーという意味で職人だと言えるし、葛西さん自身もメチャクチャ職人気質」

――強いこだわりを持つ人からの期待に、バッチリ応えてくれる。

市川「適当に妥協したくないという意気込みがすごく伝わってくるし、〈D.A.N.は特にそうだから〉とまで言ってもらえたんですよね。それで今回は共同プロデューサーとして力をお借りしました」

――そして、第4のメンバーと言える小林うてなさんの存在も、D.A.N.を語るうえで欠かせないのかなと。改めての質問ですが、彼女はサポートとしてどのような貢献をしているのでしょう?

櫻木「スティールパンなどを演奏してもらってますけど、叩くのにメロディーが出る楽器っておもしろいですよね。そういうパーカッシヴなプレイも強みだし、あとはやっぱりヴォーカルかな。声の質感が独特なもので」

2016年5月11日にリリースされる、小林うてなの初作『VATONSE』収録曲“EN”
 

――女声コーラスが素晴らしいアクセントになっていますよね。それに、XXにおけるロミー(・マドリー・クロフト)みたいな存在感というか。バンドが持つミステリアスなムードを後押ししている。

櫻木「スピリチュアルな領域についてもそうだし、演奏技術の底上げもしてくれていると思います」

川上「刺激になりますよね。僕らと経験が違うんで」

――今回のアルバムを制作するうえで参照点になったと思えるアルバムを、一枚ずつ挙げてみてもらえますか。

川上「僕はテイラー・マクファーリンですね。エレクトロニックな音楽に対して、こんなドラムのアプローチがあるのかと」

――あのアルバムはドラマーにとっても衝撃ですよね。特にマーカス・ギルモアのプレイ。

川上「テイラー・マクファーリンが打ち込んだビートと、ジャズ・ドラマーが叩くドラムが気持ち良くミックスされてますよね。そのバランス感覚にはすごく影響を受けています」

テイラー・マクファーリンの2014年作『Early Riser』収録曲“Already There”
 

櫻木「うーん……、難しいっすねぇ」

――ちなみに、宇多田ヒカル以外に影響受けたヴォーカリストは?

櫻木トロ・イ・モワはすごく好きだし、あとはキリンジですね。でも、アルバムで挙げるなら……レディオヘッドかなぁ。表現方法がピュアで、彼らの姿勢がすごく好きなんですよ」

キリンジの2000年作『3』収録曲“エイリアンズ”
 

――なるほど。

櫻木「あ、でも参考にしたという意味ではハウリングかな。あの温度感には影響されました」

市川「僕はドーターですね。サウンドというよりは精神性に影響を受けていて、パーソナルな感情をフラットに表現しているじゃないですか。その平熱な感じがすごく好きで。僕はD.A.N.の音楽を通じて、パーソナルな素の部分を出していきたい。だから、ドーターの自然な表現にはすごく刺激を受けています」

ドーターの2016年作『Not To Disappear』収録曲“How”。同作についてのインタヴューはこちら
 

 

ポスト・クラシカルのテクスチャーで音楽のおもしろさを知った

――ところで話は変わりますが、最初は6人編成のバンドに3人共参加していたのがD.A.N.の出発点だったんですよね。その時期を経て、この3人でやろうとなったのはどこが大きかったんですか?

川上「単純にギター、ベース、ドラムという(楽器パートの)部分と、あとは音楽以外のところでもセンスが通じ合えたというか。服屋でもよく会ってましたし。そういう感覚が合わないと、ずっと続けるのは難しいので」

櫻木「一緒にいて心地良いとか、演奏していて楽しいとか。そういうのがないとダメだというのが最初にありました」

――D.A.N.の音楽について、〈自分たちの世代だからこそ作れる〉と思う部分というか、世代特有のアドヴァンテージみたいなものを感じたりすることはあります?

櫻木「あんまり思わないけど、強いて挙げるなら……音楽に対して先入観というものがない」

――フラットに聴ける?

櫻木「はい。ジャンルとかそういうものはカテゴライズするのに便利だけど、〈いいものはいい〉って先入観なしでインプットできるのは、僕らの世代ならではかも」

川上「ネットがあるのはデカイよね。とりあえず聴いてみようってサクサク聴けちゃう」

――そういえば前回のインタヴューでも、「〈80年代〉とか〈90年代〉というラヴェルを通しては聴いてない。ただのグッド・ミュージックとしてしか捉えていない」と語ってましたもんね。

川上「もう適当に聴きすぎて、僕は何年代か、みたいなことは全然理解していない(笑)」

――D.A.N.について誰もが気になるのは、〈なんで若いのに、ここまで音楽を掘り下げているんだろう?〉というところだと思うんですよ。そもそも、音楽を熱心に聴くようになったきっかけは何だったんですか?

櫻木「僕は大学に入ってから、大学の先輩とかにいろんな音楽を教えてもらったのがきっかけでしたね。〈こんな音楽があるんだ!〉みたいな。それで、知らないものを知ることが楽しいと思うようになって、人づてに〈コレいいよ〉と薦めてもらうのが冒険のように感じられましたね」

――そのとき最初に出会ったのは?

櫻木ペンギン・カフェ(・オーケストラ)やハウシュカとか、いわゆるポスト・クラシカルに一時期ハマって。音がすごいし、そのすべてが相互作用し合っていて。テクスチャーがおもしろかったんですよね」

ペンギン・カフェ・オーケストラの81年作『Penguin Cafe Orchestra』収録曲“Telephone And Rubber Band”
 

――D.A.N.のサウンドを踏まえると、音楽をおもしろいと思うきっかけが〈テクスチャー〉だったというのは本当にいい話ですね。

櫻木「そう、そのおもしろさにだんだん気付いていって。ちなみに最近は、テクノやハウスに、グライムとかUKベースみたいな。そういうのを聴いてます」

――川上さんの場合はどうですか?

川上「うーん……(考え込む)。楽器を始めたのはデカイけど」

――それはいつ頃?

川上「ちゃんとやり出したのは、前のバンドを始めたときですね。メチャクチャ下手くそで大変でした(笑)。そこから音楽も聴くようになりましたね、(当時は)かなり偏ってましたけど」

――偏ってた音楽というのはどのあたり?

川上トーキング・ヘッズとかですかね。それで大学に入ってからヒップホップを聴くようになって、〈こういうビート、おもしろいなー〉と思ったりして。それでペンギン・カフェも教えてもらったり、さらに掘り下げるようになりました」

市川「僕も最初は、ニューウェイヴの衝撃が大きかったです。それまで聴いてきた音楽と全然違うし、正直よくわからなかった。その〈捉えきれないけど格好良く感じる〉というのが、自分にとって新鮮でおもしろかったんですよね。そのあとにブックスと出会い、サンプリングの使い方に驚いたりして。〈いろんな音楽があるんだな〉と。そこからは2人と同じようにいろいろと……」

トーキング・ヘッズの80年作『Remain In Light』収録曲“Once In A Lifetime”
 

歌詞は空虚というか、ぽっかり空いているという感じ

――3人にそういう経緯があるなかで、現在のようなサウンドを志す転機となった音楽を、あえて選ぶとしたらなんですか?

櫻木「宇多田ヒカルには、〈ハッ!〉とさせられたところがありました」

――D.A.N.にとって、宇多田ヒカルは本当にデカいんですね。

櫻木「デカいっす! 〈なんで日本語で歌うのか?〉〈そもそも、なんで歌わなきゃいけないのか?〉みたいな、根本的な部分について〈こういうことだよ!〉と教えてくれたんですよね。いままで聴いてきた宇多田ヒカルとは別の角度から、〈再発見〉というか〈再認識〉できた気がして」

川上「子どもの頃は、なんとなく聴いてたからね」

櫻木「そうそう。でも、別の角度から見ると〈こういう見え方があるんだ〉って」

宇多田ヒカルの2008年作『HEART STATION』収録曲“Kiss & Cry”
 

――〈日本語で歌う〉という話でいうと、D.A.N.の作っているトラックは、日本語の歌を乗せる前提で作っているようには到底思えなくて。そこも気になっていたんですよ。

櫻木「そう、(仮歌の段階では)適当な英語で歌ってるんです。日本語を乗せることを考えずに作っていて」

川上「最初は感覚的に作っちゃってるんだよね」

櫻木「あとで超困るんですよ。〈うわー、これ日本語乗せるのムズい~〉って(笑)」

――やっぱり(笑)。相当がんばってるんだろうと思いつつ、出来上がった曲からはそんな苦労をまるで感じさせないのがすごいなと。

櫻木「そう、意外となんとかなるんですよ(笑)。言葉はいっぱい書き出してあるので、聴いたときに違和感がないというか、自然に聴こえるものをできるだけセレクトしています」

川上「でも、歌詞は本当にすごいと思いますよ。実際の作業でもいちばん最後だし、いつも楽しみですね」

櫻木「“Curtain”は曲が仕上がった段階で、歌詞がまだ作れてなかったんですよ。〈ヤバい!〉みたいになって、歌入れの直前まで歌詞を考えていて。だから、キタさんと輝と仁也に聴かせるときもマジで怖かった」

――大ピンチだったんですね(笑)。

櫻木「みんな英語っぽい歌のほうを聴き慣れているから、日本語を乗せたときに〈えぇ~!〉とかならないかなって。でも終わってみたら、意外とすんなり」

川上「めっちゃ良かったよね、ドラマティックな歌詞で」

――〈三万年も経って 独り身のムーンライト〉みたいな洒落たフレーズが、そんな土壇場で生まれていたとは(笑)。それにしても、D.A.N.は〈ドライな3人〉のはずなのに、歌詞はとてつもなくロマンティックですよね。

川上「ドライはもう、忘れていいかも(笑)」

櫻木「そうですね、ドライな感性みたいなものは……なんだろう。そういうふうに育ってきちゃったのかもしれないです。家庭環境だったり、そういうのが作用してるのかな」

川上「どこか、いろいろ冷めた感じがあるってだけで」

櫻木「少し引いちゃったりするところはあるけど、ロマンだったり情熱的な感じというのはすごく好きだから」

――それは歌詞にも表れてますよね。EPに比べて、作詞の面でもレヴェルが一段上がっているように感じましたけど、ご自身の手応えはどうですか?

櫻木「前回のEPに比べると、リズムの面でかなり洗練させられたかなと」

――韻の踏み方も滑らかだし。

櫻木「そうですね。心地良いリズムの取り方をメロディーに対して意識したり、あとは日本語の単語が持つリズム感に……」

――二面性だとか?

櫻木「そうそう! そういったものを踏まえつつ、いろんなフィルターを通して〈この言葉〉というのを選ぶことができました」

――ライヴやクラブに通ったり、いわゆる夜の住人たちが出会うであろうメロウな情景が描かれているのも印象的で。そこに、〈ナイトクルージング 遊び疲れたアーバンソウル〉(“Native Dancer”)みたいな言葉遊びを織り交ぜているのも上手い。

櫻木「そうですね。〈ナイトクルージング〉なんて完全にフィッシュマンズだし。そこはパロディーみたいな感じで」

――あとは、全体的に沈んでいくような感じというか……。

櫻木「空虚ですよね。明るくもないし暗くもない。ただただ空虚というか、ぽっかり空いてるなって感じ」

――“Native Dancer”に出てくる〈半透明で踊ろう〉という一節が、まさしく〈空虚〉ですよね。ポジティヴでもないしネガティヴでもない。いまの世の中に生きていれば、そのモヤっとした気分はすごくリアルに感じられると思うんですよ。そういう時代の空気みたいなものは、自分たちの音楽にも反映されてると思いますか?

櫻木「まあ、あると思いますね。〈なんで生きてるのか?〉〈どういうふうに生きていきたい?〉みたいな、日々何かしらの葛藤があるわけで。そういうものは、音楽を作る姿勢にどうしても影響することだと思うんですよ」

――〈死んだつもりで歩こう〉(“Ghana”)というのも、朗読するとシンプルかもしれないけど、音楽で表現されると強烈なパワーが溢れ出してきて。

櫻木「ああいうポップなメロディーに対して、そういう言葉を乗せたらいいんじゃないかと思って。すごく暗いメロディーで〈死んだつもりで歩こう〉と歌われても、〈いやいやいや!〉となりますよね(笑)」

“Ghana”の2015年のライヴ映像
 

――四畳半フォークみたいになっちゃう(笑)。

櫻木「そう、しんどくなってしまうから。ポジティヴに〈死んだつもりで歩こう〉だったらおもしろいなって」

――サウンドと歌詞に加えて、アートワークにも強いこだわりを感じたんですよね。今回のジャケットはどういう経緯で作られたのでしょう?

櫻木「僕らがすごく尊敬している、ZANという2人組に手掛けてもらいました。彼らは主に外国の古着を買い付けて、それを裁断をほどいて再構築することで別のプロダクトにするということをやっていて。ざっくり言うとリメイクというか、例えば古いスーツがスカートに生まれ変わったりとか、いろんな例があるんですけど」

川上「その生地から作れるものしか作らない、みたいなこだわりもおもしろくて。曲作りに通じるところもある」

――確かに、D.A.N.の作曲におけるプロセスとリンクする部分がありそうですね。

川上「そうそう。サンプリングという手法もそうだし、精神性にもすごく共感していて。だから全部お任せだったよね? 絶対にいいものになると信じてるから」

櫻木「D.A.N. の音楽や精神性を、このグラデーションが表現しているんですよ。それに、真ん中に小さな文字で〈D.A.N.〉とあるのも、シンプルな力強さとかそういう 意味合いが込められている。あとはジャケットのなかに歌詞カードが計8曲だから8枚封入されていて、そこにもある種の〈共感覚〉というか、曲が持つ世界観をアシストするような正方形の写真が付いています。これはぜひ、実物をじっくり見てもらいたいですね」

『D.A.N.』のアートワークと同封されている歌詞カード

 

――そして、アルバムで追求した世界観はライヴで、また別の魅力を放つことになるのかなと。D.A.N.も含めて、エレクトロニックな質感を肉体的に表現するという、ライヴ・ミュージックへのこだわりが若い世代からは伝わってくるんですよね。一昔前みたいに、ラップトップだけで済ませるのは満足できそうにない感じ。

川上「ラップトップで何か流しながらのライヴもアリだと思うけど、生の演奏はどこかに絶対あるべきじゃないですかね」

櫻木「あたりまえだけど、人が演奏したり歌ったりするのは、それなりのエネルギーが必要だし、そういうパワーの集合体こそがバンドじゃないですか。元気玉みたいな(笑)。そういう強いエネルギーをみんなに感じてほしい」

川上「その塊になったときの奇跡的な力は、ただ音を流すだけでは絶対に作れないものだと思うので。そういう一人一人のグルーヴが重なったときの気持ち良さを追い求めて、ずっとライヴをやっている気がします」

櫻木「自分たちで作った曲を、作った本人が人前でプレイする。そこまでが〈表現〉じゃないですか」